罪人達の行方

縁章次郎

罪人達の行方

「罪人のおとぉおり!」

 声と共に赤く塗られた両開きの門が開き、見えたのは門と同様に赤く塗られた神輿だった。

 神輿の上、屋根に縛られているのは身なりを整えられた男だった。彼は罪人だ。這いつくばるように、あるいは一種の飾りのように、罪人は神輿に縛られ、担がれ運ばれる。

 

 しゃん、しゃん、と神輿の一番前で着飾り顔を隠した女の持つ鈴が鳴った。鈴が鳴れば、神輿を担ぐ顔の見えぬ男達は一歩、一歩と進み出す。

 神輿を殆ど揺らさずに門を過ぎれば、木が軋む音を上げて赤い両開きの門、表門が閉じられた。

 表門から繋がる赤い塀がぐるりと周囲を囲み、まあるく切り取られた庭の中を神輿は進む。



「来たな」

 それまで表門の様子を鏡で覗いていた女は、徐に立ち上がった。長い着物が彼女の尾を引く。

 畳を踏み締め桃源郷の描かれた襖の前に女は立つ。襖の桃源郷の絵は動いていた。緩やかに川が流れ、花が舞う。それを前にして、女は、ぽん、と一度手を打った。そうしてそっと襖を引く。

 襖の先には庭が繋がっていた。目の前の池ではぽちゃりと鯉が跳ねる。花々が咲き乱れ、けれども木々の葉は一枚一枚と散っていく。

 ひらり、と風に乗り流れてきた葉を女は親指と人差し指で掴んだ。女の手の中で葉は色付き、そうして朽ちていく。


 遠くから潜めた足音が聞こえた。女が一歩部屋を出て後ろ手に襖を閉めれば、鯉が歓迎するようにまたぽちゃりと跳ねた。

 暫く待っていれば神輿が届く。神輿は池の前で止まり、厳かに下ろされた。

 鈴を持った女は去り、担ぎ手の男達は神輿に縛られた罪人の縄を解く。ただ一本、首に首輪を嵌めた罪人に膝をつかせ、男達は池の左右に平伏した。


「ようこそ、罪人殿」

 女が口を開けば、罪人の顔は忌々しげに歪んだ。

「魔女がっ」

 吐き捨てられるように吠えらえても、女はただやんわりと笑う。

「そうだとも。私は魔女だよ。なんの魔女だか分かっているんだろう」

「人間を廃棄する化け物どもめ。生産も、廃棄も、到底人間に対する文言ではないな。生産など特に、我々の生命の冒涜だ」

 罪人が唾を吐き出そうとすれば、首輪の先を持つ男衆が縄を引いた。罪人の首が一瞬にして締まり、苦痛に顔が歪む。

 一呼吸置いて、女は手で男衆を制した。男達の縄を引く手が緩まり、罪人は吐き切れなかった呼吸を吐き出す。

「そうか。だが、お前も生産の魔女達の力で生まれたのだろう。彼女らは私達などよりよっぽど慈しみ深いよ」

 女が笑めば、罪人もまた片方の口角を上げてせせら笑った。

「俺らとて自然に増えると言うのに、お前らは俺達を管理している。何が慈しみ深いか。下に置いて安心しているだけだ」

「我ら魔女とて自然の摂理だと考えれば良いだろう」

「忌々しい。何が自然の摂理か。命に手を出していることの愚かさを知れ。だから、天罰が降ったんだ」

「天罰か。お前達が殺したのに、天罰なのか?」

「死んだんだから天罰なんだよ。不死の魔女が死んだ。こんなに嬉しいことはない」

 罪人は声を上げて笑い始めた。男衆が僅かに殺気付くが、女はやはり手で制するだけに留めた。


「お前達は、お前は愚かだな」

 小さくため息を吐いて女は目を伏せた。罪人は女の哀れみを意に解さずにおかしげに笑う。

「愚かなものか。仮に愚かだとしてお前達には劣るわ」

「私たちも確かに愚かであろうな。だが、お前たちが生まれる摂理を侵して、人間で言う母を殺して、お前たちとて愚かだろう」

 罪人は女の言葉を鼻で嗤う。

「お前、俺が魔女の力で生まれたと言ったな」

「そうだ。お前は魔女の力で生まれた。皆、魔女の力で生まれている」

