私ができるのは“お掃除”だけですが、なぜか最強扱いされています

部領なるか

私ができるのは“お掃除”だけですが、なぜか最強扱いされています

◆ プロローグ:地味すぎる適性


王都近郊にそびえ立つアルヴェル魔法学園。

 かつて偉大な魔術師や騎士を多数輩出してきた伝統校で、毎年、大陸中から若き才能が集まる。炎や氷を操る者、治癒の力に長けた者、はたまた召喚術を得意とする者――華やかな魔法適性が花開く場所だ。

 私、リネア・ラファエルは、その学園の新入生。

 元々は辺境の村出身で、たいした血筋でもない。でも「魔法学園」と聞いて、ひそかに胸を躍らせていたのは事実だ。運よく試験に合格し、これから素敵な魔法生活が待っている……と、そう思っていた。


「リネア・ラファエル。魔力適性は……えーと、“掃除”だけ、ですね?」


入学初日の適性判定で、検査官は困惑の表情を浮かべた。

 掃除? 私は耳を疑った。周囲の新入生も、「なにそれ」「まさかゴミ取り?」とヒソヒソ声を交わしている。

 火球を出せるわけでも、回復魔法を使えるわけでも、重力を操れるわけでもない。どうやら私は、「床や壁の汚れをサッと消す程度の魔法しか持っていない」らしい。

 試験官に苦笑され、周囲にクスクス笑われ、私はひとまずうなずくことしかできなかった。どうやら私は――掃除しかできない“地味”な新入生として、学園でのスタートを切ることになるようだ。


とはいえ、合格は合格。クラス分けの結果、私は一年Dクラスに配属された。

 Dクラスは、お世辞にも“優秀”とは言えない寄せ集めのような位置づけらしく、私に対しても周囲は「まぁ期待はしないけど……がんばれ」と温かくも冷ややかな態度だ。

 けれど、私にはまだわずかな希望があった。この“掃除魔法”、もしかしたら何かの役に立つんじゃないか。そういう淡い予感もなぜか捨てきれない。そして、学園長がやたらと私を見つめていたのも気になる――あの白髪の老紳士は、一体何を考えているのだろう?


そんな疑問を抱えながら、私の学園生活は幕を開ける。

 たかが掃除の魔法。それでも私は、ここで何か大切なものを見つけるかもしれない――そんな胸騒ぎだけは、入学初日からずっと消えずにいた。


◆ 第1章:ちいさな掃除魔法が起こす、ささやかな奇跡


翌日から、学園のオリエンテーションや基礎授業が始まった。Dクラスの仲間たちも個性派ぞろいで、それぞれがどこかしら“惜しい才能”を持っている。たとえば同じクラスのカイルは身体強化の魔法が少しだけ使えるが、制御が下手で物を壊しがち――そんな感じだ。

 一方で私は、やはり“掃除魔法”以外に何も覚えられる気配がない。実技授業で「火球を出してみよう」と言われても、まったく火の玉など出てきやしない。

 しかし、毎朝コツコツと廊下や部屋を掃除していると、同じクラスの子から「リネア、ちょっといい?」と声をかけられた。


「実は、大事なノートを失くしちゃってさ……。部屋のどこかにあるはずなんだけど、見つからないんだ」

「なるほど……部屋の奥に入り込んでるのかもしれないね。ちょっとやってみる」


私はその子の部屋を訪れ、魔道具のほうきを構えて軽く呪文を唱える。


「クリーン・ブリーズ……」


指先からふわりと白い風が立ち昇り、床や棚の隙間に溜まっていたホコリ、紙くず、果ては蜘蛛くもの巣までも吸い寄せる。すると、隅のほうからノートがホコリまみれで出てきたではないか。

