第17話 ゲームも
次にやってきたのはゲームセンター。
またもやなっがい階段を、正華の体を支えながら降りた俺は、流石に体力にこたえる。
若干重たくなった体を椅子に乗せた俺は、ハンドルを握った。
「ちょっ!結衣なんか早くね!?」
「花王くんが遅いんだって〜!」
かすかに聞こえる主人公とヒロインの声。
その声はどうしようもなく楽しそうで、暗い雰囲気に包まれた俺達を照らす。
『ステージを選んでね』
スピーカーから聞こえてくる機械音に指示されるがまま、俺と正華は無言でステージを選ぶ。
結局サッカーコートを後にしてから、俺達の間に会話はない。
別に気まずくもなければ、話したくないと思ったわけでもない。
なんなら話したいことは山ほどある。
じゃあなぜ、今の今まで話していなかったのか。
「た〜のし〜!」
……なぜか正華がお茶目キャラに戻ったから。
まだ始まってみない画面の前で、アクセルやらハンドルやらを切って騒ぐ正華。
これは今に限った話じゃない。
階段を降りるときですら、俺の腕にわざと胸を当てて来たり、抱きついてきたり。
俺とて会話を繰り広げようとしなかったわけじゃない。
コートから出た時だって、俺は口を開こうとした。
なのに、こいつはネットから出るや否や騒ぎ立てる始末。
それが心から楽しんでいるものなのならなにも文句は言わない。
けど、さっきの会話があってのこれだ。
楽しんでいるとはひとつも思えないし、どこをどう取ろうが、演技にしか見えなかった。
「……正華さん?」
「あ!始まるよ!」
「正華さーん」
「スタートダッシュとかあるのかな」
「正華さんってば――」
「なに。私いま楽しんでるんだけど」
「いやお話が――」
「私いま、楽しんでるんですけど?」
「…………はい」
なぞの圧に気圧され、完全に口を閉ざされた俺はアクセルを踏む。
そうして画面に映し出されるのは、エンストで爆発した俺のキャラ。
隣の画面ではものすっごいスタートダッシュを切っており、当の本人も言葉通り、この上なく楽しそう。
どうやら俺の立てた『楽しんでいない』という予想は外れたらしい。
そりゃ俺の予想が100発100中していたら飛んだスゴ技というものなのだが、俺にもそれなりに正華を見てきた自信がある。
まぁあるだけで、実際に外れてしまったのだからうんともすんとも言うことができず、トボトボと最下位を走る。
「そんなに説明してほしいの?」
ふと問いかけてきたのは、1位を独走中のキノコ頭。
『可愛い』の一言で選んでいたキノコ頭だが、喋る時点で毒キノコだろう。
そんな毒キノコに向かって青甲羅を投げた俺は、縦に頭を振る。
「説明してほしい。まず、なんで俺を盾にする」
「過ごしていて1番気兼ねなく話せるのが夏階くんだってことを最近知ったから」
ラッパのアイテムで青甲羅が打ち消される。
「はぁ……?それとこれとになんの関係が?」
雷を打ってみる。
「幼馴染よりも最高の人がいるんだよって知らしめたい」
周回遅れのコンピューターが落としたスターが取られる。
「つまりは俺を見せつけたいと?」
「だね。自慢したいってのが本音」
すっかり消えた笑顔は、もうすでに残り1周。
俺がどんなに速く走ろうが、ドリフトを駆使して進む正華に追いつけることもなく、只今の順位は5位。
どうやらこいつには、運動の才能だけでは飽き足らず、ゲームの才能も持ち合わせているらしい。
前世でどんな徳を積んだらそんな才能に溢れるのかも分からん。
まぁその分悪いことをした結果、こうして家庭に恵まれなかったんだろうけど。
「別に自慢するほどのことなにもしてないんだけどな?俺」
「なに?謙遜?」
「じゃねーよ。俺はただ、2人の真似してるだけだぞ?」
「それとこれとはなんの関係もない。確かにその結託を結んだから夏階くんのことを再認識できたけど、結ばなくても分かった」
「俺が最高な人だって?」
「うん。ここ最近気づいたけど、私達結構相性いいし」
つい数日前までは『相性良くない』『こんなやつと一緒にするな』なんて言葉をつらつらと並べていたやつとは思えない発言。