 女が答えれば、罪人は堪えきれぬといったふうにさらに大声で笑い始めた。そうして暫く笑い転げた後、口角を吊り上げて言葉を吐いた。

「俺は母の、人間の女の胎から生まれたのだ。お前達からではないわ」

 憎々しげに吐き捨てる。魔女達の力で生まれたなど悍ましいとその顔には書いてあった。


「私達は、文献は大事だと思っているんだ」

「何?」

 突如切り替わった話題に、罪人は訝しげに女を見た。けれども女は涼しい顔で、言葉を紡ぐ。

「文明とは本に宿っている。多くは残っては居なかったが、それでも大事に残して来た」

「それはお前らが管理している文献の話か?」

 ぼちゃん、と池の鯉が再び跳ねた。女は鯉を眩しげに見つめて、笑った。対して、目の前に対峙する罪人の顔はやはり訝しげで、女がなんの話をしているのかまるで見当がつかないと言った顔で女を見ている。

「御伽話を見て、少女が夢を見るなんてありふれた話だ。御伽話のようにそうなってみたいと思う」

「おい、なんの話をしている。おちょくっているのか?」

 罪人の訝しげだった顔にやがて苛立ちが現れる。女はそれを一度見下ろして、そうして再び鯉を見つめた。

「自分で産みたいと言う者もいる。腹の中で十月十日育みたいと言う。だから、魔女は与えるんだ」

 魔女が与える、そう言うと男は黙って女を見た。

「お前、どうして母から子が生まれるか知ってるか」

「そんなの」

 二の句を告げようとして、けれども言葉が見つからなかったようで、罪人は押し黙る。

「どうやって子は出来る。母の中で自然に生まれるか?」

 罪人は押し黙ったままだ。どうやって子が母の腹に宿るのか、彼の世代は知らない。

「本は大事だった。外れた考えを持っても良いとする者も居た。けれども摂理を犯されては、本もまた管理する他ない。だからお前達は知らぬだろう」

 女がついと罪人を指す。罪人は人間で言えばとうの昔に成人を超え、生も折り返し手前であろうかと言う年だが、不老不死である女にとってみれば、未だ幼い。

「父にはなれぬ。母になれるのはまあるい胎が、私達と同じものがついているからだ。少女は夢をみる。子を育み産みたいと夢を見る。だから魔女が与える。少女の胎の中に。それは木のうろに与えることとそう変わらない」

 罪人は睨み返すばかりだが、なんとなく話の行き先がどこにいくのか分かったようだった。

「お前の、お前が母と呼ぶ少女も夢をみる乙女だった。だから、生産のがお前の母に子を与えた」

「母は自分でっ」

「お前の母がそう言ったか?」 

 尋ねれば罪人は口籠る。そうだろうな、と女はため息を小さく吐いた。


 産むことを与えられた人間は己の力で産んだなどとは言わない。腹に与えられるのは無垢な少女だけだ。与える魔女は慈悲深いが愚かではない。野心や下心のあるものにはどれだけ願ったって与えられやしない。

 それで上手く回っていたが、最近は時折、摂理を侵そうとする人間がいる。それは当事者ではない周りの人間であったり、或いは唆された産まれた子自身であったりするが、彼らは自分達人間のみの力で産まれることこそが摂理であるのだと叫んでいる。

「お前が殺したのは、お前の言う母とも言える魔女だ。あれは酷く慈悲深い。腹に与えるのは彼女だけだ。我らの中でもとびきりの慈悲あるものをお前は殺したのだ」

 人差し指を突きつければ、罪人は唾を飲み込んだ。ここに来て、己がどんな存在を殺したのか理解し始めたらしい。

「だがっ、だが、お前達が命を扱っていることは悍ましいことに変わりない。管理しているのだ、烏滸がましくも俺たちの命を。俺も悍ましい命の成れの果てだったと言うだけで、殺した方が良いと言うことに変わりない」

