第2話



 アトリエに入ると、長い脚立の上にネーリが上り、【エデンの園】の絵を見ていた。

「ここにある絵、また数枚駐屯地に持って行ってもいいかな?」

「うん」

 振り返って、ネーリが笑って頷く。ここにある絵はフェルディナントが全て買ってくれたから、すでに彼に所有権がある。それでもフェルディナントは一度に駐屯地に移動させるのではなく、時々立ち寄って、数枚ずつ駐屯地に持ってきたりしていた。

 一気にネーリの絵がここから無くなったら、教会に来る人々も寂しいだろうから、と前に言っていた。

 ネーリは脚立に頬杖をついて、絵を見上げている。

「……フレディはこの絵が一番好きなんだよね。これを描かなかったら、僕のことなんか探さなかったかな?」

 それはないよ、とフェルディナントは笑う。

「確かにその【エデンの園】の絵には衝撃を受けたけど、好きなのはそれだけじゃない。

ここにある全ての絵が素晴らしいから、こんな絵を描くのはどんな人なんだろうかと絶対に興味を持ってた」

 だからきっと、彼とは出会った。

 ネーリが絵を描く限り、彼との運命は決して離れたりはしない。

「神父さまから話を聞いた?」

「ああ。あの名簿には何かあるようだ。念のため、他の名前も調べてみる」

 ヴェネトに住まう人々を調べるには、特に王都ヴェネツィアは大半の人間が関わっているヴェネツィア聖教会の名簿を調べるか、行政に記録された名簿を調べるか、過去の警察関係の資料を調べるか、その三つになる。

「……うん。何があるか分からないけど……。気を付けてね、フレディ……」

「俺は大丈夫だよ」

 フェルディナントは笑った。そして脚立にいつまでもしがみついているネーリに向かって、地上で腕を広げて見せる。

「ほら、帰るから降りて来い」

 振り返ったネーリに、笑いかけてやる。

「ネーリ、心配するな。ヴェネツィア聖教会の名簿を見る必要があっても、神父様にそれを頼んだりしない。これは殺人事件の捜査だから、巻き込む人間は危険だ。全て俺たちの手で調査はする。神父様やこの教会に危険が及ぶようなことは絶対にしない。まずは行政と、過去の警察や守備隊関係の資料で探してみる。イアンが今、王城にいるから、もしかしたら協力を頼めるかもしれない。安心しろ。神父様には名簿の中で知っている人間がいるか聞いただけ。それ以上のことを何か頼む気は無いよ」

 何も言わなかったのに、そんな風に言ってくれたフェルディナントに、ネーリが上の方で、嬉しそうに目を輝かせた。


 ――こいつは本当に、自分の周囲の人間が傷つくことを恐れるんだなあ。


 ゆっくりと脚立を降りてきたネーリを、残り数段の所で抱き留めてやった。


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