往曲戸木覆道の女とセックスするな
北見崇史
往曲戸木(オウマガトキ)覆道の女とセックスするな
札幌から道東方面へ、ワンボックスカーで移動している。
国道274号を走り、十勝清水で国道38号に移行するまで、いくつか峠道を通らなければならない。
日高山脈を横断し、道東へと通じる日勝峠は走行条件が厳しくて、愉快ではないドライブとなることが多い。標高はそれほどでもないが、なにせ北国なので天候がよろしくないんだ。
夏は濃霧がかかって視界が悪くなり、目が疲れてしまう。冬は圧雪やアイスバーンとなり、神経質に運転しなければならない。斜度もあって、エンジンにもブレーキにも負担がかかる。高速道路があればいいのになあ、とつくづく思うけど、老いてじいさんになるまで無理だろうな。この国はケチ臭いし、北海道は広すぎる。
日勝峠に行く着く前にも、運転に気を使う峠が二つある。
穂高峠は高速コーナがあって、ワンボックスカーやトラックでは持て余してしまう。オートバイやスポーツカーで流すには刺激的かもしれない。さっきもバックミラーに車高の低い車を見たと思ったら、あっという間に追い抜いて行った。
犬九峠はそれほど急な道ではないけど、山や崖が多い場所を強引に開削したためか、古い覆道がいくつもある。つねに路面が湿っている感じがして、スリップするかもしれないと心配になる。
覆道は、トンネルに近い構造物だけど密閉されているわけではなく、たいていは片側が空いていて、コンクリートや鉄筋の柱が格子状に並んでいる。山の急な斜面や、崖下なんかの車道につくられる屋根みたいなものだ。岩の落下や地滑りにも耐えきれるように、けっこう丈夫に造られている。
往曲戸木(オウマガトキ)覆道は、犬九峠ではもっとも長く、そして古い。
修繕されない舗装は醜くひび割れていて、右に左にせわしなく曲がり、劣化したコンクリート壁から滲み出した水が、あちこちに溜まりを作っている。冬場などは何度も滑って事故になりかけた。
さいわい、まだ秋の中頃なのでその心配はないけど、中へ入ると薄暗く、さらに辛気臭くて気が滅入った。線香でも焚いてやりたい気分で運転している。
覆道の中間付近に水溜りがあったので、スピードを落としてゆっくり走っていると、ふと右側が気になった。
格子状に並んだの柱の一本に人がいる。派手な花柄のワンピースを着た女だ。この覆道には車道だけで歩道はない。柱の向こうは急峻な谷となっていて、そこに立っているのは安全に対する配慮が欠けている。
どこから来たのだろう。いや、そもそもクマが出そうな山の中の峠道で、なぜ一人で立っているのだろうか。ここは集落から遠く離れた渓谷なので、民家など一軒もない。
「男性と一緒にドライブをしていたのだけど、ささいなことで口論になって、ここで無理矢理降ろされてしまったんです」
その女は、そう言った。
向日葵の花柄が眩しいワンピースは、男の欲望通りの体形にぴったりと合っていた。胸や尻のボリュームが、ある種の本能を刺激するんだ。
「乗せてやるよ。どこまで行くんだ」
「たぶん戻ってくると思うので、ここで待っています」
北国の秋、しかも近くに住宅もない山地の峠道は、本州だと初冬に等しい。上着もなしに、いつまでも立っていられるわけがない。
「寒いだろう」
「寒いけど仕方ないんです。わたしはここを動けませんから」
あくまでも、自分を捨て去った男を待ち続ける気のようだ。薄情な男ほどモテるというが、女の恋心は謎だよな。
「じゃあ、俺の車の中で待てばいい。ヒーターをかけているからあったかいよ」
「ありがとうございます」
よほど寒かったのだろう。助手席に乗り込んだ女は、温風の噴き出し口に手を近づけて、暖かさを実感しようとしている。少し進んで、覆道内にある避難スペースへ車を停めた。
「うしろは」
バンの荷台部分が気になるようだ。
「今日はなにも積んでないよ。緩衝用の毛布だけかな」
