第5話 二度目の別れ
夜になり、僕たちはお城をぬけだした。
ミカは腰の左右に短剣をぶらさげている。現代社会ではあまり見かけない武器に僕は否応なく緊張し、ここが異世界だということを再認識させられた。
ミカが短い呪文を唱えると目のまえに直径三十センチメートルほどの光の玉が浮かぶ。それはミカが魔法で呼び出した光の玉だという。ミカはゲームなどでいうところの
城を抜けて一時間ほど歩いたところに裕福な商人たちが住む街がある。その街の北側にあの奴隷商人の住む屋敷があるという。
あの猪顔の男の名前はアルベルトといい、種族はオークだということだ。
「そういえば、この国には人間っていないのかな」
気になっていたので僕はミカに訊いてみた。
「なにいってるの。人間って私たちだよ。ああ、もしかして人族のことかな。人族はこの国では奴隷しかいないよ」
ミカはごく普通のことのように言う。
ミカの説明では
ミカの手引きでアルベルト屋敷に潜入する。基本的にはミカが先行し、門扉の鍵をあけ、僕が入るという手順だ。ミカは認識阻害の魔法も使え、身体能力もたかいので潜入は容易であった。でも、見回りの私兵がいたりもするので気は抜けない。
屋敷の地下に入る。
そこは連れてきた奴隷を閉じ込めておく空間であった。いわゆる地下牢になっている。ミカがくんくんと匂いを嗅ぐ。
どうやらミカは近くまできたら、匂いで人物がどこにいるかわかるということだ。
「一番奥にあの女がいるね」
ミカは小声で僕に教える。
この話し方も特殊で僕にしか聞こえない話かただという。
牢の前には見張りの兵士がいた。
あくびをして、床にすわっている。
ミカが石畳の床をけり、かける。一瞬で見張りの兵士に近づき、短剣の腹で後頭部を強打する。兵士は白目をむいて気絶した。
ミカが手招きする。
牢の奥に恵美が体を横たえていた。
僕に気づいた恵美は声をたてようとする。
僕は人差し指を口の前にたてる。
ここで大きな音をたてるわけにはいかない。
ミカが鍵を壊す。恵美はふらつきながら、牢をでた。僕に恵美は抱き着く。欲見ると恵美の細くなった体には無数の傷がつけられていた。
歩くのもつらそうなので、僕は恵美を背負う。
ミカとしても気に食わないところもあるだろう。この作戦はミカ頼みのところが大きい。彼女の助けなしでは恵美をたすけられなかっただろう。
このあと、慎重に僕たちはアルベルト邸を脱出した。
「賢者サキエル様なら、元の世界に戻る方法を知っていると思うよ」
ミカは僕にそういった。
「すまない、ミカ。僕のわがままにつきあわせて」
「いいよ、ご主人。その女は嫌いだけど、死んでほしいってほどじゃないからね」
ミカは夜道を歩く。
「ありがとう、広樹。ええ、一緒にかえりましょう。もう、わがままは言わないわ。あなたのことを一番に考えて行動するわ。私、この世界にきて気がついたの。広樹に愛されてたのに気がつかなくて、本当に馬鹿だったなって。愛してるわ、広樹」
僕の背中で恵美は涙声で耳元にささやく。
甘美な声に感じる。
ミカと一緒にここで暮らすということはいわば故郷をすてるということだ。それはよく考えると躊躇する。
「ごめん、恵美。僕はもう君のことは好きじゃないんだ」
僕はその言葉を噛みしめながら、吐きだした。
ここまできて、僕はミカを捨てられない。
直後、恵美の冷たい手が僕の首にまわされた。弱った女の力とは思えない力だ。
僕は思わず膝を地面につく。
ミカが駆け寄り、短剣の刃を恵美の首にあてる。
「ミカエラ王女、お前よりも早くこの男を殺してやろう」
それは恵美の声ではなかった。
「貴様は魔女エミリア」
殺意をこめた瞳でミカは僕の背後をにらむ。
「この女にとりついてお前を亡き者にしようと思っていたが、気がかわった。おまえの大事なものを奪ってやろう。これが同胞を奴隷にした罰だ」
ぎゃははっと恵美ではない声で背後で魔女は笑う。
僕はもうろうとする意識の中で胸のペンダントをつかむ。三日月の先端で恵美のこめかみに突き刺す。
ぎゃっという悲鳴があがる。
その隙をつき、ミカは恵美の頭部を短剣の腹でなぐりつける。
ぐああっという断末魔と共に恵美の背中から、なにやら黒い煙が吐き出された。それは醜い女の顔をしていた。
ミカが光の魔法をぶつけると、その悪霊は霧散した。
三日後、僕たちは賢者サキエルの屋敷にいた。
その屋敷の広間には巨大な魔法陣が刻まれている。
それは転移の魔法陣だ。
「本当に一緒にかえらないの」
すっかり憑き物がおちた穏やかな恵美が僕をみつめる。
猫耳娘のミカとフクロウの顔をした賢者サキエルが僕を見る。
僕は首を左右にふり、恵美に答える。
「そう、さよならね。広樹君のこと本当に好きだったのよ」
その言葉を最後に恵美は消えた。
賢者サキエルがいうには現代社会に戻ることに成功したということだ。
「ミカ、これからよろしくね。僕は君のことが猫のときから好きだった。ずっと一緒にいよう」
その言葉は自然と僕の口から出た。
「うん、ご主人。ミカも猫のときから大好きだったよ。ずっとずっと一緒にいよう」
ミカは僕に抱き着き、今まで以上の濃厚なキスをした。
終わり
飼い猫を彼女に捨てろと言われたので、別れました。飼ってた猫は獣族の王女様でした。 白鷺雨月 @sirasagiugethu
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