ep.46 いかんせん、その男はアホだった

 こうしてやっとのことで、ユタンちゃん専用モビルスーツ……おっと、違った。ユタンちゃん専用モデルのシューズ製作が開始された。


 もし仮に色が赤にできるのだったなら、是が非でも期待したいところだ。それも三倍速で。


 黒だと三人必要になるし、青だとビールっ腹になりそうだし、白とかオレンジとかだと、もう普通の人には伝わらなさそうだからな。いや、ごめん。わからなくてもいい。ガンダ△ネタだから。


 あぁ〜あ、また見てぇな、ガンダ△。特にファーストとか逆襲のSとか、どうにもこうにも、なんかの拍子に見たくなっちゃうんだよなぁ。くぅ、もう無理か、この異世界では……。


 はあ、感傷にひたってても、しょうがない。せっかく新しい街にやってきてるんだし、街並みを観賞しようじゃないの……。


「「……」」


 とはいえ、結構いろんな店を訪ね回ったからね。もう結構いい時間だ。それほど余裕はない。


 ただ、ホテルでもらった地図で、どうにも気になってることがあって……。


 そう思って地図を何度も見返していたら……大変なことが判明した。気になってる事とは別で。


 と言っても、地図に書いてある事とかではなくて……いや、地図に書いてはあるんだけど、その内容ではなく、その文字……そう、文字のことだ。


 う〜ん……ちょっと恥ずかしい。なんで今まで気付かなかったんだろ?


 えっと、その……読めちゃいました文字が……もちろん俺ではなく、スプライトさんが。


 そうなんすわぁ。スプライトのやつ、何気に文字が読めるんでやんの。俺の勝手な思い込みで、妖精さんは人族の文字なんか読めないと勘違いしてただけで。


 どうやら方言的な違いとか、時代的な多少の違いとかはあっても、共通の言語だから大した違いはないのだとか……。


 そういや、初めて魔導書を見て、俺が文字を読めないと判明したときも、散々馬鹿にされたっけ。


 元々が悪戯好きだから、あのときは単にノリで、からかってきてるだけかと思ってたけど。


 そっかぁ、文字読めたのね。……なんだかなぁ。


 そうと分かればですよ。早速、先ほどから気になってた疑問をぶつけてみよう。


「なあ、スプライト。これって通りの名前だよな?」


「んっ、どれどれ? ふふふ、おねえさんが教えてあ〜げる。ええ、そうね。それがどうかしたの?」


 やっぱ、からかわれて……は、いるな。はは、おねえたまぁん。おっと、それどころじゃねえ。


「いや、だって、これとそれ、ここも。それに、これなんかも、俺には全部同じ文字に見えるんだけど」


「ええ、そうよ。だって同じ単語だもん、一緒よ。あれっ!? えっ? なんか変ねぇ」


「だろう? この地図、おかしいんだよ。通りの名前は結構間違ってるんだ」


「ちょっと、貸して……んっ?! あぁ、そういうこと! わかったわ。違うわよ。間違ってなんかないの、この地図自体は……たぶん」


「なんだよ? たぶんって」


「えっとね。名前はすごく似通っているんだけど、ちょっとだけ違うの。これは──」


 スプライトが言うには、俺が指摘した単語はみな同じだった。どれも"パインフルーツ通り"という綴りのようだ。


 【パインフルーツ通り】から始まって、【南パインフルーツ通り】、【北パインフルーツ通り】、【東パインフルーツ通り】、【西パインフルーツ通り】、【中央パインフルーツ通り】、【新パインフルーツ通り】、【真パインフルーツ通り】に、【偽パインフルーツ通り】だとか。


 それこそ、ほとんどの通りの名に対して、とにかくパインフルーツ盛り沢山の大安売りだ。つうか、なんだよ!? 偽パインフルーツ通りの、ニセって?


