僕とひまわりと

@gypsy-abe

プロローグ

2019年。雅紀は10年前に経験した失恋の傷をまだ引きずっていた。結婚を考えるほど真剣だった恋愛が終わった時、彼の心には深い傷が残り、その痛みは年月を重ねても消えなかった。日々の現実から逃れるため、何気なく始めたマッチングアプリ。その行動が彼の人生を大きく変えるとは、この時の雅紀には知る由もなかった。


出会い


5月のある日、アプリで「めいさん」という女性とマッチした。

最初のメッセージは、雅紀らしくない、不純な一言だった。


「最初はエッチな話、しませんか?」


しかし、めい(後に本名が綾だと分かる)の返事は意外なほど冷静で、優しかった。

「こんばんは、めいです。」


その一言に、雅紀は驚きながらも引き込まれていった。不純な動機で始めた会話だったが、次第に純粋なやり取りへと変化していく。


「既婚だけど大丈夫?」

「気にしないよ!」


軽い返事をした雅紀だったが、その言葉に潜む自分の心の矛盾を感じ始めていた。けれども、めいとの何気ないやり取りは、少しずつ彼の心を満たしていった。

メッセージの日々


2、3通から始まったメッセージは、1ヶ月が過ぎる頃には2人にとってかけがえのない日課となっていた。

「めいさんはどうしてアプリ始めたの?」

「同僚に勧められて、かな」

「めいさんはどこに住んでるの?」

「練馬だよ。雅紀さんは?」

「家は茅ヶ崎だけど、会社に泊まることが多いから北参道が拠点かな」


会話を重ねるほど、お互いのことをもっと知りたくなる。そして気づけば、心の支えとなる存在になっていた。


2ヶ月が過ぎる頃、めいはついにこう切り出した。

「写真交換しない?」

「カッコよくないけど、送るよ」


送られてきた写真を見た綾は思わず微笑んだ。

「優しそうで素敵な人だね」


そして雅紀も写真を見て驚いた。彼の想像以上に美しい女性だった。


「こんな素敵な人、僕にはもったいないな」


だが、その後の綾の告白に一瞬心が揺れた。

「実は名前も年齢も嘘をついてた。本当は綾っていう名前で42歳なの」


「僕も名前を嘘ついてた。雅紀っていうんだよ。嘘ついてたこと、一緒だね(笑)」


そう言って笑う雅紀に、綾は安堵の表情を見せた。そして、やり取りはLINEへと移り変わり、2人はさらに深く繋がっていった。




初めての出会い


7月某日。綾が「保育園の体育祭があって、17時には待ち合わせできる」と伝えた。雅紀はその時間に合わせて車を走らせ、大泉に向かった。だが、綾から急にメッセージが届く。