 「わぁ、見つかった……! ありがとう!」

 友人は大喜び。私は照れながら「こんなの、ただの掃除だから……」と応じる。


でも、その瞬間、私の胸は小さく弾んでいた。人の役に立てるなら、きっと“ただの掃除”でも意味があるはず――。

 その光景をたまたま見ていたカイルが、拍手を送りながら近づいてくる。


「リネア、お前の魔法、意外と便利だな! 物探しとか、散らかった部屋の整理にも使えるんじゃん」

「うん、まぁ……地味だけどね。でも、誰かの役に立てるなら嬉しい」


こうして、地味ながらも“掃除魔法”がちょっとした噂になり、クラスメイトの中には「俺の部屋も片付けてー」と冗談めかして頼んでくる人もいた。教師からも「リネアさん、教室の床がササッとキレイになって助かるよ」と声をかけられる。

 私は内心くすぐったい気持ちで“お掃除ライフ”を満喫し始めていた。


ところが、それで平和に終わるほど学園生活は甘くなかった。

 入学三日目にして、学園の廊下や食堂で物々しい噂を耳にするようになったのだ。


「地下の実習エリアで、黒い泥みたいなものが発生してるって」

「上級生が調査に行ったけど、危険で引き返したとか……」


私は初め“へえ”くらいの気持ちだったが、その噂が学園全体に広がるに従い、不気味な緊張感がクラスにも漂い始めた。Dクラスの誰もが「地下のことなんて上級生がどうにかするでしょ」と楽観視していた。けれど、私だけはなぜか胸騒ぎを覚えていた。

 あの掃除魔法が、何かの形で役に立つんじゃないか――そんな“直感”が頭をよぎってならない。まさかそんな大事になるわけが……と自分をいさめつつも、妙な期待が胸中に芽生えていた。


◆ 第2章:学園を脅かす“黒い泥”と召集令


数日後。学園の掲示板に大きな張り紙が出された。そこには「地下ダンジョン浄化作戦、メンバー一覧」とあり、各クラスの上級生たちの名前がずらりと並んでいる。

 ――まさか、その末尾に私の名を見つけるまで、私は他人事だと思っていた。


「……え? リネア・ラファエル? 私……なの?」


思わず独りごち、近くにいたカイルが「嘘だろ? なんでお前が選ばれてんだ?」と目を丸くする。

 掲示には「学園長の特別指名により、新入生のリネア・ラファエルも参加せよ」と書き添えられていた。

 どういうことか、さっぱりわからない。私が役に立つとは思えないし、そもそも危険極まりない“浄化作戦”になぜ私が?


困惑のまま職員室を訪ねると、担当の教師が渋い顔で言った。

「学園長が、『あの子の掃除魔法は汚れ除去に有効かもしれない』とおっしゃってね。まさかとは思ったが、君の名前が正式に載っている以上、断るわけにもいかん」

 教師も納得していないのだろう。なんとなく申し訳なさそうだ。

 私は戸惑いながらも、「……はい、わかりました」と引き受けるしかなかった。


浄化作戦は週末に行われる。参加メンバーには、三年生の“剣の天才”レオン先輩や、“氷魔法の申し子”マリア先輩、そして貴族派閥の代表格・ベルナール先輩など、そうそうたる面々が名を連ねていた。

