第16話 サッカー
尾行標的は今、最初のぎこちなさなんて感じさせない笑顔で、楽しそうにバスケをしていた。
どうやら会話も弾んでいるようで、ボールをつきながらも、常に口を開いている。
親友キャラとしては楽しそうでなによりなのだが、真似する立場としてはひっじょうに迷惑だ。
「ねぇ〜!どうやって強く蹴るの〜!」
いつもの抑揚のない声はどこへ行ったのやら。
満面の笑みを浮かべる結託相手がボールを蹴るが、言葉通りにボールには勢いの微塵もない。
「…………ムリだわ」
俺達がいるのは、主人公とヒロインがバスケをする隣のコート。
たまたま空いていたということもあり、折角なら楽しもうということでPK戦をしているわけなのだが、動けないでいる俺は、ゴロのボールにネットを揺らされた。
思い出すのは、フットサルコートに入る前のこと。
『どうせ真似するなら表情まで真似しない?』
そんな提案をされた俺は、すぐに首を横に振らなかった。
確かに表情まで真似をすれば、なにか別の感情が沸くかもしれない。
喜怒哀楽の激しい2人の心を読めるようになるかもしれない。
なんていう思惑が脳裏を過り、首を横に振るどころか、縦に振ってしまった。
……それが、俺史上4番目になる最大の間違いだった。
「えっ!?私ってもしかして才能ある!?」
「……」
「今からでもサッカー始めちゃおうかな!」
「…………」
「あの夏階くんに点を決めるなんて!私ったらすごい!」
「…………ムリだわ」
先ほどと同じ言葉を紡いだ俺は、構えるだけ構えて動かなかった体をやっと解放させる。
目の前でキャッキャッ騒いでいるあいつは、見ても分かる通り騒ぐことに慣れているのだろう。
あの混じり気のない飛び跳ねる姿。あの透き通った瞳。
どこをとっても、騒いでいる女友達――もしくは彼女――なんだが、ついさっきまでの抑揚のない声を聞いていた俺からすれば違和感しかない。
だって、つい数秒前までは抑揚のない声で話していて、さらには真顔だったんだぞ?
それがいきなりこんな意気揚々と飛び跳ねては、高らかな声を上げる。
動けていた体も動けなくなるし、俺だけが置いていかれて動揺が隠せない。
あの結託した日以来見なくなったが、正華は元々お茶目キャラで名を馳せていた。
『ヒロインの隣りにいる、もう1人のヒロイン』
それが正華の称号でもあり、汚名。
どんなにお茶目キャラで目立とうとも、圧倒的な顔面を有したヒロインには叶わず、照れない正華よりも、たまに照れるヒロインの方が可愛かった。
まぁそんなお茶目キャラも、もう見なくなったんだが、今ここで再誕。
「でもサッカー選手になるにはもっと強いシュートを習わないと……。だからさ!教えてよ!」
ネットを揺らしたボールをスナップリフトで手に持った俺に、ズイッと顔を寄せてくる。
濁り気のない満面の笑顔で。
真似じゃなかったら今すぐにでもぶん殴りたくなるような演技で。
「……すまん。俺に陽はムリだ……」
「ムリじゃないよ!ほら笑顔笑顔っ!」
真似しろと言わんばかりに、「にー!」と人差し指で自分の頬を引っ張り上げる正華。
ものは試しだということで俺も引っ張ってみたんだが、どう考えても俺の頬が固い。
あんな綺麗に吊り上がらないし、吊り上がったところで苦笑になってしまう。
俺の元のキャラは今とほぼ同じ。
声に抑揚もなければ、笑うことなんてもってのほか。
それでも、親友らしく苦笑を浮かべることはあったし、眉間にシワを寄せることもあった。
自分なりに感情表現をしていたんだが、流石に正華ほどの演技はできなかった。
「逆にどうやったらそんな笑顔ができるんだよ……」
「ん〜」と顎に人差し指を置いた正華は分かりやすく天井を見上げ、そしてその指を俺に向けてくる。
「来世で素敵なお母さんの下に産まれて、幸せに生きることを想像したら笑顔になるよ!」
「それ1周回ってハイになってるだけだろ」