でも正直、正華が言わんとしていることは、薄々自分でも認識していた。
こうしてなにも考えずに話せているのもそうだし、相手になにをされても大丈夫だと思っていることもそう。
つまるところ、俺達はお互いに気を許し合っている。
どのタイミングで心を許し始めたのかは厳密には分からん。
けど、決定打となったのは正華と体を重ねてからだろう。
確実にあのタイミングで俺達の関係が変わり、お互いの見方が変わった。
現に、数日前ならこの心の許しが癪だとかなんだとか言っていたはずなのに、今ではもうなにも思わない。
それどころか、どこか心地よさすら感じてしまう。
「今思えば会話も結構続いてるしな」
「んね。あの夏階くんと仲良くなるとは思わなかったよ」
「だな。少し前までは忌まわしきやつだと思ってたのにな」
「嫌い嫌い言ってたのにね」
「なんなら昨日も言ったけどな」
「あれは夏階くんが私の言葉をパクったからじゃん」
「お?なんだ?喧嘩か?買うぞ?」
やっと視界に入ってきたキノコ頭に赤カメを投入。
俺の車体とは違って、綺麗に曲がり角を曲がるその赤カメは、見事正華に的中。
「あ、ふーん?そんなことしちゃうんだ」
やっと差が縮まったキノコ頭がアイテムボックスを握る。
そうして出てきたのは青カメ。
「そんなのでなにができるって言うんだよ。不服だが、俺はまだ後ろだぜ?」
「最初のルール説明に書いてあったけど、このゲームにはなんと、後ろ投げがあります」
「……まじ?」
そんな説明と同時に投げられた青カメ。
体が反応したところで、自分よりも遥かに大きい車が一瞬で避けられるわけもなく、呆気なく被弾。
漁夫の利といわんばかりに、四方八方から俺のことを抜いていく他のキャラクターたち。
俺とて最後の最後まで足掻いたのだが、ゴール直前ということもあって、誰も抜くことができずに順位は12位で最下位。
「……なんで当てれるんだよ」
このゲーム機にはバックミラーなど当たり前のようにないし、後ろを見るボタンも存在しない。
アイテムを後ろに投げることなど無謀だと言うのに、こいつは当ててきやがった。
なんでEスポーツに行ってないんだよ。
「やっぱり私って天才なのかな?」
「天才天才。あなたみたいな天才には追いつけませんよー」
「うわっ、大の男が不貞腐れてる。だっさーい」
「微塵も不貞腐れていない。ただ正華を煽ててやっただけだ」
「強がり?」
「強がり。普通に不貞腐れてる」
「おめでとう。新たな感情を手に入れたね」
テッテレーとゲームの効果音が背後から聞こえてくるような言い方をする正華は、ハンドルを握りながらはにかんでくる。
自分のことかのように喜んでくれるのはありがたいんだが、
「嘘のはにかみで褒めるんじゃないよ」
「別に嘘じゃないよ?」
「別にって言ってる時点で嘘だろ」
「違う違う。私はただ、自分のことかのように喜んでるだけ」
「……自分のことかのように?」
目を細めながら言葉を反芻してやれば、結果発表の画面を見ながら小さく頷く正華。
「よくあるじゃん。主人公の成功をヒロインが自分のことかのように喜ぶシーン。あれと一緒」
「つまりは真似?」
「いや?ちゃんと嬉しいよ。私も夏階くんの役に立ててるんだなぁって」
「……つまりは自己満か」
「捻くれすぎでしょ」
「捻くれ者育ちなんでな」
結果発表も終わり、画面が暗くなったのを視界に入れて腰を上げる。
先ほどまであったはずの、不貞腐れの感情なんてどこかに投げ捨て、大きく伸びをした。
「不貞腐れた感覚はどんな感じですか?」
「ちょうど今捨てたんだけど」
「なんで捨てるの。ちゃんと大事に持ってなさいよ」
「俺が一生不貞腐れてる姿見たいか?」
「……見たくない」
「だろ?自分で言うのもなんだが、キモい」
「うん」
「おいごら即答すんな」
続くように腰を上げた正華の頭にチョップを喰らわせる。
さすればあのヒロインのように、大袈裟に頭を抑え、尖らせた唇でこちらを見上げる。
「……それは演技だろ」
「うんこれは演技。結構いいでしょ」