 それでも、罪人の認識は変わらない。どんな形であれ魔女は殺さなければならないと、目を爛々と輝かせている。



「そうか」

 話はここまで、と魔女は縄を持つ男衆に向けて右手を上向きに軽く上げた。

 男衆は頷き立ち上がると縄を上へと引く。罪人を立ち上がらせるのだ。

 罪人は太々しく、のろのろと立ち上がった。口をむすりと結び、顔を背けると目だけで女を睨む。

「それで、」

 罪人の言葉の途中で、女が人差し指と中指で切るように縄に触れた。瞬間、女の手首ほども太い縄がばらりと裂ける。

 一瞬、罪人の意識が縄へと向かった。その意識が再び女に戻る前に、女はぽんと手を打った。

「は?」

 罪人は男衆の頭上よりもずっと高い所から真っ逆さまに池に落ちていく。唖然とした顔が女の前を過ぎる。


 女が視線を落とせば、池の中、ぐるりと回った鯉の身体が歪に変化していた。

 黒と白と金の鯉は、大きく、大きく形を変える。形は鯉に似てもいたが、表すのならば多分、龍。形を変えた鯉は大口を開けて跳ねる。美しい鱗が波打つ。

「あ」

 一口だった。一口の内に、罪人は頭から鯉の口の中に消えていった。罪人は何が起きたのか理解も出来なかっただろう。発しようとした言葉も、一息で消えて、もう何を言おうとしたのか誰も分からない。


 鯉は飛沫を立てて池の中に舞い戻った。そうして池からひょいと顔を出して女を見やる。

「鯉よ」

 女に呼ばれ、再び鯉が形を変える。形として一番近いのは人だった。けれども並ぶ男衆などよりもよほど大きく、黒と白と金の鱗が並んでいる。

 鯉は片腕で軽々と池を出た。女が手を打てば、着物が落ちてくる。それを鯉は羽織った。

「主人よ」

 鯉が呼べば、女はやんわりと笑んだ。

「集会だ、鯉よ」

「承知した」

 頷く鯉の後ろで男衆が縄を回収し、今一度平伏する。

「皆、戻られよ」

 女が声を掛ければ、男衆は顔を上げ一礼すると神輿の元へと集まった。そうして神輿を担ぐと、鈴を持った女と同様の方向、来た方向とは逆の方向に進んでいく。

 女は男衆の後ろ姿を見送ると、くるりと向きを変え、屋敷の中へと戻っていく。鯉も女に付き従い、屋敷へと踏み入れた。

「主人よ」

「なんだ」

「聞いても」

「ああ、なんだ」

「何故、罪人と話を?」

 女は鯉を振り返る。一度視線を落として、再び鯉と視線を合わせた。

「哀れんだからだ。かの生産の魔女を」

 そのまま廃棄してもなんら問題は無かった。遺言の一つでも落とせばあとは鯉に喰わせるつもりであったのに、話をしたのは哀れに思ったからだ。かの慈悲深い生産の魔女を。ただ無邪気に乞われ命を胎に与え、産まれた子に殺された魔女を。

 襖が鯉によって閉められる。女が再び襖に向き合えば、鯉は女の後ろへと回った。


 女は襖を前にぽんと手を打った。



 襖を開けた先は昏い夜だった。空には昔を真似て、月と呼んでいる星がまあるく輝いている。

 一歩、女は襖の外に出る。すぐに地面に足が触れた。女の目の前には先程まで居た廃棄場の庭とはまた趣の違った庭が広がっていた。種類様々な花が咲き乱れ、低木が庭の形を作り出し、街灯が立ち並ぶ庭園。街灯の橙色の光は足元を照らすには十分だが、庭全体を見渡すには心許ない。