手で暖かな風をもてあそびながら、首だけ振り返って見ていた。長い髪がだらりと垂れて、表情が見えなくなる。
「ねますか」
「えっ」
眠りたいのかと思ったが、女が意図しているのは、もっと大人な行為のことだ。
「セックス、いいですよ」
そう言われて、十秒ほど頭の中が空白になった。ふっと、ある考えに行きついたので訊いてみた。
「いくら?」
「お金はいりません」
「いや、でも、タダってわけにはいかないだろう」
手持ちはいくらあるだろうかと、ズボンのポケットに手を突っこんだが、つるんとして手ごたえがなかった。服をすべて脱ぎ去っていることに気づいて、ちょっと恥ずかしくなった。
俺と女は荷台で横になっている、女も裸になっていて、仰向けになっている俺の上にいた。ただし上下が逆さまな位置取りなので、お互いの股間を直視している格好だ。
「どうですか」
どうですかと言われても、見上げる先にある秘部は毛がボーボーに生えまくっていて見栄えが悪く、しかも二枚に開かれたビラビラが巨大だった。まるで、こげ茶色の大蝶が肉の翅を半開きにしているみたいなんだ。
「懐中電灯で照らしているんですね」
覆道の中は暗いし、ルームランプの豆灯では光量が少なすぎるから、しかたなく使用していた。
「ニオイのあんばいを確かめてください」
すでに、大蝶のビラビラが俺の鼻を両側から包み込んでいる。匂いを確認するために息を吸い込むと、ぴったりとくっ付いてしまい苦しくなった。
「ちょうどいいですか」匂いの具合を訊かれた。
「ええーっと」
悪臭だった。
ネコの尿に酢を混ぜて、それを肛門付近に吹きかけてから風呂にも入らず数週間熟成させると、こんな感じになるだろうか。カニを食べた後のようなニオイも混じっている。吐き気がする、とは言わないけど、積極的に嗜みたくはなかった。
「すごく、いいニオイだよ」
女性にとってデリケートな部分である。本心ではなかったが、華を持たせてやる義務が男にはあるだろう。
俺の竿先がカサカサしていた。女が口に含んでくれているはずだが、ぜんぜん気持ち良くない。かえって、軽く痛みがあるくらいだ。歯を当て過ぎているのだと思う。
「もうちょっと、ヌルッとしてくれないかな」
これくらいの要望はしてもいいだろう。男の中心地点は、もっとも神経が過敏な場所なので、できうるかぎり丁寧に扱ってほしい。
「ぬるっ、ていうのは、これくらいですか」
女がコンクリートのひび割れにできた小さな水溜りに指を入れて、まるで子猫の舌が舐めているように柔らかく擦った。
「ちょっと固いかなあ」
覆道の頂部で、緩衝材である鉄筋コンクリートの板面にある水溜まりに触れている。雨水と左側の崖面から滲みだした水で、そこは常に湿っていた。藻が繁茂して弾力があり、指でほじくっていると、トロトロ、ヌメヌメした汁が溢れ出てきた。
「こうやって、ほぐすように撫でるんです。乱暴にされるのは、ホントにイヤなんです」という言い方には切実さがあった。
その湿った窪みへ、女の手が俺の指を誘導している。足元の鉄筋コンクリート板はたいがいに硬すぎるが、そのスリットだけは柔らかく、俺の欲望のヒダをどうしようもなく撫でるんだ。
「もう、日が暮れそう」
「まだ、待つ気なのかい」
俺たちは覆道の上に立って、遠い山脈の背後へ落ちようとしている夕陽を眺めていた。
「わたしは、ここにいなければなりませんから」
血のように赤方偏移した朱色の夕陽を浴びながら、女の顔は凛としていた。
「さっきの血溜まりを知っていてください。あなたには、あの感触を忘れないでほしいのです」
「あれは覆道の天井に溜まった水だよ。コンクリのあちこちにヒビが走っているからさ」
「懐中電灯で、よく見てください」
左右のビラビラを親指と人差し指で、できる限り開いてみた。体液がすえきったニオイが、どっと落ちてきた。なんとも形容しがたい臭気が、車内に充満している。
俺の竿先は、相変わらずカサカサとうざったらしかった。いいかげん、歯を当てるのは止めてほしい。