「申し訳ないけど、待ち合わせ場所を石神井公園に変えてもいい?」


場所が変更になり、雅紀は少し不安になった。会いたくなくなったのではないかと諦めかけた気持ちを抱えながらも、石神井公園へ向かう。


「docomoショップの前で待ってるよ」

「タイプじゃなかったら、そのまま通り過ぎてね(笑)」


綾からの返事は明るかった。

「そんなことしないよ(笑)もうすぐ着くね!」


間もなく、雅紀の車に近づく女性がいた。彼女は笑顔を浮かべ、まるでひまわりのような輝きをまとっていた。その美しさに雅紀は言葉を失った。


「初めまして、雅紀です(笑)。とりあえず、車に乗って話そうか?」


そう言いながら、雅紀は綾を車に招き入れ、経営するスタジオへと向かった。


2人だけの時間


スタジオに着くと、2人は今までLINEで話せなかったことを語り合った。雅紀が、会う直前に少し不安だったことを打ち明けると、綾は申し訳なさそうにこう答えた。

「同僚に捕まって打ち上げに誘われたの。でも、どうしても雅紀さんに会いたくて抜け出してきたの」


時間が経つにつれ、2人の間に流れる空気はより自然で、穏やかになっていく。

「こんな素敵な女性なのに、旦那さんとうまくいってないの?」


雅紀が恐る恐る聞いたその質問に、綾は悲しげな表情を浮かべて答えた。

「意見がすれ違ったりして、ずっと夜もないの」


「僕と一緒にいる時くらい、心を癒してほしいな」


雅紀のその一言に、綾の瞳が潤んだ。2人は見つめ合い、静かに抱きしめ合った。


新しい愛の始まり


「私でいいの?」

「綾さんじゃないとダメなんだ」


その後、2人は心を重ね、時間を忘れるほど甘いひとときを過ごした。


「こんなに優しいキス、初めてだよ」

「普通のキスだよ(照)」


綾の言葉に、雅紀は心の中でこう思った。「この人の傷を癒せる存在になりたい」と。





エピローグ


別れ際、綾は車を降り、何度も振り返りながら手を振った。その姿を見送りながら、雅紀は心の中で確信していた。


「この人となら、また新しい未来を描けるかもしれない」


こうして偶然の出会いから始まった2人の物語は、新たな恋の形を紡ぎ出していくのだった。





ひまわりと彼女


8月の焦がれる想い


8月に入り、雅紀と綾は忙しい日常の中で無理のないペースでLINEを続けていた。仕事に追われる雅紀と家族を抱える綾。2人にとって、短いメッセージのやり取りが唯一の癒しであり、次に会える日を心待ちにしていた。


「来週の月曜休みなんだけど、綾さんはどう?」

雅紀の期待に満ちたメッセージに、綾は少し申し訳なさそうに返した。

「休みだけど、子供をプールに連れて行かなきゃなの…夜なら時間作れるかも。」


週に1回、19時から23時までの限られた時間。綾が会える時間は夜だけだった。家族との生活がある彼女にとって、それ以上の時間を作ることは難しかったが、その短い時間でさえ、雅紀にとっては宝物だった。


そんな中、雅紀は提案をする。

「8月10日の神宮の花火大会、一緒に行けたらなって思ってるんだけど…」

「行きたいけど、難しそう。本当にごめんね。」


花火大会当日、雅紀は一人で神宮の花火を眺め、その美しい光景を写真に収めた。綾に送ったその写真に、彼女から思いがけないメッセージが届く。

「誰か他の女性と見てるんじゃないよね?」


嫉妬めいたその言葉に、雅紀は心の中で小さな喜びを感じた。





9月の始まりと特別な誕生日


9月が訪れた。綾の言葉に希望が込められていた。

「9月になれば、子供たちも学校が始まるから月曜はデートできるよ。」


雅紀の胸に灯がともる。そして迎えた9月9日。綾の誕生日だった。偶然にもその日は月曜日で、2人とも休みだった。


「誕生日覚えててくれたの?嬉しい!」

綾のその言葉に、雅紀はほっとした表情を浮かべる。


綾が以前から気になっていると言っていた「リリィシュシュの財布」を探しに、2人は渋谷と銀座を回ることに。銀座で見つけた目的の財布を買い、プレゼントすると、綾は申し訳なさそうにこう言った。

「お金は払わせて。」


雅紀は綾が今使っているヴィトンの財布を見て気づく。母親からもらったその高価な財布に比べ、今回のプレゼントはずっと安価なものだった。雅紀に気を遣い、負担を減らそうとしたのだろう。


その日、2人は手をつないで街を歩き、銀座のレストランでランチを楽しんだ。夜、綾からメッセージが届く。

「今日は本当にありがとう!デートだけでも楽しかったのに、財布まで買ってくれて…。大切に使うね!」

「僕も楽しかったよ。本当に幸せな1日だった。」





疑惑と試練


しばらくして、雅紀はマッチングアプリを開き、綾がまだアプリを利用していることを知る。疑念が胸をよぎり、雅紀は問い詰めた。

「まだアプリ使ってるの?」


綾は慌てて弁解する。

「保育園の同僚に頼まれたの。同僚の彼氏がまだアプリを使っているか試してほしいって…。」


綾の説明を聞きながらも、雅紀の心には拭えない不安が残った。過去に綾がアプリで出会った男性と関係を持ったことがあると話していたこともあり、彼の心の傷が再び疼いたのだ。


