第3話倒れた魔王と薄れゆく伝説
兵士と魔族の応急処置を終えたヴィクトルは、二人を木陰に移して横にならせる。どうにか止血には成功したものの、このまま放置すれば命の保証はないだろう。
「近くに町とか村はないのか?」
弱々しい声で兵士が答える。
「ここから北へ半日ほど行けば……旧ラナル村がある。だが、今はもう……廃村同然……」
廃村、と聞いてヴィクトルの胸に暗いものがよぎる。魔族との大戦によって滅びたのだろうか。
一方の魔族の男は名前を名乗らず、まともに会話しようとしない。ただ苛立たしげに地面を睨んでいる。
「お前……本当に人間なのか?」
低い声でそう問いかける魔族に、ヴィクトルは首をかしげる。
「見たところ、ただの人間に見えるけど……何か違うのか?」
「くっ……オレにはわかるんだ。お前の体からは……妙な“気”を感じる……」
その“気”が何を指すのか、ヴィクトルには皆目見当がつかない。しかし、魔族の男が言うには、どうも普通の人間にはない「微弱な魔力」のようなものがヴィクトルから漏れているという。
(俺……魔力なんて持ってるのか?)
自分が何者かもわからない身で、この世界の常識も知らない。ただ、頭の片隅で「これが異世界なのだろう」という不思議な納得感だけがある。
さらに魔族の男がつぶやく。
「……アヴァロス様が倒されて、まだ半月も経たないというのに……この世界は狂ってる……」
ヴィクトルはそこで初めて「アヴァロス」=魔王だと気づかされる。どうやら、この付近は“魔王城のあった場所”らしい。すでに城は崩れ、魔王は勇者によって倒されたとのこと。
「魔王が倒されたんだったら……戦いは終わったんじゃないのか?」
素朴な疑問をぶつけると、兵士の男が苦々しく答える。
「終わった……はずだった。だが、魔王軍の残党はまだ各地に巣食っている。俺たち王国軍は、陥落した魔王城跡を巡回し、抵抗勢力を一掃しようとしていたが……」
魔族の男が睨み返す。
「ふん……“抵抗勢力”とは聞こえがいいが、オレたちはただ生き残り、帰る場所を探しているだけだ。お前らこそ、魔王がいなくなった途端に調子づきやがって……」
二人の間には依然として深い溝がある。それでも、今は互いに身動きが取れない状態。ヴィクトルは半ば呆れながらも、両者の言い分をなんとか聞き取る。
こうして魔王亡き後の世界の片鱗を知ったヴィクトルは、戦いが終わったはずの大地がまだ荒れ果て、憎しみや絶望を抱えたままであることを理解する。
(このままだと、双方が憎み合い、さらなる衝突を生むんじゃ……)
そんな不安がよぎるが、今はただ、この二人を安全な場所まで送り届けることが優先だろう。
「とりあえず、ラナル村まで行ってみよう。廃村だとしても、少しは使えそうな建物や薬があるかもしれない」
ヴィクトルは気力を振り絞って二人を支え、なんとか歩き出そうとする。体力にも魔力にも自信はないが、不思議と「できる」と思えるのだ。
人間の兵士と魔族の男。それぞれが互いを警戒しつつも、かろうじてヴィクトルに支えられて足を動かす。彼らの足取りは重く、廃墟めいた道を黙々と進んでいく。
倒された魔王アヴァロスの名が、まだ強い影を落とす世界。ここがヴィクトルの第二の人生の舞台だということを、彼はまだ十分に実感していなかった。
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朽ち果てぬ約束〜転生者と継がれる世界〜 遠藤 円 @koneko0417
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