 まあ、余程、パイナップルがよく採れる地なんだということはわかったよ。


 そう思って、果物屋を二軒ほど覗いてみたのだが、どこにも見当たらない。それらしい物を見つけることができなかった。


 スプライトたちにも探すのを手伝ってもらおうと、どういった果物なのか説明したこともあって、二人とも興味津々なのに。


 話を聞いて食べたそうな表情を浮かべたり、時折生唾を飲んだりしていたから、なんとか探し出して、食べさせてあげたいんだけど……。


 くそっ、奴らに訊くのが、手っ取り早いか? なんか癪なんだけど……。絶対、喜ばせちゃうもん。そんなのは分かりきってる。


 あぁ、やだぁ……でも、うちのお嬢さんを喜ばす方が先決だからな。ここはしょうがないと割り切ろう。


「おーい! ちょっと、すんませ〜ん。アンバサダーの人、ちょっといい?」


「なんだぁ、事件すかぁ? あんたを捕まえればいいんすかぁ?」


 やっぱりな。こいつら、さっきからスプライトをちらちら見てやがったから、俺に嫉妬してるんじゃないかとは思ってたけど……あからさまだな。こんな連中に治安任せてて、本当に大丈夫なん?


 これでも、ごろつき連中よか、ましってことなの? いや、それとも、そのごろつき連中に定職を与えて、監視してる体か?


 なんにしろ、俺が話したんじゃ埒が明きそうにない。


『スプライト、おまえから訊いてくれないか? こいつら、アホだから俺の言語を理解できないみたいだ。俺の思念読んで、ちょっくら訊いてみてくれ』


『うん、わかった。その方が良さそうね』


「貴方たち。訊きたいことがあるのだけど、いいかしら?」


「「「「はい、何でもお訊きくださいっ!」」」」


「えっと俺の名前は」


「待て待て! お前、ちょっと黙っとけ、今は俺が」


「お黙りなさい!」


「「「「……」」」」


「一人ずつ、ねっ」


「「「「はいっ! イエスッマームッ!!」」」」


「まずは貴方から。お願い」


「キャッホォーッ! やった、ついについに俺の時代がぁーっ!!」


「はいっ! あんたは駄目」


「ぬぉっ!?」


「次、貴方ね……よく考えて、無駄口は叩かない。いいわね?」


「イエスッマム!」


「「「……」」」


 すげえな、スプライト。まるで軍用犬を調教してるみたひぃっ……イエスッマム。


「普通に答えてね。なんでパインフルーツという名前の通りがこんなにもあるの?」


「答えさせていただきまーす。それは──」


 野郎の声なんて聞いてもしょうがないだろうから、ここは端折る。いや、要約する。


 昔むかーし、一人の旅人がいたそうな。なんでも南方の集落に立ち寄った際、供されたパインフルーツが、いたく気に入ってのう。どうしてもその味が忘れられなんだ。


 それは、この街がまだエピスコ村と呼ばれておった頃の話じゃ。


 その旅人がこの地を通りかかったとき、とある木を見て小躍りしたそうな。


 そう、もうおわかりかもしれんが、松の木だ──それはそれは松ぼっくりが、たぁんと付いた状態だったそうな。


 そういや、松ぼっくり、って、江戸弁訛りなのな。ぼっくりを漢字で書くと、陰嚢。もっとも、松かさも松笠とか、松毬と書くから、大して変わらんのだけど……まあ、卑猥。いや、すまん。これは俺が脱線しただけ、アンバサダー2号の話ではない。


 えっと、なんだったっけ……そうそう、その旅人は松の木についた大量の松ぼっくりを見て、こう思った──あぁ、あの森で食べたパイナップルだ! 実が大きく成長する手前のを見つけちゃった!! ってな。


 そこで、この地に居着くことを決める。


 でも、いくら待っても、いつまで経っても、いっこうに実が大きくなる気配がない。


 そのうち、ああ、そうか! あの地方とは暖かさが違うんだと気付く。


 ただ、いかんせん、この男はアホだった。


 でも、がんばるアホだった。がんばるには、がんばった。


 あっちの暖かそうな日当たりの良い場所に植え替えたら、実がなるかな? こっちの辺りに植えたらいけるんじゃないかな? 今度こそっ、今度こそ、って。


 結局、時は過ぎ、街がずんずん大きくなった後も。そして、その男が亡くなった後にしても、遺言でその子孫たちがせっせとせっせと。


 それであるとき気づいた……これって、違うんじゃねえ!? パイナップルと違くねえ? って。


 それも、それほど前のことじゃないってんだから呆れる。クルマタカシくん並みに呆れる。同じタカシだけに。


 まあ、俺も植物の判別に関しては、人のこと言えんからね。身につまされる話であるにはあるのだが……さすがにな。阿呆すぎるだろう?