「今は雅紀くんだけだから。」

綾のその言葉に救われた一方で、自分の不安定な恋愛運を嘆く雅紀だった。





愛の深まり


9月下旬。2人の時間は増え、毎週月曜や日曜の夜に会うようになった。そんなある日、明治神宮へデートに出かけた2人。


「雅紀くん、何お願いしたの?」

綾の問いに、雅紀は照れながら答える。

「綾さんと幸せになりますように、結婚できますようにって。」


綾は驚いた表情を浮かべた後、恥ずかしそうに微笑む。

「私も同じことお願いしたよ。」


お互いの気持ちを確かめ合いながら、愛はますます深まっていった。





自然の中での絆


10月の晴れた日、等々力渓谷を訪れた2人。雅紀が選んだお気に入りのパン屋でパンを買い、公園で食事を楽しんだ。秋の爽やかな空気の中、穏やかに流れる時間を共有することで、2人の絆はさらに強くなった。


綾はふとした拍子に、旦那との関係を話し始める。

「2番目の子が生まれてから、ほとんど寝室も別。子供たちは旦那を好きだけど、私は…。」


その悲しげな表情に、雅紀は何も言えなかった。ただそっと綾を抱きしめることで、彼女の心に寄り添おうとした。





狭山湖でのひととき


次のデートで2人は狭山湖を訪れた。湖のほとりを手をつないで歩きながら、雅紀は綾の笑顔に見とれた。都会の喧騒を離れたこの場所では、2人はただ普通の恋人同士として振る舞えた。


「綾さんが本当に好きだよ。」

「私も雅紀くんがいないとダメなの…。」


心から愛を伝え合う2人の時間は、まるで夢のようだった。





それでも現実は、綾が既婚者であるという事実を突きつけてくる。デートの帰り、綾を家の近くで降ろすと、子供や家族の姿が目に入る。雅紀の胸に、切なさと愛しさが交錯する。


夜、綾からLINEが届く。

「今日はありがとう。大好きだよ。」


雅紀は思う。彼女が既婚者であっても、家族がいても、この気持ちは本物だと。そして、この関係がどれだけ続けられるか分からなくても、今はただ綾を愛したいと。


2人の物語は、まだ続いていく。





手袋の贈り物


12月、冬の寒さが増していた頃。雅紀は些細なことで塞ぎ込む日々を過ごしていた。ある朝、冷たい空気に触れた手がキンキンに冷え、彼はLINEで綾に何気ないメッセージを送った。

「朝晩寒いね。自転車乗ると手が凍りそうだよ。」

「手袋しないとダメだよ!」


彼女の気遣いが詰まったその言葉に、雅紀の胸が少し温かくなった。しかし、雅紀は忙しさと自らの不安に押しつぶされ、彼女のメッセージに返事をすることもなく数日が過ぎた。


そんなある日、突然、スタジオの外で彼女が待っていると連絡が入る。急いで外に出た雅紀の目の前には、冷たい冬空の下で、手にノースフェイスの手袋を持つ綾が立っていた。

「連絡を返してくれないから、もう終わりだよね。でもこれだけ渡そうと思って…」


涙ぐむ綾に、雅紀は心が締め付けられる思いだった。

「終わりじゃないよ。好きな気持ちは変わらない。」


その後、車で彼女を送りながら、塞ぎ込んだことへの謝罪と感謝の気持ちを伝えた。その日2人は仲直りし、再び心の距離を縮めた。



イルミネーションと愛の深まり


クリスマスが近づく12月中旬、綾が言った。

「イルミネーション、見たいな。」


珍しく人混みを気にしない綾の願いを叶えたい雅紀は、表参道や代々木公園のイルミネーションを見に行く計画を立てた。


その日、2人は表参道でナンバーシュガーに立ち寄り、ホルモン鍋を楽しみ、冬の夜の街を歩いた。キラキラと輝くイルミネーションを見上げる綾の笑顔に、雅紀は幸せを感じる。