「お豆は、どうですか」
お豆も相当にデカかった。
ソラ豆ほどの大きさがあり、半分ほど皮に埋まっている。乾いた指先で触れてしまわないよう慎重に包皮をめくってみた。ワシャワシャと生えまくっている剛毛が邪魔でイライラする。
「ん?」
何かある。
いや、何かがいる。
お豆を包む皮の間から、黒くて平べったいモノが這い出してきた。ゴマ粒を二回りほど大きくしたくらいで、動きは止まっているくらいにスローだ。人差し指と親指でつまんでみた。それは、平べったくて蜘蛛みたいな虫だった。
「ヤゴです」
「ヤゴ?」
「だってほら、水溜りにはトンボが卵を産むでしょう」
覆道の頂部には、たくさんのアキアカネが飛んでいた。夕陽を浴びて真っ赤に火照った女の裸体が、ゆるく踊りながら、それらの群れと戯れていた。
「いや、これはダニだよ。人の皮膚に喰らいついて、生き血を吸う寄生虫だ」
ダニの体はゴムのように強靭で、指先に力を込めても容易に潰れてくれない。爪先と爪先を合わせて、ようやく切り殺すことができた。
「血溜まりだから、ダニが出てきたのかな」
とくに意味を込めたわけではなく、なんとなく口走ったんだ。
「キェーーーーーーー、ギャアアアアアアアーーーーー」
凄まじい金切り声と悲鳴だった。聞いている者の鼓膜から血が出てきそうなほどの、重圧と切れ味があった。
「浩史、マズいんじゃないのか。この女、叫びまくってるべや」
「こんな山ん中で気づく奴はいねえって」
峠道に造っている覆道の工事現場で、俺と智也は女を見つけたんだ。男とドライブに来て、ケンカして捨てられたらしい。バスも汽車もない山中を、焦ったようにうろついていた。声をかけたらホイホイとついてきた。工事現場のプレハブ小屋で犯していたら逃げ出して、覆道の上にある小山へ登ったんだ。
「どうするよ」
「もうヤっちまったから、いらねえだろう。始末した方がいい」
「警察に駆け込まれたらヤバいからな」
小山の頂上から蹴り落としてやった。ほぼ崖となっている急斜面を転がり落ちて、建設途中だった覆道の頂部へと激突した。コンクリートの打設途中なので、鉄筋がむき出しになった部分が残っている。
「死んだか」
「手足がひん曲がってるし、血も出てるから死んだんじゃねえのか」
死体を始末するために、いったん下に降りてから覆道の頂部へと上がった。
女は、端に座って谷側を見下ろしながら足をぶらぶらさせている。ぎりぎりまで沈みかかった夕陽が、彼女の顔に淡い朱色を射していた。
「セックスは、よかったですか」
「まだ本番をしていなから、わからないよ」
湿ったビラビラが、俺の鼻をしきりと叩いている。肉の大蝶が羽ばたいているみたいで、ひょっとすると、女の股ぐらから離れてどこかへ飛んでいくのかもしれない。
「では、わたし、がんばっちゃいますね」
女は死んでいなかった。ドス赤い血溜まりのサークル内で、もぞもぞと動いている。
「まだ生きてるべや」
下を見ながら、智也が言った。
女が転がり落ちた切土はほぼ垂直で、高さも七、八メートルはある。コンクリートに叩きつけられたので、生きていたとしても重症だろう。体中の骨がバキバキと折れているはずだ。
「おいおい、なんだよ」
女が立ち上がった。両方の腕がおかしな方向へひん曲がっているが、しっかりと屹立し、さらに、こちらを見上げていた。血溜まりに横たわっていたので、素っ裸の体は真っ赤に汚れていた。
「うわあ」
「な、なんなんだ、あの女」
血の衣をまとったカマキリのような女が、ほぼ崖の急斜面を猛然と漕ぎ上がってきた。手足をがむしゃらに動かし、顔で土を削りながら登ってくる。
砂や土や枯れ葉で口の中がいっぱいになるが、吐き出しもせずに猛然と上がってくるではないか。どこかの神経が切れて、麻薬物質で脳が満たされているのだろう。その動きは、どうみても人間技ではない。
「くっそ、バケモノか。これでもくらえ」