「いーや?自分なりのお母さん像考えるの結構楽しいよ?」
「そっすか。俺多分それ考えたら来世に行こうとするから絶対考えないけど」
「分かる。私も今すっごく死にたくなってる」
へにょへにょと人差し指を落とす正華の顔も、同じように真顔へと戻っていく。
「……じゃあ考えんなよ」
「でも笑顔を作るにはこれしかないんだもん。他にもあるけど、ほとんど家庭関係だし」
「俺で笑えるんじゃないのかよ」
「夏階くんで作り笑みは出来ない。というかしたくない」
「したくない?」
「うん」
小さく頷いた正華は、俺の脇にあるボールに目を落とし、そしてPKラインを見た。
「教えてくれながら教える」
「……まじでサッカー選手なろうとしてるんか?」
「なれるもんならなるよ?」
「ムリだから安心しろ」
「それなら安心」
手から離したボールをクッションコントロールした俺は、正華と共に白い線の上へと立った。
小さい頃。それこそまだ親友が水城じゃなくて、また別の男子だった時。
習い事のひとつもさせてもらえないでいた俺に、サッカーを教えてくれたのはそいつ。
多分今、こうして運動ができているのはそいつが、毎日のように家から俺を連れ出してくれたおかげだと思う。
技名とか淡々と紡がれたが、あの時の俺はなんも理解できなかったのを今でも覚えてる。
「正華は右利きだったよな?」
「うん」
「んじゃ当たり前だけど、軸足になるのは左足」
小学生の頃、あいつに教えられたように、正華の体を支えながら説明する。
今でも思う。
あいつは誰かに教えるセンスもあれば、サッカーの才能も持ち合わせていた。
今俺の学校の主人公が水城だとしたら、あいつの学校の主人公はあいつなんだろう。
それほどまでにあいつはイケメンだったし、モテていた。
「サッカー選手のシュートフォーム見たことあるか?」
「一応ある」
すっかり真顔に戻った正華はボールを見つめたまま、俺のされるがままに体を動かす。
「見てたら分かると思うんだけど、サッカー選手って助走をつけた後、シュートする瞬間重心を反対側に倒してるんだよね。でも正華は反対側に倒すどころかまっすぐに立ったまま」
「重心後ろにするとか怖いんだけど。転びそう」
「そのために支えてんだ。とりあえず重心下げてみな」
促すように正華の体を引っ張る。
そうすれば、言葉とは違ってビビる様子のない正華は俺に、全体重を預けた。
「……全体重預けたらそりゃ転ぶだろ」
「だって重心を後ろにって」
「言ったけど言ってない。もっと分かりやすく言ったら上半身だけを反らすんだ」
「最初っからそう言ってよね」
「俺が悪いのかよ」
重くもなんともない体を押し上げ、再度正華の体を引っ張った。
こいつは運動できないものの、なんやかんや言って飲み込みは早い方だ。
現に、俺の分かりづらい説明で完璧な体勢を作り出せている。
どうしてこれで運動ができないのか不思議なくらいに、こいつには運動の才能があると思う。
まぁ、その才能を悪いように言い換えれば『怒られないように適応する』なんだけども。
そんな事は早々にできないと思われがちだが、小さい頃から鍛え続ければ案外できたりもする。
俺もできたし、正華もできているから間違いはないだろう。
怒られることがトラウマになった子どもは、絶対に間違いを恐れる。
その結果、完璧主義車になり、適応能力がずば抜ける。
もちろんそれは良いことだ。
社会の面でも、人間関係でも、この類の人間は扱いやすいだろう。
でもそれと同時に、蓋を開けた者のみが知る事実。
教え甲斐がある生徒と同時に、どうしようもなく哀れみを抱いてしまう。
「それで?ここからどうすればいいの?」
俺の思考を打ち破るように口を開いた正華。
若干おかしな姿勢の中、こちらを見上げてくる。
「サッカー選手みたいに右足を上げて蹴るだけ」
「……投げやりになった?」
「いんや?別にそんなことないけどな?」
「絶対なってるじゃん。まぁいいや。1回手本見せて」