「綺麗だね。」

「本当に綺麗だね。」


代々木公園の青い洞窟を見た後、雅紀はふと提案した。

「寒いから、スタジオでコーヒーでも飲んで暖まろうか?」


スタジオに着くと、綾は少し間を空けて座った後、そっと雅紀に寄り添った。そして突然、こう呟いた。

「雅紀くん、私のこと、好き?」

「もちろんだよ、大好きだよ。」


綾の目には涙が浮かんでいた。

「雅紀くんは独身だし、私なんかよりもっといい人を見つけた方がいいよ…」

「綾さんがいいんだよ。綾さんじゃなきゃダメなんだ。」


沈黙の後、綾は静かに話し始めた。

「こんなに大事にしてもらったの、初めて。でも私は既婚者で、子供もいて、離婚だってすぐにはできないから…」


雅紀は綾の話をじっと聞き、彼女の手を握りしめた。

「時間がかかっても、僕が守るよ。」


その言葉に綾はこらえきれず涙を流し、雅紀の胸に顔を埋めた。





愛と葛藤


2020年、コロナウイルスの影響で2人は外でのデートが難しくなり、スタジオで過ごす時間が増えた。バレンタインには、綾が手作りのチョコとパウンドケーキを雅紀に贈り、ホワイトデーには雅紀がタオルハンカチをプレゼントした。


しかし、綾が家族の事情で忙しくなるにつれ、会える時間が限られるようになった。雅紀は焦りを感じながらも、綾と子供たちを支えたいという気持ちが強くなるばかりだった。


そんな中、些細な言葉の行き違いから喧嘩をすることも増えた。雅紀の不安や焦りが、綾を傷つけることもあった。ある日、綾は涙ながらにこう言った。

「私、もう疲れちゃった…。」


それでも2人は離れることができず、何度も話し合い、関係を修復しようとした。





突然の別れ


8月末。いつものようにスタジオで時間を過ごしていた2人。綾は突然こう切り出した。

「私たち、別れよう…。」


雅紀は驚き、声を詰まらせた。

「なんで?何があったの?」


綾は涙を浮かべながら答えた。

「このままじゃ、雅紀くんを幸せにできない。私は雅紀くんにとって、重荷になるだけだから…。」


雅紀は必死に説得しようとしたが、綾の決意は固かった。





失意の中で


9月9日、綾の誕生日。雅紀は別れた後も彼女への想いを断ち切ることができず、以前から欲しがっていたメッセンジャーバッグをプレゼントすることにした。


「別れちゃったけど、これだけは渡したかった。」


綾は涙を流しながら、それを受け取った。

「ありがとう…。」


しかし、その後のやり取りで綾の気持ちが完全に戻らないことを知り、雅紀は深い絶望に落ちていった。





最後の繋がり


雅紀は「セフレでもいいから繋がっていたい」と願い、綾に連絡を取り続けた。しかし、綾ははっきりと断った。

「そんな関係は雅紀くんに似合わないよ。これ以上は、雅紀くんを傷つけたくないの。」


それでも雅紀は諦めきれず、感情の波に飲み込まれながらも、綾への想いを抱え続けた。




2020年秋、2人は完全に連絡を絶った。雅紀は綾との1年間の思い出を胸に、前に進むはずだった…


彼女との日々は、幸せと苦しさが交錯する特別な時間だった。雅紀にとって綾との出会いと別れは、愛の本質を問い直す機会となり、彼の心に永遠に刻まれこれ以上に愛せる人はいなかったであろう…





