王女と騎士の家出

へるきち

王女と騎士の家出

 ヒッチハイクだ。


 今どきは、ちょっと声かけただけでも、事案になるというのにな。しかも、夜も明けきらぬ、こんな時間に。俺は、迷いながらも、アクセルを緩める。行き先の書かれたスケッチブックを両手でかかげた相手と目が合う。その瞳に引き寄せられるように、車を側に止めてしまった。


「ありがとうございます。いい車ですね。」

 車を降りて回り込むと、助手席のドアを開けてやる。彼女が、よじ登るようにして乗り込み、シートベルトを締めたところで、そっとドアを閉じた。降りたついでに、荷台を確認する。つい先程も、荷物が落ちそうになって慌てたところだ。荷崩れしていないか、紐が緩んでいないか、よく確かめる。もうひとつ、用を済ませてしまおう。近くにあった自販機で、コーヒーとオレンジジュースを買う。


「これでよければ飲むか?」

 助手席に座っているのは少女だ。幼女といってもいい。子供の年齢はさっぱり分からないが、10歳よりは下だろう。クラスの中で、ひそかに男子の人気を集めてそうな感じ。軽トラに「いい車ですね。」なんてお世辞が言えるくらいだ、頭の出来もいいのだろう。

 幼女は一口だけ飲んで、オレンジジュースのペットボトルをドリンクホルダーに置いた。顔には出してないつもりなのだろうけど、気に入らなかったようだ。

 俺は、コーヒーを半分ほど、ゆっくり飲んでから、ドリンクホルダーに缶を置くと、右のウインカーを点滅させながら、車を発進させる。


がっくん


 エンストしちまった。マニュアル乗るのは久しぶりだし、この軽トラはかなりガタが来てるからな。ブレーキペダルなんか、踏んでる感触がほぼ無くて、こわい。助手席を、ちらっと伺う。大丈夫、出来た幼女だ。ぷーくすー、とか笑ってはいなかった。ちょっと、驚かせてしまったようだけど。

 気を取り直して、エンジンを再始動。アクセルを気持ち強めに踏んでやると、どうにか軽トラは走り出した。巡航速度に乗ったところで、助手席の幼女に声をかける。 

「なあ、どこまで行くんだ?」

 彼女の掲げたスケッチブックには、「東京方面」とだけ書かれていた。急ぐ旅でもない、行きたいところまで、運んでやろう。まっとうな大人なら、交番にお届けするのだろうけどな。

「おじさんは、どこまで行くの?」

「あー…、どこなんだろうな」

「あてのない旅なの?」

「そうだね。そんな感じ」

 荷台に載っているのは、わずかばかりの家具と楽器。すべて処分してしまおうかと思ったのだが。15年間も俺の川崎での生活につき合わせたからな。何かが宿っている気がして、無理だった。ところで、俺はおじさんじゃないぞ。

「私もそう」

 コミケに行くのよ、とかならよかったのにな。確か、今やってるんじゃなかったっけ?この軽トラにはナビがついてないから、都内を抜けるのは大変だろうけど。


 車は、多摩川を越えて行く。多摩川を越えると、川崎では無い違う場所に行くんだな、と感じる。多摩川を越える前から都内に入っているのにな。横浜に行っても、隣に来たな、としか思わないのに、この感覚は川崎市民なら分かるんじゃないだろうか?

「多摩川越えると、アウェイって感じすよるよな」

 なんで?って顔された。これは世代間のギャップなのか。髪なんかつやつやだもんな。自身のそれと比べて、そんなところにまで、25年分の隔たりを感じてしまう。ちょっと、切ない。


 多摩川を越えたところで、最初に見つけたコンビニに入る。こいつが、どうかは知らないけど、俺は腹が減ったし、話したいこともある。


 あんパンとコーヒーを買い、店内のイートインスペースで食べる。幼女は隣で熱々のブリトーを食べている。わっち、とか言ってる。ちょっと和むわ。代金は、こいつも自分で払っていた。スマホで。先に食べ終えた俺は、幼女が食べ終えるのを待つ。話したい事はあるが、店内ではまずい気がする。客観的には、略取誘拐の現場だからな、これ。さらうつもりは微塵もないが。35歳独身が何を訴えたところで聞いてもらえる気がしない。通報されるわけにはいかない。ブリトーをはむっている横顔をぼんやり眺めながら待った。