 試しにクラスの子に聞いてみると、「エリート揃いのチームになぜ一年Dクラスのリネアが?」「謎すぎる」「嫌がらせ?」と、みんな口を揃えて首を傾げる。

 だが私は、それ以上に胸の奥で奇妙な期待がふつふつと湧いてくるのを感じていた。もしかすると――“掃除魔法”は本当に、未知の汚れでも除去できるのかもしれない。


◆ 第3章:地下へ――汚れと不安と、一筋の光


浄化作戦当日。私と数名の新米は、上級生たちとともに学園裏手の地下入口に集合した。そこには重厚な鉄扉があり、係員が鍵を開けると冷たい空気が一気に押し寄せてくる。

 隊は大きく三つのグループに分かれた。戦闘主体の前衛部隊、魔術主体の後衛部隊、そして私を含む補助メンバー。

 リーダー格はレオン先輩だ。金髪で長身、凛々りりしい目つきが印象的で、学園内でも知らない人はいない存在らしい。彼が私に微笑みかけてきた。


「君がリネア? 掃除魔法を扱うって聞いてるよ。正直、地下はとんでもない泥と瘴気しょうきが渦巻いてる。キミの出番があるかもしれないから、心強いぜ」

「は、はい……。でも本当に役に立つかどうかは……」

「ま、無理はするな。俺たちが守るからさ」


レオン先輩は気さくな人のようだ。隣にいるマリア先輩(銀髪の美しい魔術士)も、「同じメンバーとして頑張りましょう」と微笑んでくれる。

 一方でベルナール先輩は、見るからに不機嫌そうな顔をしていた。貴族派閥を率いる三年生で、魔法理論にも造詣が深いとか。

 「まったく、なんでこんな“雑用魔法”の子を混ぜるんだ? 学園長の鶴の一声なんてに落ちないな……」と露骨に嫌味を言う。私は委縮しながらも、「すみません」と小さく頭を下げた。


そんな空気のまま、私たちは扉の奥へ降りていく。螺旋階段を下ると、石造りの通路が続いていた。もともとは“課題ダンジョン”として上級生が実習に使う場所だが、近頃は異常な“黒い泥”が発生していて危険らしい。

 灯りが不十分で視界が悪く、空気もじめじめしている。足元には薄暗い水たまり。上級生たちが先頭で警戒しながら、奥へと進んでいく。

 どこかで“ぬるり”という湿った音が響き、私は思わず身震いした。魔物が出てもおかしくないし、何よりいまだ掃除魔法がどれほど通じるのか確信もない。


「こ、怖いの?」

 後ろから声をかけてきたのは、クラスメイトのカイルだった。彼も補助メンバーの一員で、身体強化の腕を買われたらしい。

「そりゃ怖いよ……でも、やるしかないもんね」

 私はぎこちなく微笑む。何のために選ばれたのか、せめて少しでも答えを見つけたい気持ちだった。


さらに奥へ進むと、壁面に黒ずんだ斑点が散見されるようになった。まるでカビか泥のようだが、炎魔法で焼こうとしてもジワリと残り、逆に黒煙が立ち上る。上級生たちが驚き混じりにうなっている。

 私は恐る恐る近づき、自分の箒を握りしめて呟いた。


「……クリーン・ブリーズ。」


すると、指先から白い風がくるりと壁を包み、黒い斑点をすべて吸い込んだ。ほんの数秒で壁は元の石色を取り戻し、まるで最初から汚れていなかったかのように綺麗になる。

 それを見た隊のメンバーが一斉に目を見張った。


「お、おい……今の見たか!?」「マジで泥が消えた……?」

「嘘だろう、あんな濃い汚れが一瞬で……?」


私も内心驚いていた。床や部屋のホコリを吸うのとはわけが違う。黒い“瘴気混じり”の泥でも、掃除魔法でまるっと除去できるなんて……。

 レオン先輩が「よし、もっとやってみてくれ」と声をかけ、私も少しずつ慣れた手つきで進んでいく。通路の泥を除去するたび、空気が澄んでいき、周囲の皆がほっと息をつく。

 私はその光景に安堵しながらも、どこかでゾワリとした緊張も覚えていた。こんな汚れを消せるなら、奥にはもっと酷いものがあるのでは……?