2021年12月

探偵事務所「M/M」と契約し、98万円を支払い復縁工作を依頼した雅紀は、期待と不安が入り混じった日々を過ごしていた。自分の力ではどうしようもない現実を変えるために、他人の力に頼る決断をしたのだ。しかし、その決断はすぐに試練を迎えることとなった。


初日の調査失敗

「駅前のトモズに自転車を止めた綾さんを見失った」という探偵の報告に、雅紀は心を掻き乱された。久しぶりに目にする彼女の姿を期待していた分、その失望は深かった。怒りに任せて探偵松田に詰め寄ったものの、「次回以降改善する」という答えしか得られなかった。


「こんな失敗が続くなら、僕の時間もお金も無駄になってしまう……。」

そう考えながらも、他に方法がない雅紀は探偵に期待するしかなかった。


稼働の空振りとミス

その後の調査は、空振りの日々が続いた。綾さんの生活リズムが予測と異なり、外出の機会を掴めないことが増えた。さらに、4月には大きな接触ミスが発生した。綾さんの自転車を確認したにも関わらず、工作員が別の人物に接触し、誤ってその人物と連絡先を交換してしまったのだ。


雅紀は電話越しに激しく問い詰めた。

「どうしてこんな初歩的なミスが起きるんですか?これじゃ、依頼した意味がないでしょう!」


松田は謝罪を繰り返しながらも、「コロナ禍という特殊な状況」「これから挽回する」と説明を続けた。だが、雅紀の心には届かなかった。


稼働日数の消化と成果の欠如

その後も調査は進んだが、工作員が綾さんに直接接触するチャンスを掴むことはできなかった。自転車を確認しても、彼女が外出せず動きが取れない日々が続き、また別の日には彼女が急いでいる様子で接触が叶わなかった。


最後の稼働日、工作員は銀行で綾さんの自転車を使用する男性を発見したが、その男性がまっすぐ帰宅しただけで調査は終了した。98万円という大金をかけて依頼した復縁工作は、何の成果も得られないまま終わってしまった。


「僕の貯金も時間も、そして希望も消えた……。」

雅紀は頭を抱え込み、泣き崩れた。探偵事務所の松田からは、「コロナ禍での予測困難な状況」「イレギュラーな事態が多発した」という言葉が繰り返されるばかりだった。





苦悩の日々と決断


2022年

復縁工作の失敗によって、雅紀の心はさらに荒んだ。綾さんへの未練が断ち切れない一方で、探偵事務所への信頼は完全に失われていた。仕事にも身が入らず、体調不良で休む日が増えた。


そんな中、雅紀は自分を見つめ直すために復縁カウンセリングに通い始めた。そこでカウンセラーにこう言われた。


「あなたが彼女を思い続ける気持ちは尊いです。でも、まずは自分自身の幸せを築くことが、彼女に再び会うための条件です。」


この言葉に、雅紀はようやく気づいた。自分が綾さんに固執しすぎていたこと、そしてその執着が彼自身を不幸にしていることに。


転職と再出発

雅紀は、環境を変えることで自分を立て直そうと考えた。建築会社に転職し、ドローンを使った新しい技術に取り組み始めた。多忙な日々の中で、次第に綾さんへの執着も和らいでいった。





再び訪れる復縁のチャンス


転職後の雅紀は、少しずつ前向きな自分を取り戻していった。そんな中で出会った復縁カウンセリングのアドバイスを受け、自分磨きに取り組み続けた。




ひまわりの彼女 ― 復縁工作の代償


2023年、冬。

雅紀の人生は、もがき続ける泥沼の中にあった。

復縁工作のために多額のお金を費やし、依頼をしたが、結果は変わらずだった。接触の失敗、空振りの調査、そして何よりも、綾さんの冷たい拒絶。それでも雅紀は諦められなかった。


