海に沈むジグラート37

七海ポルカ

第1話


 教会が見えて来ると、いつもの明かりが天窓から見えた。

 駐屯地はもう我が家という感じになったが、ヴェネトにいてこの教会だけは、視界に入るとホッとするようになった。そこにいる人たちの顔が、浮かぶからかもしれない。そしてあの、居心地のいいネーリのアトリエがあるから。ほんのりとした優し気な明かりが、フェルディナントを安堵させる。

 入り口が見えて来た。礼拝の時は外にもランプが掛けられているが、今は外されている。

礼拝は終わったのだろう。通りは静かだった。ネーリが待っているはずだ。

 ――と。

 オルガンの音が聞こえて来る。それに合わせて、子供たちの声が聞こえた。聖歌を歌っている。馬を止めて、繋ぎ、入り口から中に入ると、礼拝堂の前の方に十人ほどの子供が集まって、ネーリが弾くオルガンに合わせて子供たちが歌っている。

 もう時間は十時近い。

 こんな時間まで教会が子供たちにそうさせることはないので、子供たちが教会に居たがったのだろう。ここに集まる子供たちはみんなここから家が見えるほど近くにいる子供たちばかりだ。両親が共働きをしていたり、遅くまで留守にしている家もあるので、その間教会に集まっているのだ。兄弟のようにみんないつも一緒に暮らしている。これならば、寂しく思う暇もないだろうな、と思った。

 フェルディナントは歌の邪魔をしないよう、入り口で待つことにした。

 開いた扉に寄り掛かって、オルガンを弾きながら子供たちと一緒に歌っているネーリの横顔をそこから眺めた。負傷してから久しぶりにここに戻って、彼らと再会したネーリも、安堵した柔らかい表情をしている。

 元気いっぱい走り回っている事が多い子供たちだが、礼拝の片づけをして、お菓子を貰い、最後に聖歌をみんなで歌ってから帰るというこの礼拝日の一連の作業は、気に入っているらしく、いつも文句を言わず楽しそうにやっているのをよく見る。

 ここは小さい教会だが、子供たちからはこの聖堂を親しむべき遊び場にしながらも、教会での過ごし方に対して、尊重する気持ちがきちんと伝わって来ることに、フェルディナントは感心する。きっと家に帰った親が、子供を預かってくれる教会や神父に対して、きちんと感謝の気持ちを持ってそれを子供に伝えているからなのだろう。

 聖歌の最中、礼拝具を側で静かに磨いていた神父がフェルディナントに気付いたが、彼は歌が終わるまではここにいます、という風な仕草を見せたので、神父は穏やかな表情で頷き、作業を続けた。


◇   ◇   ◇


「あっ! フレディだー!」

 歌い終わった途端、目ざとく少年の一人が振り返って、見つけた。

「ショーグンだーっ!」

「フレディ見てー! ネーリが描いてくれた!」

 子供たちが駆け寄って来て、紙を何枚か見せてきた。竜の絵が描かれている。ネーリの絵だ。一目で分かる。丸まって眠っている姿、起きて欠伸をしている姿。飛んでいる姿に、人を乗せる瞬間の身構える姿。四枚だ。数時間で描いたのだろう。さすがである。