ベルナール先輩は渋い顔のまま口をつぐんでいる。だが、その眼差しの中には“興味”の色もにじんでいた。心の中で何を考えているのだろうか――。


◆ 第4章:裏切りの影? 構内に潜む闇


掃除魔法である程度泥を除去しながら、私たちはさらに地下を奥へと進んでいた。空気は次第に重たくなり、ぐしょぐしょの湿気が肌に貼りつく。

 途中、スライム系モンスターやコウモリの群れが出現するが、上級生たちが簡単に撃退する。戦闘力ゼロの私としては心強い限りだが、それでも奥から感じる“禍々まがまがしさ”は増している気がした。

 やがて、広めの空間に出る。そこには黒い液体が床一面に溜まっており、まるで池のようになっていた。上級生の一人が言うには、「ここは以前は水が流れていたが、今は何らかの瘴気が混じって黒く濁っている」らしい。


「リネア、行けるか?」

 レオン先輩が私を振り返る。

 もちろん不安だ。こんな広範囲の黒い水を、一気に掃除できるのか。けれど逃げるわけにもいかない。「やってみます……!」と意を決し、箒を構えた。


「クリーン・サイクロン……!」


渦巻くような白い風が黒い水面に触れると、激しい泡が立ち上がった。ぐつぐつと煮え立つような音とともに、水の汚れが吸い取られていく。

 しかし、途中で“抵抗”のようなものを感じた。吸い込んでも吸い込んでも、際限なく黒い液体が沸き起こってくる。頭がぐらりと揺れるほどの負荷が私の体にかかり、思わず膝が笑う。

 それでも歯を食いしばって続けていると、カイルが「リネア、がんばれ!」と肩を支えてくれた。マリア先輩も「少しだけ魔力の補助をするね」と背後から指先を当ててくれる。

 仲間の助力により、なんとか水面が徐々にクリアになっていく。最後にはほとんど澄んだ色になり、部屋の空気も幾分軽くなった気がした。周囲が大きな拍手を送る。


「おお……すごい!」「本当に全部除去できたのか?」

 レオン先輩が満面の笑みで言う。「やっぱり君はただの“地味魔法”なんかじゃないな」

 私は息を切らしながらも、「そ、そう……かな……」と返す。身体の芯に重い疲れが溜まった感じがするが、不思議と嫌な気分ではない。むしろスッキリした爽快感さえある。

 だが、そんな私たちを見下ろすように、ベルナール先輩がゆっくり近づいてきた。


「ふん……大したものだ。だがリネア、一歩間違えれば“汚れ”に飲まれる可能性もある。お前はそのリスクを承知しているのか?」

「え……?」

「“浄化”や“回復”と違って、君の魔法は汚れを“吸い込む”ものだ。もし汚れが膨大すぎれば、君の身体や精神が破壊される危険性だってあるんじゃないのか?」


凍りついたような静寂が流れる。正直、私はそんなこと考えていなかった。自分の力がどこまで安全なのか、分からないまま使っていたのだ。

 ベルナール先輩はあざけるような笑みを浮かべる。「まったく、学園長は何を考えているのか……。このままお前が倒れれば、我々の計画も破綻だ。やれやれだ」

 言葉の端々にとげがある。私は反論できずにうつむくしかなかった。


その後も、ベルナール先輩が密かに誰かと連絡をとっている姿を目撃したり、私を含む仲間たちに対して妙に距離を置いている言動があったりと、不穏な空気は絶えない。

 まるで私たちを“試す”ように動いているのではないか――そんな疑念が頭をよぎる。が、いま確証はないし、先を急ぐしかなかった。


◆ 第5章:古代の浄化術――掃除魔法の真なる力


さらに奥へと進むと、空気がますますよどんでいる。どうやら“黒い泥”の本拠地が近いらしい。上級生たちが口々に「これは想像以上だ」「瘴気が混じっている」と騒ぎだす。

 そして大きな広間に出たとき、私たちは足を止めた。床一面にうごめく漆黒の泥が、渦を巻いているではないか。奥の壁には何やら古代文字らしきものが刻まれ、そこからも嫌なオーラが漂う。