 ちなみにその男とは、この街を築いた初代領主、その子孫が代々の領主一族という話だ。


 そう、やっべえとこに来ちまったわけだ。


 村の名前【エピスコ】をそのまま継承してなかったら、間違いなく、パイナップル繋がりのへんてこ名になってただろう。


 これは、この街に住む人であれば、誰でも知ってる話……らしい。


 でも、この街の発展を見ればわかる。ただの馬鹿には到底できない仕事だということが……。なんとなくだがわかる。


 道化を演じていたのは、表の顔ってやつだな。裏ではきっと……おそらく……たぶん……もしかすると……事によると……ひょっとしたら……万が一くらいかもしれないけど。


 まあ、少なくとも周りの取り巻き連中には、しっかりした奴がいたんだろう。


 スプライトの表情が怪訝そうな感じから、明らかな落胆へと、みるみる変化していった。


「えっ!? それだと……あっ、ちょっと待って。それじゃ、次はあなたね。その話だと、この街にパイナップルは売ってないってことよね?」


「お答えしまーすっ! それは──」


 アンバサダー3号の話によれば、通りの名前にこれだけパインフルーツの表記があるのに、パイナップルが一つもないとなると、まずい。


 期待して訪れた観光客にさすがに申し訳が立たない。だからして、定期的に南の町へ隊商を出し、パイナップルを仕入れに行っているのだとか。


 だから、この街にも確かに売っているそうだよ、パイナップルが……。ただ、時期が悪かったみたい。今はシロップ漬けの瓶詰めだけしかないようだ。


 南の地でパイナップルが取れ出すのは、もう少し先らしい。ただ、真っ先に仕入れるために、来週ぐらいには隊商の第一陣が【クリークビル】に向けて、ここを出発する予定になっているとか。


 もう質問がないことを察したのか、アンバサダー4号が3号に睨まれつつも、「自分の友人がその隊商の護衛につく予定なので、確かな情報であります」と口を挟んできた。


『哀れなのはアンバサダー1号、儚く散ったな』と思っていたら、スプライトが気をきかせ、瓶詰めを置いている店まで道案内をお願いしていた。


 なんだかんだで、スプライトって、優しいのな。


 つうか、おまえって、こんな常識人だったの? 羽妖精のときと、えらい違いじゃん。


『え……だめだった?』


『いやいや、だめじゃないから。ほんと助かったよ。こいつらには俺の言葉が通じないもん』


『ふふ、なら、いいけど』


 なんかしっかりしてるスプライトって、素敵! きれいなおねえさんぽくって、めっちゃ格好いいんですけど!?


「……」


 ──しばらく歩いて、店の前に到着すると、アンバサダー1号は「一生の思い出になりましたっ!」と叫んで、猛ダッシュ! 帰ってしまった……。


 なんだよ!? バカなの? いろいろ教えてもらった礼に、土産でも持たせてやろうかと考えてたのに……他の連中の分にしても。ったく、最後まで空気読めねえ奴だなぁ。


 まあ、どうせ俺から渡したんじゃ受け取らなさそうだけど。スプライトから渡したら渡したで、あいつ一人でがめそうだしな。まあ、これでいいのか。


 やつらも仕事の一環だもんな。もういいや。


 それにしても……この店でもサービスを受けてる。瓶詰めを開けて試食までさせてもらってる。これもスプライトの魅力のせいなの? 美人って、お得。


 まあ、こんな笑顔を見せられちゃな。


「はいはい、お気に召したのでございますね。たくさん買って帰りましょう」


 買って帰りますとも。お運び致しますとも、この爺が老骨に鞭打って。はは、多少の重さなんて風魔法があるから、なんともないんだけどね。ふふ、魔法、便利なぁ。でも、瓶詰め、結構、重っ!

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