ep.45 いや、靴の話なんですけど……

 新鮮な鱒料理を堪能した後、ユタンちゃんの靴探しをすることになった。


 さすがは製靴で有名な街というだけあって、靴屋はなかなかの多さだ。というか、教えてもらったこの一角だけでも、めったやたらとあるがな。


 なのに、お目当てが見つからない。半妖精用の靴を扱っている様子がどこにもない。


 仕方がなく、やや暇そうにしている店に入り、訊いてみた。


「あぁ、そういうのはな、人族の店では扱ってないんだよ。【レプラホーン】と直接交渉しないと」


 そう教えられた。


 レプラホーンというのは、三角帽を被った老人といった見た目の半小妖精らしい。妖精や半妖精が履く靴は全て、この半妖精が作っているという妖精専門の靴職人という話だ。


 どうやら人族用の靴屋の中でも、特に流行っているような店の地下室には、大抵レプラホーンが住み着いているんだと。


「うちだって、もうちょっとのはず、あと少し……まだ負けたわけじゃない、なにがなんでもやるんだ」


 教えてくれてた靴屋の主人が、ぶつぶつと独り言を呟き出したので、礼を言って店を出た。


 へえ、半妖精レプラホーンが住み着くと、店が流行り出すというわけじゃないんだな。逆に、靴職人として腕を磨いて、レプラホーンに認めてもらえないと住み着いてくれないって感じの口振りだった。


 おぉ、そっか。じゃあ、客の入り見て、店を探すのが手っ取り早そうだ。


 少なくとも、この店よりも繁盛している店となると……あれっ?! 結構、いっぱいありそうなんだけど!


 なんだよ? あいつ、本当はまだまだなんじゃねえか。ま、いっか、情報はありがたかったわけだし。


 そうするとだ。あそことあの辺りの店なんかがそれっぽいんだけど……。まあ、とにかく行ってみよう。


 それにしても、ほんと、靴屋だらけだ。


 これだけ競合して、よく潰れないな。いや、あれか! 神保町の古書店街とか、合羽橋の道具街みたいなもんか。○○を探すなら、専門店が集中してるこのエリア的な。


「いらっしゃいませ!」


 繁盛店に入ると、元気な声が店内に響いた。


「すみません、この子の靴、探してるんですけど」


「おぉ、これはこれは! はいはい、確かにうちの地下で承っております。そちらの階段を降りてすぐですよ。狭いところですが、どうぞお入りください」


 礼を告げ、みんなで階段を降りていく。


 倉庫と兼用しているのか、靴箱らしき物が所狭しと並んでいる。


 壁には無数の道具が掛けられてもいた。木製の柄が妙に黒ずんで目立つノミやらハンマーみたいな金属工具だ。全て形が異なっていて、なにをどう使うのやら、正直想像もつかないが……。


 革や木、油や接着剤、塗料など、雑多な匂いが入り交じった空間。


 その一角で真剣な眼差しを湛え、靴づくりに打ち込んでいる小さな爺さんが──昔の帆船に乗った船長が被ってそうな三角帽子に、革の前掛けをした、いかにも職人気質な顔立ちだ。


 おおっ! さすが靴職人。仕立ての良さそうな靴を履いてる。


「お忙しいところ、申し訳ありません。この子の靴が欲しいのですが」


「……んっ?! あぁ、ちょっと待っとれ……よしっ! こんなもんかのぉ……なんじゃ、注文か?」


「はい。この子の靴なんですけど」


「どれどれ? ……なんじゃこりゃ!? えらく履き潰しとるのぉ。そりゃもう、そろそろ寿命じゃ……嬢ちゃん、足、ちこっと見してみ……ほほぅ、こりゃまた大したもんだのぉ。う〜ん、だが、これだけの足用となると、そう易々とは……うちで作るとなると、出来上がりは二ヶ月後じゃが、かまわんかの?」


「え、そんなに!? いや、旅の途中で立ち寄っただけなんで、一週間ほどしか滞在する予定ないんですけど……。そこをなんとかなりません?」


「確かに一足であれば、そのくらいで出来んこともないが、今は予約が立て込んでおってのぉ……すまんが、急ぎなら他を当たってくれ」


「そ、そうですかぁ……お邪魔しました」


 そっかぁ、結構時間が掛かるものなんだなぁ。まあ、そうだよな。どうやらオーダー品になるみたいだし。


 レプラホーンの見た目にしたって、もろ職人さんって感じだ。あの見た目で既製品取り扱ってるとこなんてなさそうなんだけど……。こんなんで見つかるの?