「最初に見せればよかったな」
「んね」
今思い出せば、前の親友も教える前にシュートを打っていた気がする。
しっかり見ることによってイメージがつきやすくなるとかなんだとか言ってたっけな。
なんてことを思い出しながら、正華から手を離して後ろ側にやった。
こうしてボールに対面するのは久しぶり。
高1の始めに水城とボールを蹴りあったとき以来だろうか。
多分俺は、あの時から水城と親友になったんだろう。
あいつ以外とボールを蹴るのが楽しいと思えたのが、水城。
サッカー経験がないはずなのに、あれだけ楽しそうにボールを追いかける姿を見れば、嫌でも笑みを浮かべてしまう。
俺を笑わせてくれた相手だからこそ、俺は親友になった。
――俺の右足から放たれた、まるで弾丸のようなボールが一瞬でネットを揺らした。
久しぶりにボールを蹴ったが、日頃からの筋トレが功を奏したのだろう。
俺のキック力は未だ健在。なんなら成長していた。
「…………タメ口を使ってすみませんでした」
突然背後から聞こえる言葉。
そちらを見やれば、深々と頭を下げる正華の姿。
「……ビビったのか?」
「あんなもの喰らいたくないですから」
「人に蹴らねーよ」
「……怪物はみんなそう言うんです」
「おいごら誰が怪物だ。やらないったらやらない」
「……ほんとですか?」
「ほんとだ」
恐る恐る顔を上げる正華に張り付くのは『怖気』の表情。
きっとこの怖気は、演技でもなければ真似でもないのだろう。
揺れる瞳と目が合うや否や、俺は手を上げて正華の頭目掛けて伸ばす。
「……っ!」
そうすれば、聞いたこともない正華の言葉を詰まらせる声が耳に届く。
「安心しろ。殴らんから」
そこまでの勢いはなかったはずなのだが、正華が目を閉じたのは事実。
子どもをあやすようにワシャワシャと頭を撫でる俺は、胸板にその頭をくっつけさせる。
「ここで断言するけど、俺は絶対に正華を殴らないし、傷つけないから」
「……それ、小学生の時にも同じこと言われて、いじめられた」
「俺とそいつを一緒にするな」
「分かってる。一緒じゃないってことは分かってるはずなのに、信用しきれない自分が嫌」
俺の服が伸びることなど考えていないのだろう。
目一杯の力で服を掴んでくる正華は、己のトラウマを消そうとおでこを押し当ててくる。
「その辺はまぁ、ちょっとずつ慣れていこう」
「完治するまでずっと一緒に居てくれる?」
「当たり前だ。なんなら俺も頼る」
「じゃあ支え合うって感じだね?」
「だな」
俺の言葉で、少なからず安心してくれたのだろう。
正華の恨みつらみが止まり、それと同時に俺も頭から手を離した。
「んじゃ正華もシュート打つか。今ならできるだろ」
「自信はないけどね」
「ものは試しってやつだ」
「ほれ」とボールを転がしながら言ってやれば、小さく頷く正華は足の裏でボールをの動きを止めた。
正華の過去は、相変わらず壮大だ。
俺なんかの比にならないぐらいに壮大で、どうしようもないトラウマが残っているほど。
俺達が『恋』を見つけ出すうえで、必ず直面するのがこの正華のトラウマだろう。
どうやって解決するかなんて目星もつかないし、解決できるのかもわからない。
けれど、少なくとも正華は取り除きたいと思っている。
あの力の入れ方だとか、おでこを押し当てた素振りだとかで分かる。俺とて鈍感じゃないからな。
「行くよ」
「あいよ」
ゴール前で突っ立った俺に、掛け声を上げた正華は、先ほどの俺同様に助走をつけた。
歩数やら軸足やらを気にし過ぎで、なんともまぁぎこちない。
ぎこちないけれど――
――バンッ
先ほどまでの正華とは思えないほどの脚力がボールに加わった。
ゴロなんてもってのほか。空中に浮いたボールは一直線にゴールへと向かってくる。
やっぱりこいつは運動の才能がある。
小さい頃からなにかしらのスポーツをしていれば、今頃確実に輝いていたはずだ。