 ベルナール先輩が低く唸る。「おそらく、ここに封印されていた闇の一端が漏れ出しているのだろう。面倒なことだ……」


と、そのとき泥の中心から大きな水飛沫しぶきがあがり、何かが姿を現した。

 それは巨大な“泥の獣”とでもいうべき形状。四足の獣の輪郭をしており、黒い粘性の塊が波打っている。火や氷の魔法を撃ち込んでも弾かれそうな、重厚な膜をまとっていた。

 一同に緊張が走る。「ここが本命か……」「なんだ、あれは……?」


泥獣が低くうなり、こちらへ突進してきた。レオン先輩が剣を構えて応戦し、マリア先輩が氷矢を放つが、泥に覆われた体躯はわずかにひるむ程度。なかなかダメージが通らない。

 後方から強化魔法をかける仲間たちも必死だが、泥獣の動きは予想外に速く、近づくと黒いしずくを飛ばしてこちらを攻撃してくる。

 カイルが必死に盾で防ぎ、「くそっ、こいつタフだ……!」と声を上げる。


私は戦闘力ゼロのままひるんでいた。だが、冷静に考えてみれば、この泥の装甲を除去できるとしたら私の魔法しかないかもしれない――。

 もちろん、ベルナール先輩の言葉どおり、吸い込みすぎて自分がどうなるかわからないリスクもある。けれど、このまま仲間が危険にさらされるのを見ているのは嫌だった。

 私は震える足取りで泥獣に近づき、箒を握る。レオン先輩が「リネア、危ないから下がれ!」と叫ぶが、私は振り返らずに意を決した。


「クリーン・サイクロン……全力で……!」


自身の魔力を限界まで練り込み、泥獣の周囲に大きな白い渦を展開する。ゴウッという耳鳴りのような風の音が広間を包み、黒い泥が渦に飲み込まれていく。

 しかし、それは想像以上に強靭きょうじんな汚れだった。泥獣は抵抗するように体を振るい、私の渦を破ろうとしてくる。


(負けられない……! みんなが戦ってるんだ……!)


頭が割れそうなほどの痛みと、身体が引き裂かれるような重圧。私は必死に踏ん張り、泥を一気に吸い込むイメージを維持する。

 すると、ふと背後から温かい光が差し込んだ。マリア先輩だ。「リネア、少しだけ私の魔力を分けるわ!」

 さらにレオン先輩が泥獣の注意を引きつけ、カイルがサポートで泥の飛沫を防ぎ、ベルナール先輩も苦い顔をしながら闇魔法で相手の動きを封じている。


――仲間がつないでくれたチャンスを逃すわけにはいかない。

 私は大きく深呼吸し、最後の力を振り絞るように渦を加速させた。ゴオォッという爆音が響き、泥獣の体を覆う黒い膜があれよあれよとがされていく。

 一瞬、獣の本体が姿をさらし、レオン先輩が渾身こんしんの斬撃を放った。ズバリという衝撃音とともに、獣は苦しげな咆哮ほうこうを上げ、そのまま黒い水たまりに沈んでいく。

 私は渦を解いて膝をついた。視界がくらくらするほど疲弊ひへいしていたが――泥獣の形はほとんど崩れ、残った泥は私の渦に巻き取られ、消え去っていた。


戦闘が終わり、仲間たちが一気に押し寄せてくる。「やったぞ!」「すごいじゃないかリネア!」

 レオン先輩が私の肩を支え、「お前がいなかったらこんなにスムーズに倒せなかった。感謝する!」と満面の笑み。

 一方でベルナール先輩も、けわしい表情ながら「あの莫大ばくだいな汚れを吸い込むとは……。まったく理解不能だ。だが、見事だ」と呟いている。

 私は安堵あんどと達成感で、力が抜けるようにへたり込んだ。身体の隅々にまで「何か」を取り込んだ感覚――まるで一時的に汚染を受け止めたような、しかし不思議と嫌悪感はない。