 女はまた一歩踏み出し、改めて呼吸をした。空気が澄んでいる。いや、尖っている、だろうか。吸うことすら億劫なほど空気は冷たく、澄み切っている。

「あんまり好かないな」

 ここは、と女は言った。鯉は後ろで静かに頷く。空の月だけは気に入っていたけれど、暗闇も、空気も、存在理由も、ここは気に食わない、と女は思う。

 昏い空を見上げる。月よりもずっと遠い所から覗く気配。じっとみられている。ここは魔女の牢獄だった。魔女をこの世界に縛るための、根元。


「おや、廃棄の。今日は早いじゃないか。他の廃棄連中の中でもいつもアンタは最後まで来ないのに珍しいね」

「ああ、管理の」

 月の下、女の位置よりも数歩離れた位置に管理の魔女の一人が立っていた。気軽に片手を上げる姿は気安い。

 管理の魔女の後ろにも女と同様に付き従う姿がある。あれは管理の魔女のエイだ。エイはただぼうっと立っている。

 女の背後の鯉は襖を閉めていた。彼が閉め切れば、空中に浮いた襖が姿を消す。

「やっぱり今回も、あの連中だったかい?」

 管理の魔女が近くまでやってきてそう聞いた。

「同じ考えだったよ。私たちは傲慢だとさ」

「かーーっ、分かってないね連中は。摂理はこちらにあると言うのに。人間の育成と管理の連中は大変だね」

 管理の魔女は呆れたようにため息を吐いた。彼女は管理整備の魔女だ。その中でも扱うのは人間ではなく植物などの管理をしている。地続きである育成と管理整備

の中でも人間を扱う同胞達に彼女は同情しているようだった。 

「まあ仕方ないさ。人間とはそう言うものだからね」

「厄介なもんだね。人間は自分で思考する生き物だものね。そう言う、私達を排除したいと言う思考が一度出てしまえば、止める術もない。それが奴らを滅ぼすのだとしてもね」 

 管理の魔女が空を見上げる。空のずっと、ずっと遠い場所をその目は見ている。

「あの本を、残された過去を、私たちは捨てられないからな。あれは私達が人間であった証でもあるから、どうしてもな。だが人間の目についてしまえば、彼らの思考は加速する。今は管理しているけれど、いずれ誰の目にも触れないという訳にはいかぬだろう」

「捨てる事も出来ず、隠してもいずれ目に付く。やりようがないね。仮に今、私達を排除しようと言う連中を全て廃棄しても、また出てくるだろうし。まあ、今の段階で根絶やすこと自体、中々難しいところもあるんだが」

 管理の魔女から長い長い溜め息が吐かれた。


 魔女にとっては少し前の話だ。初めに魔女は自然の摂理を侵していると言った子供が居た。純真無垢とは少し違ったが魔女を慕う幼い人間の子だった。あの子供も、本を読んでいた。昔、昔の、ありし日の世界の物語を読んでいた。目を輝かせて物語を読んでいた子供はやがて過去にのめりこむ内に、胡乱げに私たちを見上げた。

 あの子の最初の拒絶の言葉は何だったか。おかしい、だったか、間違っている、だったか。或いは別の言葉だったか。

 子は摂理を否定した。それでも子を育む育成の魔女はただ教え導くだけだ。強制はしない。それは領分ではない。管理の魔女とて、怪我や病気、身体の育成状況を管理するだけで、思考の管理はしない。思考、或いは心については彼女らも導くだけだ。


「私たちはただ生産し、育成し、管理し、廃棄するだけだ」

 魔女はそう言う存在だ。ただ役割を与えられただけのものだ。そう言葉にしてみてふと考えることがある。

 魔女は変わらない。大きく変われない。だから同一の生産と育成と管理と廃棄を行なっている。それで今までやってきた。かの子供から先、魔女を自然の摂理としない考えが生まれたが、その前まではずっと、ずっと世界は変わらずにいた。人間が摂理を侵す事も無かった。