「これが最後のチャンスだ。」

雅紀は心にそう言い聞かせ、再び探偵事務所に足を運んだ。今回の探偵は、これまでの失敗を挽回するための確固たるプランを持っているように見えた。





新たな工作の開始


契約金額は140万円。雅紀にとって、決して安い金額ではなかったが、「これが成功すればすべてが報われる」と信じ、契約を結んだ。


探偵岡部は、これまでの復縁工作の失敗を分析し、雅紀にこう伝えた。


「復縁は、相手の信頼を取り戻すプロセスです。ただし、そのためには、ご自身の弱点を克服し、相手が安心して心を開ける状態を作り上げなければなりません。」


岡部は、雅紀に性格診断を受けさせ、その結果をもとに「自己改善プログラム」を提案した。

結果は衝撃的だった。


「融通が効かない」「自己中心的」「執着心が強い」「短気」「依存体質」


診断結果には、雅紀がこれまで自覚していなかった性格の弱点が赤裸々に書かれていた。





自己改善の日々


岡部の指導のもと、雅紀は自己改善に取り組む日々を送った。筋トレや読書、自己反省ノートをつけ、少しでも前向きな自分を作り上げる努力を続けた。探偵のアドバイスは厳しくも的確で、雅紀の心に響いた。


「反省しているふりではなく、本当に変わらなければ、同じことを繰り返すだけです。」


一方で、調査も並行して進められた。綾さんの新しい勤務先を特定し、毎日の素行を徹底的に追跡する工作員たち。彼らの報告によれば、綾さんは保育園から転職し、新しい職場で新生活を送っているようだった。


「毎日忙しく働いている様子ですね。休む間もなく家事に追われているのでしょう。」

報告書には、綾さんの疲れた表情や慌ただしい様子が記されていた。





初接触の成功とその余波


調査を続ける中で、ついに綾さんとの直接接触の機会が訪れた。

探偵の指導のもと、雅紀は偶然を装い、退勤後の綾さんに話しかけた。


「綾さん、久しぶり。」

雅紀の声に、綾さんは一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに穏やかな笑顔を浮かべた。


短い会話ではあったが、綾さんは昔と変わらない優しさを見せ、LINEでの連絡を許可してくれた。雅紀は希望を胸に抱き、その夜にLINEを送った。


「今日は本当に久しぶりに会えて嬉しかった。ありがとう。」


綾さんからも短い返信が返ってきた。


「びっくりしたけど、元気そうで安心したよ。体に気をつけてね。」





再び訪れる拒絶


しかし、LINEのやり取りが続く中で、綾さんの態度は次第に冷たくなっていった。

「もう連絡しないで」と一言だけ送られてきた最後のメッセージ。


その瞬間、雅紀の心は再び砕け散った。自己改善の努力も、探偵への依頼も、すべてが無駄だったのか。雅紀は深い絶望に包まれた。





絶望と最期の選択


契約が満了し、探偵事務所のサポートも終了した。雅紀は完全に孤独だった。

毎日が同じように過ぎ、何をしても虚しさしか感じられなかった。


「もう楽になりたい。」


雅紀は最後の決断を下した。ホームセンターで七輪と煉炭を買い、実家の母親への手紙を書いた。

「今までありがとう」と短く記したその手紙には、これまでの感謝と、すべてを諦めた思いが込められていた。


狭山湖の駐車場に車を停め、暖を取りながら雅紀は静かに目を閉じた。頭の中には、綾さんとの思い出が次々と浮かび上がってきた。


「本当に好きだった。綾さんの幸せを願うことだけが、僕の最後の望みだ……。」





歯車の狂い


人は、少しの歯車の狂いから人生を失うことがある。

雅紀のように、愛を求めすぎた結果、それを失う恐怖に囚われてしまうこともある。


「皆さんは本当に好きな人を大切にしていますか?」

「その人にしっかりと愛情を注いでいますか?」


雅紀の物語は、愛に苦しむすべての人に問いかけている。愛とは相手を支えること、そして自分自身を見つめ直すことでもあるのだと。



(完)

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