第4話 魔女の一味

 その顔を見間違うはずがない。面長で、切れ長の瞳をした彼女の顔は間違いなく恵美だった。今はとんでもなく汚れていて、その目に生気はないが。それにかなりやつれはしているが、やはり元彼女の恵美だ。

 僕は思わず恵美のほうに駆け寄ろとしたが、ミカに腕で制された。


「これはこれはミカエラ王女の奴隷ですか。さすがは王族が飼う奴隷は気品がちがいますな」

 猪男は揉み手で多分だけど僕のことを褒めている。でも僕が奴隷とはどういうことだ。

「このお方は奴隷なんかじゃないわ。ほら、この紋章が目にはいらいのかしら」

 ミカは僕の胸元のペンダントを手のひらで持ち上げる。

 それを見た猪男はおおっと言い、平身低頭する。それは狐男も同じだった。

「そ、それは月影王家の紋章……た、たいへん申し訳ございません」

 猪男はさっきまでの偉そうな態度が嘘のように謙虚になっている。

「いいわ、わかればいいのよ。このお方は我が王家の恩人であるの。王族と同じだと思ってもらってかまわないわ」

 ミカは大きな胸をはって、宣言するように言った。


 どうやらこのペンダントは王族の証明のようなものらしい。ご老公の印籠のようなものか。


「その女は?」

 短く、ミカは恵美の姿を見ながら、問う。


「おおっよくぞ聞いていただきました。この女は姫殿下の因縁の相手でございます。かのにっくき太陽エルドラド王国の魔女エミリアの一味でがざいます。ラファエロ王の名で北の鉱山に移送するところでございます」

 猪男はそう説明した。

 

 たしか魔女エミリアとはミカを猫の姿に変える呪いをかけた人物だ。恵美がその仲間だというのか。


「おねがい、広樹……助けて。気が付いたら私はこんな世界にいたの。魔女なんてしらないわ」

 恵美が僕に必死に訴える。その様子は僕には嘘をついているようには、思えない。それに僕に嘘をついても仕方がない。この世界にきてどれほどひどい目にあったかわからないが、恵美は前にあったときには違う印象がる。あの傍若無人さが消え、弱り切っている。


 ミカが僕のほうをちらりと見る。

「あの女は私を殺そうとしたのよ」

 ミカは僕の耳元でささやく。

 ミカの言うこともわかる。彼女にとっては、いわば殺そうとした相手だ。憎いはずだ。僕も恵美には愛情のようなものは、さすがに残っていない。だからと言って奴隷になって、それを見捨てるという気にもなれない。

 日本で普通に暮らしていてくれれば、こんな気持ちにはならなかったのに。

 どうして彼女までこの異世界に来てしまったのだ。


 僕の様子を見ていたミカはどこかあきらめたようにはあっと大きなため息をついた。

「北の鉱山に送るってどういうことかしら?」

 ミカが猪男に問う。

「はい、慈悲深いラファエロ王は本来死罪のところを罪を減じ、北の鉱山で働かせることにしたのです」

 猪男はそう答えた。

 現代人の恵美がこの異世界の鉱山労働に耐えられるはずがない。恵美にとってはほぼ死刑にちかいのではないか。

「その北の鉱山に移送するのはいつかしら?」

 ミカはさらに質問をぶつける。

「ははっ。明日の朝にはこの王都シャドウパレスを出立するてはずとなっています」

 猪男はそう答えた。


「ご主人の気持ちはわかるけど、ここは一度シャドウキャッスルに戻りましょう。時間はすくないけど、まだあるのだから」

 ミカは僕の手を握ると歩き出した。その力はとても強く、僕にはあらがえない。

「待って、待って。行かないで。私を見捨てないで。今までのことなら謝るから、お願いだから見捨てないで……」

 恵美は必死に叫ぶ。その背中にぶつけられる声に思わず引き返したくなるが、それはミカが許さない。


 僕たちは城にもどり、僕が目覚めたあの部屋に帰ってきた。

 ウサギ耳のメイドさんが僕たちに温かい紅茶をいれてくれた。

ウサギ耳のメイドさんはサンドイッチと紅茶を置いて、部屋を出て行った。

「ご主人はあの薄情な女を助けたいの?」

 ミカは大きな瞳で僕を見つめる。思わず見とれてしまう可愛さだ。

 恵美のことは忘れて、ミカとこの異世界でいちゃいちゃして暮らすというのも悪くはない。そのほうが楽でいいし、きっと楽しいだろう。そうすることにミカは止めはしないだろう。むしろ喜んでその選択枝をとるだろう。それにミカは咎めないだろう。

 でも、そうしたらきっと目覚めが悪いだろう。一生、あの必死に僕にすがる恵美の顔を忘れることができないだろう。下手したら、それが原因でトラウマのようなものになるかもしれない。


「できたら、助けたい。だって一度は好きだった相手だから」

 僕は言葉を選ぶ。

 一度は好きになった相手は恵美だ。そして今好きなのはミカだ。


「はーあっ。まあ、それがご主人のいいところでもあるんだけどね」

 両手の平を肩の上にあげて、ミカは欧米人があきれたようなポーズをとる。

「まあ、私も一時とはいえ一緒に過ごした相手を見捨てるのはなんだか気がひけるものね。わかったわよ、ご主人。あの性悪女を助けにいきますか」

 そういうと、ミカは僕にだきついた。ミカは猫のときと同じ匂いがする。思わず猫吸いならぬ猫耳娘吸いをしてしまった。

「うふふっご主人大好き」

 ミカは僕の唇にキスをした。

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