 魔女は摂理ではない、その考えが出てきたのはここ百年の話だ。魔女は変われない。であるならば、変わっていっているのは、人間で。

「まあ、なんにせよ、私たちはただ在るしかないね」

「ああ」

 管理の魔女の声で、思考がこちら側に戻る。

「じゃあ、私はそろそろ行くかね。アンタはどうする?」

「もう少し、ここにいるよ」

「そうかい。じゃあ、中で待ってるよ」

 女が頷けば、管理の魔女は片手をあげてその場を去った。ぼうっと立っていたエイも一拍遅れて後を追う。向かう先はここから見えている庭の奥、牢獄の中だ。

 女は空を見た。かつてあった月は、欠けて行ったという。今、あの空に浮かぶ月はずっとまあるいままだ。

「この庭の中、私たちが月ならば、人間は花だな」

 変わらぬ月、咲き乱れ、枯れ、違う種が再び咲き乱れる花。

 このまま人間が変わり続け何かが歪んで割れ始めるのだとしても、魔女はただ与えられたまま生産し育成し管理し廃棄し、繰り返す他ない。


「主人よ」

 月を見上げ続けていた女を鯉が呼んだ。視線を下せば、鯉が腕を差し出している。

「魔女が皆、集まったようですよ」

 鯉の言葉に牢獄へと振り返る。牢獄の城、四つ立ち並ぶ塔の中、十四の燭台が三塔と七つの燭台が一塔のその火が、すでに四十八灯っていた。まだ火が付いていないのは七つの燭台が並ぶ一塔の一つだけ。あれは女の火だ。

「もう、集まったのか」

「主人が随分と長い間月を見上げていたもので」

「おや、そうだったか」

 女は自嘲し、鯉の差し出す腕に自身の手を重ねた。

「行こうか」

 女が言えば、鯉が半歩先を歩き出す。女もエスコートされるようにして歩き出した。



 牢獄の城は分厚く、硬く冷たい。重い両開きの鉄扉を潜り中に入った途端に、暗い牢へと閉じ込められたような不快感があった。だが同時に、揺籠の中へ横たえられたような不思議な安堵感もあった。

 牢獄の中は燭台が並び、蝋燭の火が中を照らしていた。

 石壁で囲まれた広い空間には全ての魔女が、一番奥の祭壇を起点にしてぐるりと並んでいる。管理と廃棄の魔女に付いている付き従うもの達は、魔女の後ろに控えていた。

 煌々と、蝋燭の火が祭壇を照らす。祭壇の上には神棚があった。神棚だけ木で出来ている。その中から、金に似た橙色の光が溢れていた。

「来たな」

「ああ」

「これで揃った」

 魔女達が頷きあう。女もまた頷いて、己の位置へ立った。鯉は女の後ろへと回る。

「私たちの魔女が殺された」

 生産の魔女が指揮を取る。既に皆知っている事実に、魔女達は頷く。

「故に、黄泉がえりを行う」

 その言葉で、魔女達はドレスの、着物の、あるいは他の装飾の、其々の服を摘んで軽く開くように持ち上げて、お辞儀をした。付き従うもの達は片膝を付き、頭を垂れる。

 指揮をとっていた生産の魔女が列を外れ、祭壇の後ろに回る。表側からは祭壇に隠れたそこには、揺籠があった。

 生産の魔女は揺籠に屈み、中から躯を抱き抱える。躯、殺された生産の魔女だ。柔らかい色のドレスは赤色に塗れ、両目は無く、内臓さえも出ている。彼女は抵抗しなかったと言う。

 生産の魔女は、躯を祭壇に寝かせた。祭壇、小さなベッドのようなそこ。真っ白な祭壇に寝かされた殺された魔女は、手を祈りの形へと組まれた。

 生産の魔女が己の立ち位置へと戻る。そうして。

「始める」

 声が掛けられた。魔女達はお辞儀を解き、手を祈りの形へと変えた。


 光の粒が舞っていた。蛍、鱗粉、火の粉、それらに近い光の粒が、祈りを捧げる魔女達から生まれ、そうして宙に舞っていた。

 光の粒がゆらゆらと揺らぎ、そうしてやがて祭壇に横たわる躯へと集まっていく。ゆらゆら、ゆらゆら、光の粒は揺れて、そうして花に止まる蝶のように集う。

 光の粒が魔女の躯を全て覆った頃、最も眩い光が放たれた。神棚の光だ。光の粒に呼応するように、あるいは流し込むように、神棚の光が横たわる躯に流れ込む。そうして数秒後、光は拡散した。