この正華を見てつくづく思う。
才能があれど、家庭が悪ければ磨かれないんだな、と。
「――いいね」
靴のアウトサイドで軽々とボールを受け止めた俺は、心のなかで思うこととは逆の言葉を口にする。
「……私のボールすっごい簡単に止められたんだけど……?」
「真横に来たからな。でもめっちゃ良いボールなのに変わりない。素直に褒めるよ」
「お世辞?」
「お世辞じゃねーよ。素直に受け止めろ」
「ごめんね、私捻くれてるから」
「知ってる」
足の裏でボールを転がしながら紡いでやれば、ジッと目を細めた正華が口を尖らせた。
「……なんだ?演技ならやめてくれ……?」
「演技じゃない。怒ってるの」
「今までに唇尖らせたことあったか……?」
「ない。今初めて素で出た」
「新たな表情を手に入れたんだな。おめでとう」
「ありがとう」
パチパチとやおらに手を叩いてやれば、正華もおもむろに手を叩く。
これまでにも正華が唇を尖らせるところは何度か見たことはある。
でもそのどれもが演技。
とりあえず怒った表情を見せるのには、この口を尖らせるのが最適なのだろう。
そのせいで1年の頃はよく視界に入れ、苛立ちを覚えたものだ。
「そういや教えてくれたら教えるって言ってたけど、なんだったんだ?」
ふと思い出すのは先ほどの正華の発言。
『夏階くんで作り笑みは出来ない』という言葉。
この瞬間まで色々と考えてみたのだが、答えは出ず終い。
だからこうして聞いたのだが、当の本人は忘れていたようで、
「そんな事も言ってたね」
ポンッと手を叩いていた。
「……まさか覚えてないのか?」
「まさかの覚えてないね。夏階くんのキザなセリフで全部忘れちゃってた」
「キザなセリフって言うな。カッコいいだろ」
「自分で言ったからマイナス――って言いたいところだけど、普通に心の支えになるから加点」
「なんだ?お世辞か?」
「お世辞じゃないよ。素直に受け止めな」
「ごめん俺、捻くれてるから」
「知ってる」
いつぞやに聞いた言葉を逆の立場でする俺達。
そんな中、ゴールへと近づいてくる正華は、ニヤついた笑みで言う。
「夏階くんとの思い出を、演技で貶したくないんだよね」
まるで繋がらない会話文。
けれど、その言葉だけで充分に伝わった。
「俺との思い出を大切にしてくれてるんだな」
「もちろん。私の人生の中で1番充実してるもん」
「それは言い過ぎじゃね?」
「言い過ぎじゃない。ほんと」
「五月女さんとの日常は?」
「別に楽しくない。惚気を聞かされて、自分の話をされるだけだもん」
「……なんで親友キャラなんだ?」
「幼馴染だから」
「……なるほど」
ラブコメでの幼馴染は、本当に切っても切り離せないもの。
どんな状況でも、幼馴染という存在はこのラブコメで修羅場化する材料。
言い換えれば、作者が使いやすいキャラクターということだ。
本人は嫌でも、ヒロインのためには致し方なく存在しなくちゃいけない。
まるで奴隷のように傍に付かされ、使用人のように肯定するだけ。
俺がその立場にいるわけじゃないから断言はできない。
でも、正華が言うんだ。心底楽しくないのだろう。
「夏階くんにだけ言うけど、私いつか、結衣と縁切ろうと思ってるから」
「まじで?」
「まじで」
「そんなに嫌なのか?」
「そんなに嫌なの。だからその時は夏階くんを言い訳にする。先に謝っとくね。ごめん」
「はぁ……?」
呆れを抱いたため息が溢れた瞬間、隣のコートからはアラームの音が鳴り響く。
横目にそちらを見やれば、首筋の汗を垂らした2人がにこやかに笑い合いながら荷物を手に取っていた。
「とりあえず俺達も行くか」
「ん」
正華の頷きとともに、ボールを手に持った俺は入口へと向かう。
そして荷物をまとめ、水城たちがネットに潜るのを見届けてから、俺達もコートを後にした。
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