 食べ終えた幼女と共に車に戻り、提案をしてみる。

「なあ、行き先が決まってないなら、西に向かってもいいよな?」

「いいよ」

 同意を得た俺は、朝焼けを背にして、走り始める。今度はエンストしなかった。


 再び多摩川を越え、府中街道も越えて、直進を続ける。他に走っている車はほぼ無く、ストレスなく走っていられる。年末だから、いずれ渋滞するかも知れない。今のうちに、進んでおきたい。夜も明けたし、お腹も満たされた、そろそろ落ちついた頃合いだろう。


「なあ、なんで家出なんかしてんだ?」

「家出じゃない…」

 ぷいっと、窓の方を向いてしまったのが視界の端に見える。直球過ぎたな。開き直るわけじゃないが、家出少女を自白させるコミュニケーション能力が俺にあれば、こうはなってないよ。質問をかえようか。


「なんで軽トラなんかに乗って来たんだ?」

「ちょろそうなおじさんだったから。車種は関係ない」

 ひどいこと言われてるんだけど。まあ、軽口をきいてくるということは、少しは気を許してくれてんだろう、と前向きに捉える。

「あー…、ところで、なんて呼べばいい?」

 そういえば、お互いに自己紹介もしていなかったぞ。よくここまでついて来たなこいつ。

「姫でも殿下でも、好きに呼ばせてあげる」

 おう、こいつ王女様だったのかよ。こんなに幼いのに、もう病んでるのか。いや、逆に幼女はこんなものかな。自分を本気でお姫様だと思っている年頃かも。いいじゃないか。俺は王女と騎士の物語が大好きなんだ。異世界転生したいくらいに。

「では、お嬢様、私の事はセバスとお呼び下さい」

「いい名前じゃない。よろしくねセバス」

 これだと貴族令嬢と執事かな。なんか違ったな。まあ、いいか。幼女と貴族ごっこ。楽しくなってきた。


「私は第3期が、いちばん好き」

「確かに3期はいいな。4期もいいが」

「おじさんは1期以外認めないのかと思ってた」

 まさか、推しのバンドが幼女と同じとは思わなかった。5期ですら、生まれる前だろうに。助手席の幼女がスマホで4期のアルバムをサブスクで探している。この軽トラにナビは載ってないが、ブルートゥース接続のスピーカーはある。彼女は、スピーカーにスマホを翳すと、ペアリングして、4期1枚限りのアルバムを再生してくれた。ライブアルバムを入れても2枚しかない。再結成して欲しいけど、もうメンバーの内2人が、この世の人ではない。なんだか、ふいにしんみりし始めたところで、聞かれなくないことを問われてしまった。

「おじさんも、こういうのやるの?」

「やってた」

「もう、やめちゃったの?」

「なんで俺がバンドやってたの分かった?」

「荷台にギターとアンプが載ってるの見たから」

 こいつを載せた時に、荷台の確認をしたから、その時に見たのか。よく見てんな。

「なんで、やめちゃったの?」

 こいつには、これから先の長い時間しか見えてないんだろう。俺は、残された時間しかみえなくなってしまった。幼女の問いに、答えられる言葉を俺は持っていない。ところで、王女様設定は、どこに行った。完全に庶民じゃないか。幼女をさらってる大人になっちゃうじゃないか。王女と騎士で居させてくれよ。

 

「着いたぞ」

 そう言って、車を止めた。

「お風呂?」

 そうだ。お風呂だ。川崎を離れる前に、黒いお湯に浸かっておきたくなった。

「閉まってるけど?」

「ぐっ…」

 昔は、早朝からやってなかった?あれ、違ったっけ?かっこ悪いとこばっか見せてるな俺。


 16号線を横浜に向けて走る。この時間でも開いているし、今日が定休日でもないことは、さっきスマホで確認した。今度こそ、大丈夫。

 横浜に向かう道中は、ほぼ幼女がひとりでしゃべっていた。好きなラノベのことをずっと語っている。異世界で幼女ハーレム作るやつとか、友達が少ないやつとか。好きなラノベまで被っている。こいつ、俺の子じゃないの?