ボウリングの玉ほどある石を、智也が投げ落とした。それが女の肩に当たり、ガコンと鈍い音とともに落下した。頭から落ちたので、今度こそ死んだみたいだ。ピクリとも動かない。
本番が終わって、騎乗位になって腰を振っていた女が離れた。バンの内部は、すえたカニ風味のニオイが充満し、むせ返りそうだ。
車の外に出た女が裸で手招きしている。俺たちは手をつないで歩き、等間隔に並んでいる柱の一つに注目した。
「ここへセックスしてくださいな」
「いや、セックスはもういいよ。さっき終わっただろう」
「いいえ、あなたはもっとしたいでしょう。だって、無辜の女を犯してまでしたいでしょう。殺してまでしたいでしょう」
「だから、もうやらないって。そもそも、コンクリートの柱とはセックスできんし」
裸の女は意外そうな表情をしていた。
「ほら、ここですよ。湿っていて、ちょうどよく柔らかいのです」
女の指が柱の表面を擦っていた。そこは硬質のコンクリートなのだが、か細い指が上下に動くたびに湿ってきた。トロッとした汁が内側から出てきて、見る間に溢れていた。
無性にセックスがしたくなった。幸いにも俺は裸なので、いますぐにでもすることができる。女が擦っていた部分は、大蝶のビラビラが大きく開いていた。端っこはドス黒くて生々しさを感じるが、中央の窪みにいくほど赤色が淡くなって、俺の欲情を誘うんだ。
さっそく、下半身のモノを柱に入れて腰を振った。だけど期待していたよりも、柔らかく包んでくれない。いや、かえって硬い感触が痛くてしかない。下腹部を砂利道に擦りつけているかのようだった。
大蝶のビラビラから大量の血が溢れ出てきた。俺の下半身は真っ赤に濡れている。突っ込んだモノに感じているのが、苦痛なのか快楽なのか判然としなくなった。激烈な衝撃であって、その強力な誘惑に惹きつけられるまま、とにかく腰の往復運動がやめられない。突っ込んで、擦りつけて、早く果ててしまいたいと心の底から願っていた。
ひょっとして、出血しているのは俺自身なのかもしれないと思っていると、向こう側から何かが転がってきた。車ほどもあるそれはゴツゴツとした岩であり、覆道の側壁や柱にぶつかりながら、ゆっくりと俺の横を転がっていった。
「智也っ」
作業員時代の、かつての同僚がいた。岩のあちこちから手足や顔を出して、転がるままに潰されている。骨が砕ける音が耳に残り、血肉が散乱する光景が目に焼きついた。不思議なことに、やつの顔は四十年前と変わっていなかった。
「あの殿方は四十年間転がり続けています。この道で、いつまでも潰されるんです」
それは難儀なことだ。だけど、昔の仲間なんてどうでもいい。いま俺は、いきたくて、いきたくて、しかたないんだ。
「君のは、いいね。じつにいい具合だ。ずっと、こうしていたい」
力のかぎり腰を振りながら、そう言ってやった。褒めてやると、女の具合がもっと良くなるだろう。俺の下半身は、もうズタズタなんだ。
「大丈夫ですよ。わたしは浩史さんとは離れません。だから、ずっとセックスしていてくださいな。ここがなくなるまでセックスするのですよ」
そう女が言い終わるや否や、激烈な痛みが襲ってきた。耐えがたいどころのレベルではない。あまりの激痛に目ん玉の中で火花が飛び散った。脊髄に、過大な電流が走っている。
痛みのあまり、精神が恐慌状態になった。ビラビラから俺自身を引き抜こうとするが、肉の大蝶がガッチリと咥えこんで離れない。なんだ、どうしたと焦りまくっているうちに、外側から体が固定されてきた。どうやら、コンクリートの打設が始まったようである。
「さあ、イッて、おもいっきりイッてくださいな」
鉄筋コンクリート製の覆道が朽ち果てるまでは、百年以上かかるだろう。だけど、幾千回、幾万回腰を振ろうが、俺は永遠にいけないような気がした。
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