第2話見知らぬ世界、少年の目覚め
草の生い茂る荒地。そこかしこに、かつての戦火の名残を思わせる焦げ痕や割れた武具が散乱している。その中央に、一人の少年――いや、青年と呼ぶには少しあどけない面差しが残る二十歳前後の男が倒れていた。
「……ここは……?」
伏せていた男が、ゆっくりと身を起こす。名をヴィクトル(仮)という――もっとも、彼自身はまだその名すら自覚していない。薄汚れたシャツとズボンを身に着けてはいるが、いずれもこの世界の布とは異質のように見える。
痛む頭を押さえながら周囲を見回すが、何もわからない。金属の破片や折れた槍の柄が放置された荒地を見ても、ここが日本のどこかとは思えない。そもそも日本なんて、漠然とした単語しか思い出せないのだ。
「夢……か? いや、やけに痛みを感じるし……」
頭の中は真っ白。記憶が混濁している。自分の名前、年齢、家族……あらゆる情報が曖昧だ。ただ、**「自分は異世界に来たらしい」という直感だけが不思議なくらい、スッと理解できる。
ふと、その場に落ちていた錆びかかった剣を手にしてみる。なぜか、剣の持ち方だけは妙にしっくりくる気がした。
「この世界……いったい何が起こったんだ?」
遠方には巨大な廃墟のような城が見える。壁の一部が崩落し、不気味な影を落としている。そこから吹き抜ける冷たい風は、まるで誰かのため息のように虚ろな音を立てた。
ガシャン――。
突然、金属がぶつかる音がして、ヴィクトルは身を硬くする。遠くのほうで何か戦闘が行われているのか、それとも魔物が動いているのか。
「やばい、逃げなきゃ……」
逃げるべきか、近づくべきか。彼は逡巡するも、足がそちらへ向かってしまう。理由はわからないが、「誰かがいるなら、話を聞いてみたい」という思いが先に立つ。
乾いた土を踏みしめながら、音がした方向へ慎重に進む。すると、少し開けた場所に出た。そこには人影――いや、よく見ると「人」にしては奇妙な姿だ。
全身に黒っぽい鱗をまとい、頭部には小さな角を持つ魔族の男が、腰を落として苦しんでいる。周囲には血飛沫が飛んでおり、その魔族のすぐ向かいには兜を被った人間の兵士が倒れていた。どちらも重傷のようだ。
「く……人間……裏切り者め……!」
魔族の男が、かすれた声で兵士を罵る。しかし兵士のほうも意識が朦朧としている。戦いの果てなのか、互いに息も絶え絶えだ。
「だ、大丈夫……ですか?」
ヴィクトルは思わず声をかける。
「なっ……」
魔族の男は睨みつけてくるが、すぐに痛みにうめく。兵士のほうも立ち上がれそうになく、ただ荒い呼吸を繰り返している。
両者は一触即発の空気だが、もう戦う余力もない。ヴィクトルはとにかく止血をしなければと考え、まずは兵士のほうへ近づく。
「痛いかもしれないけど、我慢して……」
自分のシャツを破って兵士の腕の傷を縛る。ついでに地面に落ちていた水筒らしきものを取り上げ、口元へ流し込む。兵士は困惑しながらも、うっすらと目を開けて口を開いた。
「お、おまえ……何者だ……? この場所では……人間が魔族を助けるなど……あり得ん……」
「わからない……俺はただ、記憶がなくて、気づいたらここにいたんだ。そっちも助けたいけど……」
ヴィクトルは今度は魔族の男のほうへ歩み寄る。男は唸りながら身を起こすと、鋭い瞳でにらんでくる。
「くそったれが……近づくな……! 人間がよくも……」
「わ、わかった……でも、放っておくわけにも……」
相手は獣のように威嚇するが、その体はかなり衰弱している。まるで「人間に助けられる屈辱」に耐えられないかのようだ。
ヴィクトルが渋々兵士のほうへ引き返していると、かすかな声が聞こえた。
「……ふん……好きにしろ……死にたくはない……」
それは、魔族の男が搾り出すように吐き捨てた言葉。構わないという合図だと受けとり、ヴィクトルは急いで応急処置を始める。
――こうして、ヴィクトルは初対面の“魔族”と“人間”を同時に救うという、奇妙な現場に立ち会うことになった。それが後に、この荒廃した世界に残る「新たな火種」**を知るきっかけとなるとも知らずに。
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