「演技嫌いっていうこと知ってるだろ」
「知ってる。けど、偽りの自分がいつしか本物になるって言うじゃん?だから演技を続けてたらいつかは喜怒哀楽の激しい私になるんじゃないかな?って」
「…………」
頭から手を離して、真顔でこちらを見上げてくる正華。
その真顔の中には演技もなければ、嘘を言っている姿も見られない。
でも、正華が言うことを整理してみれば、この顔に嘘が塗り立てられるということ。
自分を隠そうとしたいがために、嘘を塗りたくって、嘘を本当にするとこいつは言っている。
「そんなことを、俺が許すと思うか?」
押し黙っていた口を開く。
見上げる正華の頬を、親指で擦りながら。
「夏階くんも真顔の私よりも笑顔の私のほうが良いでしょ?」
「んなこと1つも言ってない」
強引に吊り上げようとする頬を、親指と人差し指で封じ込める。
「なんでそんなに嘘が嫌なの」
「素の人間が好きだから」
「素でいることも辛いんだよ?渡しの場合は素でいるときよりも演じたほうが長いし、塗りたくったほうが近道」
「絶対にダメだな。正華は自然に笑うほうが可愛いし、素でいるときの方が素敵だ」
「それは夏階くん1人の感想じゃん」
真似をするように、正華の手が俺の頬を掴む。
そしてパンを捏ねるように手を動かし、ムギュッと唇を尖らせた。
「……なんだよ」
「ん?なんて言うのかな?って」
「んなら話せ。喋りづらい」
「喋れてるじゃん」
「がんばってんだよ」
「ふーん?」と鼻を鳴らした正華は、『潰し』から『添える』になるように力を弱めてくれる。
「それで?それは夏階くん1人の感想だよね?」
先ほどの展開をやり直すように口を開いてくる。
そんな言葉に、特にツッコミを入れることもない俺は縦に首を振った。
「確かに俺1人の考えだ。けれど、それでいい」
「……え?」
予想だにしてなかったのだろう。
正華の腑抜けた言葉が騒がしいゲームセンターに響き、頬からは手が離れた。
「正華を可愛いと思うのは俺だけでいいし、素敵だと思うのも俺だけでいい。だから嘘を重ねるな」
「…………」
言葉を発すると同時に、手から力を抜いてみれば、正華の視線が地面へと落ちた。
どこかのヒロインのように、耳を赤くさせることもなければ、照れたような顔を見せるわけでもない。
今、正華の顔にあるのは『困惑』だろう。
そりゃそうだ。
突然友達でもない男に、告白まがいなことをされたら、そりゃ狼狽えるというもの。
それを知っていてもなお、俺が伝えたのはそれほどまでに、正華には嘘を重ねてほしくなかったから。
「けどまぁ、絶対縛るつもりはないから、嫌なら嫌って言ってくれ」
俺がこいつを縛ったら、母さんたちの二の舞い。
こんな提案を出しといての後出しだということは、重々承知している。
この言葉は二の舞いにならないための逃げ道だし、正華と俺の関係だからこそ提示できる言葉。
言い合いたいことはなんでも言えるからこそ、正華に選択権を委ねる。
「…………私のトラウマを呼び起こすつもり?」
ポツリと呟く。
少しでも気を抜けばゲーム音に掻き消されてしまうような声で。
「いや?俺はただ、正華に選択権を委ねてるだけ」
「……私にとっては1つしか選択肢がないの」
「俺相手でもそのトラウマは発動するのか?」
「さっき頭撫でられたので結構緩和された……けど、ちょっと怖い」
「じゃあ大丈夫だ。好きなように言いな、脱トラウマだ」
「……そんな簡単に言わないでもらっても?」
ギロッと細められた目がこちらを見上げる。
見る人によってはきっとこの目は怖い部類に入るのだろう。
「分かってる。それが簡単じゃないことも、苦しいっていうことも。もちろんトラウマから逃げても良いと思う。けど、あの母親と対峙して確実にじゃまになるのがそのトラウマ」
母親に選択権が出された時、過去のトラウマで正華は確実に頷いてしまう。
そんなのは見なくても分かるし、この姿を見れば嫌でも分かる。
俺相手でこれだけビビっているのだから、母親ともなればこの倍。
「……私、別に母親と縁を切るなんて言ってないけど……」