 光の粒が離れていく。光の下、生産の魔女には傷がない。目も、内臓も、切り付けられ刺された身体も、赤色も、何もない。淡い色の美しいドレスが光の粒が離れる風に乗ってふんわりと舞った。

 生産の魔女の身体は淡く発光していた。それもやがて光が内側へと還っていく。

 魔女達は祈りの形を解き、顔を上げた。付き従うもの達も立ち上がる。

 魔女達の視線は、横たわる生産の魔女に向いていた。


 横たわる生産の魔女の、金色の絹糸のようなまつ毛がふるりと震える。その傍で、胸が上下した。息をしている。

 何度目かの呼吸の後、生産の魔女の瞼がゆっくりと持ち上がった。日差しの色した瞳が下から覗く。

 横たわる生産の魔女は何度か瞬いた。そうしてぼうっと天井を眺めてから数秒後、視線を彷徨わせるように動かして、立ち並ぶ魔女達に向ける。

 生産の魔女は困ったように笑んだ。その拍子に左目から、雫が一滴こぼれ落ちる。それは涙だったのか、生理的に生まれたものであったのか、女には分からなかった。


 淡い色のドレスが揺れる。生産の魔女は起き上がり、祭壇から降り立った。そこには背をしゃんと伸ばした、いつもの生産の魔女の姿がある。

「世話をかけました」

 微笑み礼を取った生産の魔女に、立ち並ぶ魔女達は頷きあった。問題ない、と囁き合う。

「お前を殺した者達は全て廃棄し終えた」

 指揮をとっていた魔女が言う。

 微笑んでいた生産の魔女は、一瞬だけ困ったように眉を下げて、頷いた。


 重い扉が音を上げて開く。魔女達は其々、その場を後にしていく。生産の魔女達も、育成の魔女達も、管理整備の魔女達も、女と同じ廃棄の魔女達も、そうして管理や廃棄の魔女に付き従う者達も皆が皆牢獄を出ていく。

 四十七人、女と横たわっていた生産の魔女を除き、全ての魔女達が出ていった牢獄で、生産の魔女は口を開いた。

「哀れだと思いますか?」

 生産の魔女の顔を見れば、彼女はやはり思った通り微笑んでいた。

「哀れだ」

 女はただ一言そう告げた。

 哀れなのは、人間か魔女か。どちらかとは問われなかった。だから、女もどちらが、とも言わなかった。

「ありがとう」

 生産の魔女はそれでもたった一言の答えで満足したようだった。微笑んで会釈をすると、立ち去っていく。

 女は生産の魔女の立ち去る横顔をじ、と見つめていた。彼女の流した雫の痕はもう消えていた。 


 

 牢獄を後にした女は、庭でぽんと手を叩く。空中に来た時と同様に襖が現れた。

 襖を開き、一歩部屋に入る直前に、女は月を仰ぎ見た。鯉は傍で静かに女を見ている。

「産んで、摂理を侵され殺されて、また同胞の手によって生きながらえる」

 哀れだ。

「摂理の中で生かされていながら、かつての人間と同一だと信じて摂理を侵す人間達」

 哀れだ。

 星は死んでしまった。とうの昔に一度死んでしまった。

 星の外の神が、星を生かしている。四十九人の罪人を管理者として定めて、星を生かすために命を生ませ続けている。生産し続けなければ、育成し続けなければ、管理し続けなければ、廃棄し続けなければ、星は再び死んでしまう。

 摂理を侵す人間達、その願いが叶うとして、魔女が死を迎えるとして、その時はきっと星が死に絶える時だ。同様に彼らの結末も死である。

「主人よ」

 鯉に声を掛けられて、女は思考から引き戻された。

「身体が冷えてますよ」

 女が思っていたよりも長い時間月を見上げていたようだった。

 冷えたところでどうと言うことはないが、鯉は子供のように温かい女を好んでいる。

「戻ろうか」

 女が部屋に入れば、鯉も後に続いた。

 襖が閉まる。


 女はぽん、と手を叩いた。


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罪人達の行方 縁章次郎 @chimaira

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