 とりあえず、特注の強化靴を作製するのには一週間ほどかかるって話だから、すぐに取りかかってくれる店を探すしかないな。


 ──その後、手当たり次第に職人さんを探しては、打診してみたが、結局のところ、どこも手一杯であるとか、そこまで耐久性のあるものは作れないだとか、一つも良い返事をもらうことができなかった。


 正直、困り果てた……どうしましょっ?


 一番早くとも、三週間が最短コースか……。


 今の靴と同等品──ごく普通の半小妖精用の靴だけは、とりあえず注文しておいたけど。それでも出来上がりは五日後とのことだ。


 今のところ、頼みの綱は一つだけ。それもほっそいの……。


 なんでも、片田舎から出てきたばかりで、まだ職人歴は浅いものの、腕だけはとびきり光るものを持ってる奴がいる……らしい。


 ただ、腕だけと言われるとおり、こいつには問題があった。今までに一度も靴を完成させられたことがないんだと……。駄目じゃん!


 とはいえ、完成する前に飽きて止めてしまうとかではない。また、出来上がりが気に入らなくて途中で叩き壊してしまうといった妙な陶芸家気質とかでもない。ただただ臆病なだけ。


 どうやら妖精靴というのは、一度手掛けたら完成まで一気に作りあげてしまわねばならないらしい。イメージが中断してしまうと、服が出てこなくなるんだと……。


 なんのこっちゃっ!? そう思うだろ? 俺もそう思ったよ。いや、靴の話なんですけど……。


 なんでも、妖精靴というのは、ただの靴じゃなくて、妖精が踊りを舞うときの衣装用なんだと。


 だから、靴を履くと、そのときの踊りたい気持ちを体現した好ましい衣装が、妖精靴の中からスルスルと出てきて、身体をすっぽりと包み込んでくれるそうなのだ……あらっ、不思議! さすがは妖精さん。


 そう、ユタンちゃんが偶に違う服を着ていたのも、自分で縫製して作っていたのではなかった。この靴の効果でイメージを作り変えて出していたそうなのだ。


 ユタンちゃんは、前にもそういう意味合いで俺に話してくれていたようなのだが……俺の理解力及ばず、誤解しておりました。まだまだ保護者として失格のようです。


 ん!? あぁ、そうそう、妖精靴の作製についてだったね。えっと……そう、訪れた店の靴職人のように、たとえ話し掛けられても、完成するまで作業自体は中断できないらしい──イメージを途切れさせずに作りきってしまうのが一人前の職人の証だそうだ。


 半人前の職人は作り始める前に店を閉め、籠もりきりで仕事をしなければ、完成させることすらできないのだとか。


 靴を作りながら、こうした話をしてくれた靴職人も、もちろん超ベテランさんというわけだ。


 ただ、そういうわけだから、中断して注文を取るわけにもいかず、客自らが注文票に名前、それに職人に指図されるまま測った各種サイズなどを書き込んでいくというのが、妖精靴を買うときの常識だとも教えられた。


 今は当の……もう忘れちゃったかもしれないが、さっき紹介してもらった臆病な靴職人、その店の前にやってきたところ。


 今や信用を失って、誰からも注文が入らなくなった状態らしい。暇な状態ゆえ、頼めば、すぐにでも仕事に入れるはずなのだが……。


 さて、ここからが問題だ。


 ベテラン靴職人によれば、こいつは筋金入りのびびり。なんと注文しにやってきた客を見ても、びびりまくって逃げてしまうほどだとか。


 半小妖精全般、本気で逃げるときには、普通の人族ではとうてい捕まえられないほどのスピードになるという。


「とはいえ、今回は平気じゃろ。なにせ、とびっきり足が達者そうなのがいるからのぅ」とは、ベテラン靴職人の弁──そう示唆されたのは、まさにユタンちゃんの存在だった。


「捕まえることができれば、とりあえず作らせることはできる。まあ、ダメ元でやってみるんだな」と、半ば諦め顔で言われた。


 相当な素質に惚れ込んで弟子にし、随分と期待をかけていたようなので、いろいろと手を尽くしても駄目だったのを嘆いてるみたい。


 今回の作戦は、そいつの動きをユタンちゃんに抑えてもらうのが肝……うん、それだけ。


「それじゃ、打ち合わせ通り、下にはユタンちゃんだけが先に降りて、ちょっとの間だけでも引き留めておいて。できたら大声で教えてね。すぐ駆けつけるから」


「らじゃー」


「別に大声なんか出さなくてもいいわよ。あたしが風魔法で声を拾ってあげるから。いつも通りで」


 ユタンちゃんが一つ頷くと、早速、行動を開始した。


 おお、速っ!