「あれ?俺と相性いいからてっきりそうだと思ったんだが」
どうやら正華は違ったらしい。
ジト目で見てくる正華に、肩を竦めた俺は、ぎこちない笑みを浮かべる。
「じゃあいいや。あの選択肢は『嫌だ』ってことで大丈夫か?」
刹那、正華の瞳が鋭くなった。
思うはずもないのに、親の仇だと言わんばかりに睨みを飛ばしてくる。
「……私、前言ったよね?演技は嫌いだって」
「言ったけど、正華がするのなら俺もするぞ?」
「……なんで」
「何でもかんでも、正華も真顔の俺よりも、笑顔の俺のほうがいいだろ?」
「…………」
ついさっき言われた言葉を、そのまんまで返す。
正華が俺の嫌なことをするのなら、俺も正華の嫌なことをする。
やられたらやり返すのなんて、この世では当然のこと。
小学の頃に、先生からやり返すなと言われたこともあるが、仕方ないじゃないか。
正華がやるというのだから。
「…………やだ」
小さな声が、踵を返した俺の耳に届く。
振り返れば、裾をキュッと握り、まるで子どものように尖らせた唇を地面に落とす正華がいる。
「ん?」
もちろん聞こえていたのだが、聞こえないふりをして聞き返す。
「やだ……!夏階くんの笑顔は見たくない!」
勢いよく顔を上げ、そう告げた。
目元に涙なんてないし、悲しげな表情もない。
けど、その中に存在する苦しいと言わんばかりの顔。
きっと、小さい頃に父親に見せたであろう、『離れないで』と呟きそうな、寂しそうな顔。
言葉こそ、聞く人によれば皮肉そのものの言葉なのだが、俺からすればその顔と、その言葉で充分過ぎた。
「演技はしないか?」
「しない……!」
「嘘で塗りつぶさないか?」
「塗りつぶさない……!」
「俺とずっと結託するか?」
「する……!」
結託を結んだその日、俺達は『別に結託相手を探せ』と言い合った。
だが、これほどまでに心を許し合える人がこの世に存在するだろうか。
正華以上の相性の女子を見つけられるだろうか。
そう考えた時、答えは否だった。
どう足掻こうが正華のような女性は見つからないし、ここまで本音で話し合える人と出会うこともない。
つまり、俺達は必ず『恋をする』ということ。
どこかしらで、俺は正華を好きになり、正華は俺を好きになる。
この結託を結んでいる限り、その事実は変わらない。
そして、正華もその事をわかっているはずだ。
「一生離すつもりはないぞ?」
「私も離さない……。だから離れないで……!」
まるでいつもと姿形が違う正華。
これだけを見れば、子どもにタイムスリップした様。
どこかのラブコメの言葉を借りれば、これは立派な『共依存』だ。
お互いがお互いを求め合い、いつしかその人がいなければ過ごせなくなる。
正華はその分かりやすいお手本だ。
正華は多分、この将来俺がいなければまともに過ごせない。
それは逆も然りで、俺も正華がいなければ、どこかで死ぬ。
それほどまでに、俺は正華に執着している。
傍に正華がいないと生きられない体になっている。
先ほど、正華を突き放した瞬間に分かった。
あの瞬間、俺はどうしようもなく辛くて、本当に演技をするのかと怯えてしまった。
自分は違うと思っていても、頭のどこかで俺も正華に依存していたんだ。
だから、今言った通り俺は正華を一生涯離すつもりはない。
もし、俺達が恋に落ちなくても、関係が決裂しても、傍にいる。
「絶対に離れないから安心しろ」
澄ました言葉で言いながら、正華の手を握る。
「私も離すつもりない……」
この上ない力で握り返される。
多分、こうして共依存を認めあった俺達は、これからいっときも離れることはないのだろう。
絶対に同じ空間にいて、少なくとも1日に数十回は必ず会話するのだろう。
親に開けられたれた穴を補うために、2人で傷を舐め合うのだろう。
別にそれは苦でもなければ、なんなら嬉しいとすら思ってしまう。
穴が塞がるのであれば、なんだっていいと思ってしまう。
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