「あなたの魔法、もしかして古代の浄化術に近いのかも」

 マリア先輩がそんなことを言っていた。過去の文献に、汚れや呪いを一挙に回収して消滅させる“祝福”があったという。

 私の魔法はその“掃除”の形をとった奇妙な派生かもしれない――少なくとも、そう思わせるほどの力を発揮したことになる。


部屋の奥を調べると、やはり何らかの古代封印の跡が見つかった。そこから闇が漏れ出していたらしい。ベルナール先輩は複雑そうに眉をひそめ、「この先は学園長に報告する。やれやれ、面倒だが……」と呟く。

 こうして、私たちは“黒い泥”の源泉をほぼ断ち切り、地下浄化作戦は成功を収めた。途中で負傷した人もいたが大事には至らず、学園としてはひとまず安堵あんどの一日となった。


◆ エピローグ:さらなる道を照らす、箒のきらめき


翌日、地上へ戻った私たちは学園長の前で報告を行った。レオン先輩やマリア先輩は口を揃えて、「リネアの掃除魔法が無ければ浄化は難しかった」と証言し、皆が私をたたえてくれる。

 私は恥ずかしさと誇らしさが入り混じりながら学園長の顔を見た。彼は穏やかに微笑んでこう言う。


「リネア、やはり君は予想以上だね。掃除という地味な形をとっているが、その本質は“浄化”に近しい。もしかすると、これから先、君の力はもっと多くの人を救うかもしれないよ」


まだ実感がわかない。ただ、昨日の戦いで手応えをつかんだのは確かだ。私の魔法はホコリ取り以上の価値を持つのかもしれない。

 周囲からの視線も一変し、Dクラスの子たちから「お掃除ヒーローって呼んでいい?」なんて冷やかされる。カイルは「お前のせいでDクラスの評価が爆上がりだな!」と笑う。

 そして例のベルナール先輩は、わざわざ私のもとへ来て小さくささやいた。「……今回は認めてやる。だが、まだ未知の部分が多い。お前の力がうまく作用するとも限らない――用心しておくことだな」

 それは冷たい警告であり、同時に興味も含んだ言葉。私も無闇むやみに喜んでいてはいけないのかもしれない。


ともあれ、“掃除魔法しかなかった私”が、こうして学園の一大事を救うきっかけになった。それは疑いようもない事実。

 自分でも驚くほど、今は心が軽やかだった。汚れを吸い込んだはずなのに、なぜか清々すがすがしさすら感じる。まるで部屋中を大掃除したあとのような、気持ちいい疲労感。

 あのまま闇が放置されていたら、学園だけでなく近隣の町まで被害が広がっていたかもしれないと考えると、ゾッとする。それを防げたのなら、“掃除魔法”という地味な力も悪くない――そう思えるのだ。


翌朝。私はいつものように早起きして、寮の廊下を箒で掃除していた。

 あの地下での大がかりな浄化と比べれば、たかがホコリ取りだ。けれど、床にこびりついたゴミをサッと吸い込み、ピカピカにする瞬間はやっぱり心地いい。私の魔法の根幹はここにあるのかもしれない。


「リネア、おはよー。あいかわらず朝から熱心だな」

 クラスメイトが通りすがりに手を振る。私は微笑んで挨拶を返す。

 そう、私はこれでいいのだ。地味かもしれないけれど、“掃除”で誰かの役に立つ。今回の事件で得た自信と経験を胸に、これからも私らしく魔法学園を歩んでいこう。

 もしまたどこかで「黒い汚れ」や「深い闇」に遭遇したら、そのときは――ちゃんと怖がりつつも、箒を握って立ち向かうのだろう。


ほこりひとつ落ちていない、朝の廊下を見渡して私は思う。いつかもっと大きな世界で、もっと多くの汚れを除去する日が来るのかもしれない。でもそれはまだ先の話。

 今はこの清浄な道を歩みながら、学園の仲間たちと笑い合い、新しい魔法の可能性を探してみよう。大袈裟おおげさだが、そんなささやかな決意を抱いて、私の学園生活は続いていく。

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