「きゃっち」


 えっ!? もう? 早っ!


 さすがのユタンちゃんでも、同じ半小妖精相手だけに、ちょっとは苦戦するかもと思ってたけど、杞憂だったか。


 さて、逃げられても面倒だ。さっさと降りよう。


 駆けつけると、ユタンちゃんに両脇を下から抱え上げられ、じたばたもがいてる小僧っ子が目に入った。


 同じ背の高さなのに、ユタンちゃんたら、まあパワフル!


 あれ?! なんだこいつ? これでもレプラホーンなの? 皆が皆、爺さん顔ってわけじゃねえのかよ? つうか、何気にイケメンじゃね!? まあ、そんなことはどうでもいいか。


 さてと。


「驚かせて、ごめんな。靴を注文しにきたんだ。今、君を抱え上げてるその子の靴を頼めないかな?」


「ひょえぇ、ほぅわぁ……って、えっ!? ちゅ、注文……注文なんですか?」


「ああ、そうだよ」


 できるだけ優しく、不安にさせないよう気をつけ、慎重に話しかけていく。


「ほんとに、本当?! ……ほんとに、本当ですかぁ?」


「うん、お願いできるかな?」


「えぇぇっ、本当かな!? ……でも……本当だったらいいな……ほんと?」


「本当だから、嘘じゃないから、ねっ」


「嘘?! そうかぁ! 嘘なのかも。本当じゃないのかも……でも、嘘じゃなかったら……ほんとなら──」


 この後、何度優しく言おうが、諭そうが……いっこうに埒が明かなかった……。


「ぁあんっ!? だから、さっきから嘘じゃねぇって、言ってんだろうが! このくそガキがっ!!」


「ひっ、ひぃっ! ……」


「もう、なにやってんのよ? 怖がらせたら駄目だって、あれほど外で言ってたくせに。そんなに怒鳴らなくてもいいじゃない。かわいそうに。ふふ、大丈夫よ。別に取って食おうってわけじゃないから」


「ひぃっ! くわ……食われりゅ!?」


「だから、大丈夫だって。絶対に苛めたりなんかしないから」


「苛め!? ……絶対に苛めらりゃるる!? ひぃっ!」


「あなたねぇ……話を……妖精の話を聞けえぇぇーーーっ!!」


「ひぃぃぃぃぃっ!」


 おいおい、おまえだって、駄目じゃん。しっかし、こいつ、どうすっかなぁ?


「おすわり」


「??、?!、!?、?、!!、! ……」


 おっ、ユタンちゃんが奴を静かに下ろした。なんだか躾けてるみたい!?


 あ、少し落ち着いてきたか? まだ目をぱちくりさせてるけど……ユタンちゃんのことをじっと見つめて……ん!? じっと見つめてるだとぉーーっ!?


「くつ つくれ ほしい」


 おっ、珍しい! 単語が三つも出たぁ。


「ぼ、ぼぼぼ……僕ので、ほんとに……ほんとにいいんですか?」


「おまえ たより」


「うっひゃあ、まじっすかぁぁーっ! ひゃっほぉーう!!」


 何なんだよ? こいつぅ! 調子こきやがって。ユタンちゃんに対して、色目使ってんじゃねえぞ、このませガキがっ!!


 くっ、まあ、女に頼られて舞い上がる気持ちもわからんでもないが……それって、おまえが頼りになるってことじゃねえからな。単に時間的な問題でおまえしかいないってだけだから。そうなんだからね。


「おいっ!」


「ひぃぃっ!」


 ……駄目だこりゃ。


「おちつけ」


「あっ、はい! 大丈夫っす、いけるっす!! やります、やらせてください」


「てめえーっ、なにをやるつもりだぁ。イクつもりだぁ? うちの娘っ子相手にぃぃ……ぐるるるぅらぁぁっ!」


「もう、止しなさいよ。せっかく話がまとまりかけてるんだから」


「だってぇーっ、あいつが……あいつのやつがぁぁぁーーっ」


「黙ってなさい! あんたは」


「……ぁい……」


 こうして、ユタンちゃんの靴をこいつに作らせることになった。だが、それもこの臆病さ加減を、どげんかせんといかん。


 そこで出番となるのが、闇の精霊さんというわけですよ。


 まずはユタンちゃんに再び落ち着くように言い聞かせてもらう。それから、音や振動など仕事の集中を切らすような余計なものを遮断するよう、闇の守護結界をやつに張ってやった。


 ユタンちゃんの力だと嘘まで吐いて……だって、この野郎、守護結界にまで、びびりやがんの。


 こんなんで大丈夫なのかよ?! ……本当に出発までに仕上がるんだろうな?

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