第3話
「ネーリ。お願いがあるんだが……。あの名簿に名前が載った人たちを、明日から急いで調べる。それで何か分かるかもしれないし、あの名簿に何の意味もないのかもしれない。
いずれにせよ、調査をして、あの名簿が単なるでたらめだと分かっても、あの画廊には詳細を聞きに行くことが出来る。だから、もう一度あの画廊に行くまでは、街に行く時は馬を使って、暗くなっての一人歩きは控えてもらえると助かる。不自由な想いをさせると思うが……」
一頭の馬に二人で乗りながら、道の途中でフェルディナントがそんな風に言うと、ネーリが首を振った。
「ううん。そんなことない。フレディが心配してそういうことを言ってくれてるって、ちゃんと分かるから大丈夫だよ。しばらく気を付けるようにするね。ありがとう。あのね、でも……もし街のことで聞きたいことあったら、神父様に聞けないことでも僕に聞いてくれていいからね。フレディたちの力になれることがあったら、僕も力になりたいから」
「分かった。ありがとう」
フェルディナントが後ろから抱きしめてくれる。彼の体温を背中に感じながら、ネーリは言った。
「あのね、フレディ……今日、皆が聖歌を歌い終わるまで、外で待っててくれたでしょ?」
「? うん」
「前にも言ったけど、子供たちの側だと、君は腰の剣を後ろにやってくれたり、僕がいなくても、時々教会の方を寄って帰って来てくれたりしてるのも、神父様から聞いて知ってるんだ。ぼく、君のそういう優しいところ、とても好きだよ」
何を言われるのかな、という顔をして聞いていたフェルディナントが、赤面する。
いつもながら、ネーリの言葉は率直だ。
「そ……、そうか。……でも、普通のことだよ、それくらいは」
そんな風に言ったフェルディナントの言葉に、ネーリは微笑む。彼は、それが普通のことだと思うような、育ち方をしてきたのだと思う。幼い者や、力のないものは守ってやり、優しくしてやらなければならないと。彼は騎士としての教育も受けているけれど、きっとその中に、滅び去った【エルスタル】の、家族に教えられた、そういうものもあるのだと思う。優しくすることは、普通のことではないのだ。そう出来る者にはそう思えても、そういう人間ばかりではない。
優しく出来るって、きっとすごいことだ。
イアン・エルスバトが、母親や家族の話をしてくれた。会ったことはないけれど、話に聞いたスペイン国王も王妃も、イアンの両親だ、ということが分かるような人柄を感じた。
だとすると存命しているというフェルディナントの母親は、どういう人なのだろうか?
ネーリは想いを馳せる。
(きっとフレディのお母さんなら、品があって、穏やかで、優しい人なのかなあ)
聞きたかったけど、その時は聞けなかった。
今一緒に暮らしている人ならどんな人だと聞いたけれど、本国でも、体調が思わしくないので療養の意味で、王都ヴィ―ナー・ノイシュタットからは離れたところで暮らしていると、以前聞いたことがある。きっと口に出さないだけで、フェルディナントは心配していると思うし、思い出すのは辛いかもしれないからだ。
母親……。
誰にも、母親というものがいる。
ネーリは母親の顔を覚えていない。どんな人かも、あまり覚えていない。
身体が弱く、儚げだったことだけ、何となくイメージとして覚えている。
彼女はヴェネト王妃の実妹だったけれど、祖父の話では姉とも全く似ていなかったようだ。彼女と母親が似ていないかもしれないということに、どこか、ホッとした。
自分の母親も、優しいひとだっただろうか?
自分の母親のイメージはあまり湧かないけれど、フェルディナントの母親のイメージは、何となく湧く気がした。
フェルディナントに何かがあれば、きっと彼女は深く悲しむだろう。
(僕だって嫌だ)
フェルディナントには、無事で、神聖ローマ帝国のみんなと、平穏に生きて欲しい。
ネーリは祖父がいなくなったあと、周囲から人が消え、幸せを願うような人たちが、いなくなってしまった。もちろんヴェネトの人々には、幸福でいて欲しいとは思い続けて来たけど、解散した【有翼旅団】の人達だけが、ネーリが自分自身の知り合いとして、どこかで、ずっと幸せにいて欲しいと思う人たちだった。
でもフェルディナントには同じことを思う。
その時気づいた。
いつしか、この人を失いたくない人だと、思うようになった。
今までは目的もなくただヴェネトの闇に暗躍し、ヴェネトの敵を殺してた。
でも今は、フェルディナント達の力になりたいし、彼らを守りたいと思った。
ヴェネトの地に、フェルディナントと共に集った竜騎兵団の人達が、一人も欠けることなく、いつか愛する母国に、帰って欲しい。
(そのために僕も、何かがしたい)
力になりたいんだ。
【終】
海に沈むジグラート37 七海ポルカ @reeeeeen13
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