 幼女との会話が楽しい。話題が同世代と変わらないのが残念だろうか。もっとも、プリティでキュアな会話されても相手出来ないが。思えば、同世代とだって、こんなに会話が盛り上がったのって、いつぶりだろうか。そもそも、最後に他人と会話したのいつだよ。目の前のプリティでキュアな存在と違って、俺は随分とダークでデストロイな存在になってしまったんだな。


 2人で脱衣場に向かう。ここの料金は俺が払った。コンビニの時と違って、幼女は自分のは自分で払う、とは言わなかった。よし、王女様の信頼を得つつあるぞ。脱衣所の暖簾をくぐる。彼女は何も言わずに着いて来た。


「おばさんだったの…?」

 おばさん言うな。女湯の脱衣所に入った時点で分かっただろ。なんで、俺が服脱いでから気付くの。まあ、俺はこんな喋り方だし、髪は短いし、こわもてだし、ギターを弾くのに邪魔にならなくていいね、とか言われるし。ギターの上に載せると邪魔だし、ストラップも引っ掛からないし、確かにいいよ。ちくしょう。たまに「きれいですね」とか言う奴が居るけど、もれなく女だよ。


 互いに背中を流し合ってから、露天風呂に浸かる。朝早いのに、年末だから人が多いな。おかげで、幼女がくっついてくれて、うれしいけどな。裸の付き合いというやつだ。そのためにここに来た。


 お湯の上を、漂う湯煙をぼんやりと眺めながら、彼女は家出の理由を教えてくれた。

「ラノベを、勝手に捨てられたのよ。これだから、愚民は」

 王女様設定、というよりこれは友達が少ないラノベにも出てくる、病んでるキャラだな。俺も、幼女に罵倒されたい。病んでるのは俺だな。

「電子書籍にしておけばいいんじゃないの?」

「イラストはスマホの画面よりも、紙で見たいじゃない?」

 分かる。俺は、6畳ワンルームで本棚を置くスペースも無いから、電子書籍一択だけど。スマホの画面だと見開きのイラストが特に見づらいよね。特殊な書体を駆使する作家も居るしな。紙の本の方がいい、というのは分かる。

「スマホごと捨てられても困るし」

 そこまではしない、とは言い切れないな。今朝からずっと彼女のスマホは一度も鳴っていない。マナーモードでもないのは、画面の表示で確認できた。彼女の親は、家出した娘を探していないのか、それともまだ気付いてもいないのか。ラノベの勝手な処分は、とどめになっただけで、これまでにもいろいろな想いを溜め込んできたのだろうな。


「ラノベなら、俺の家に来て読めばいい」

「本棚無いんでしょ?」

「アンプを処分すれば置けるよ」

「それはダメよ。ギターをやめるのはダメ」

 今朝会ったばかりなのに、俺の人生に真剣な助言をくれる幼女。お持ち帰りしたい。未成年者略取誘拐罪って、懲役何年?

「ヘッドフォンアンプというものがあるんだ」

 うちは6畳しかないが、それでも防音はそこそこしっかりしている。楽器演奏も可能な物件だ。アンプを処分してしまうと、高い家賃を払っているのが無駄になるが。

「あなたも家出をやめるのね」


 こうして、王女と騎士の家出は終わった。


「なあ、ここでいいのか?家近いのか?」

「歩いて5分くらいだから、大丈夫」

 最初に彼女を乗せた場所で降ろす。

「じゃあね、セバス」

「お嬢様、お気をつけて行ってらっしゃいませ」

 最後の貴族ごっこを決めると、幼女は去って行った。俺はずっと見送っていたが、彼女は一度も振り返らなかった。


 年始早々、仕事で炎上案件に巻き込まれたが、それも消し炭となり果て、久々の休日。部屋でラノベを読んでいたところ、インターホンの呼び出し音が鳴った。今日は、宅配が届く予定はないはずだ。読んでたラノベが最終巻の山場だし、居留守を決め込む。

 しつこく鳴らすので、玄関に向かう。宗教の勧誘だったら、逆に、ラノベの布教をしてやるからな。あなたは、ともだちが、いますかー?

 

「セバス。ラノベの用意は出来ているかしら?」

「もちろんです。お帰りなさいませ、お嬢様」

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