「竜の絵か。さすがに上手いな」

 フェルディナントが誉めると、手にした子供が何故か、自分が誉められたみたいに胸を張って嬉しそうな顔をした。

「竜もこうやって眠るのね。うちの猫もこうやって尻尾丸めて日向で寝るのよ」

「ネーリはいつも側で竜を見てるって! 竜ってそんなに近づいても大丈夫なの?」

「でも僕が入れるくらい口大きかったよ?」

「ネーリは大人しい子もいるって言ってた」

「皮膚が固いって聞いたけどどれくらい固いの? 触ってみたい」

「フレディ今度竜また連れてきて!」

「この子フェリックスって言うの?」

「また会いたい」

 子供たちの口から次々とわくわくした言葉が溢れる。

 触られても優しいのはネーリに対してだけなんだよと言っても、分からないだろうなあ。

 しかし、ヴェネトでは大人でさえ竜など珍しいのだから、好奇心旺盛な子供たちは、それは興味を引かれる気持ちは分かった。

「さぁみんな、家に帰る時間ですよ」

 神父が頃合いを見て、フェルディナントにじゃれている子供たちに話しかける。

 わいわい言っていた子供たちが「はーい!」と元気いっぱいに返事をし「またねーっ!」と手を振りながら、教会から出て行った。

 一番家の近い子は、本当に教会の向かいの食堂である。

「ただいまーっ!」

 という声まで聞こえてきて、フェルディナントも笑ってしまった。

 他の子供たちも、緩やかに曲線を描く通りのそれぞれの家へと戻って行った。

 フェルディナントと、ネーリと、神父の三人でそれを見送る。これだけ近ければ、確かに親は安心だろう。子供たちの気配が去ると、途端にあたりがしん、と静かになった。

「フェルディナント殿、わざわざネーリを迎えに来て下さり、ありがとうございます」

「あ……いや、私もどうせ駐屯地に戻るので」

 フェルディナントは答えたが、駐屯地へ行くにはこの通りは、回り道であることを知っている神父は微笑むだけだった。

「寒くなってきましたね。奥で火を焚いていますから、紅茶を淹れましょう」

 ネーリが嬉しそうな顔をする。

「指が寒くてオルガン上手く弾けなかったよー」

 両手の指先を擦り合わせて笑ったネーリの手を、フェルディナントはしていた手袋をわざわざ外して、自分の手で、彼の手を包み込んだ。温かさが伝わってくる。

「そんなことはない。いつも通り、上手だったよ」

 ネーリは目を瞬かせてから、ありがとう、と小さく言った。

 冷たい風が入って来るので、さすがに扉を閉めた。

「そうだ。フレディに見せたいものがあったんだ」

「?」

「今日ここに来たら神父様がこれを見せてくれたんだよ」

 作業が出来る机の側に椅子を用意し、ネーリが子供たちの絵を持って来る。子供たちの絵だが、フェルディナントでも何を描いているのか分かった。笑っている。

「どうしたんだ、これ」

「フェリックスなの。色で分かるよね」

「うん。あいつ白っぽいからな」

「フレディこの前の【アクア・アルタ】で街を心配して竜で見に行ったでしょ。道が水没しててしょうがなかったから」

「ああ」

「ぼく知らなかったんだけど、あの時フェリックス、水が入って来ないように土嚢の前にじっと座って民家に水が入るの防いでたんだってね」

「あいつ大きいからな。座るだけで土嚢と同じ働きが出来る」

「あの時にみんな見てて、大人しいし偉いなあって感心したみたいだよ。僕も最近絵を描きながらフェリックスといること多いけど、あの子たちってほんとに、人の動きを見てるというか……人間を見てて、その人が次何をしようとしてるのかな、とかいうことを理解しようとするよね? 僕が重い足場動かそうかなーってすると、フェリックスそれまで寝てたのにちゃんと起きて頭でぐいぐい押したりするんだよ。子供たちに話したら、みんなびっくりしてたよ。動物、っていうよりは本当に、人間の子供に近い感じする……。

まだ知らないことがたくさんあって、それを知りたい好奇心もある。でも躾けを受けてる騎竜は、その好奇心をちゃんと押さえる術も持ってて、子供たちみたいに自由に走り回ったり飛んだりはしないけど。でも彼らの本質はもしかしたらそっちなのかもしれないね。

下書きの段階だと何も言わずに見てたけど、色がついた瞬間ものすごい嬉しそうな声で鳴いてたし……」

 フェルディナントは絵を見ながら、笑っている。

「竜ってああいうカッコよくて厳めしい外見してるから、あんまりそういう風に見えないけど」

 確かに、子供たちは竜など見たこと無いはずだけれど、よく描けている。

 竜の身体の色はかなり個体差があるが、フェリックスはその中でも更に特徴ある白みが掛かった個体なので、ここに描かれているのがフェリックスだということは一目で分かる。

 その時の状況にもよるだろうが、そこに描かれているフェリックスは翼を閉じたり、広げたりしているけれど、ほぼ蹲った状態であることにネーリは笑った。きっと、こうやって本当に水が入って来ないようにと、蹲ってジッとしてたんだろうなあ。

 歩き回ると怖がられるから、なるべく目立たないようにしていたんだろう。

「フェリックスってかわいいね」

 お利口な子供みたいだ。

 絵を見ながらネーリが微笑っていると、神父が戻って来た。

「子供たちはすっかり竜に夢中ですよ」

 彼も笑っている。

「飛んでる姿を見せてあげたいなあ」

「神聖ローマ帝国では、竜は市街の上空を飛べるのですか?」

「はい。神聖ローマ帝国において、彼らが飛ぶことを許されない場所はありません」

「そうなのですか」

「今では海上での飛行訓練が許可されたけど、来たばかりの時は飛ぶのも許されてなかったもんね。フレディ、竜の状態をすごく心配してたの覚えてるよ」

「あんなに長いこと飛べないことは本国では基本的にはないからな……ただ、あいつらは騎竜だから、戦場では作戦によっては、しばらく待機することもある。まあそれでも数瞬間だが。一月以上飛べないってことはないから、精神的におかしくなる個体が出ないかは心配だった。あいつらにとって飛ぶことは、騎士が日々剣の技を磨くようなものなんだよ。一日、二日ならどうということはないが、一週間以上剣を振るえないとなると段々不安になって来る」

「飛行訓練の許可が出て、本当に良かったね」

「ああ」

「さぁ、温まりますよ」

 神父が二人に紅茶を淹れてくれた。

「ありがとうございます」

「フレディ、いま少し平気かな? 神父様に、あの名簿のこと聞いたら、お話しがあるって。神父様、ぼく、アトリエにいますから」

「悪いですね、ネーリ」

「いえ。久しぶりにアトリエの絵も見たいので」

 ネーリが去って行くと、神父は早速、切り出した。

「名簿のことを、聞きました。殺人事件の捜査上で手に入れたものなのだとか」

「はい」

「シュキン・ベルメットのことなのですが、確かにヴェネツィア聖教会に属していた修道士です。私を訪ねて、よくここに出入りしていました。あの名簿は、形式上はオークションの記録に見せていますが、ネーリは物を競売で競り落としたことはありませんし、シュキンの人柄も私は知っていますが、彼も清貧を僧侶の旨とし、派手な購買などはする人ではありませんでした。若い修道士でしたが、なんというか、弁えていました」

「そうですか……。ネーリの名があった時点で、我々としては、あの名簿はでたらめの記載がされているのではないかと考えています。単なるでたらめであるのならともかく、その裏に何か別の情報が隠されている場合、どうしても追求しなくてはなりません」

「そのことなのですが……将軍」

 神父は少し声を落した。

「他のページも念のため、目を通しました。案の定、私が知っている名が他にもありました。主にヴェネツィア聖教会の修道士ですが、中には聖歌隊や、教会に通われている民間人もおります。ここに私の知る名前を、書き留めておきました」

 紙を手渡されて、フェルディナントは驚いた。

 八人。

「こんなに? ……では、この名簿はなにかヴェネツィア聖教会に関わるものなのでしょうか?」

「それが、そうではないようなのです……。この八人は、実はこの十年ほどの間に聖教会に属し、行方不明になって辞められた方たちなのです」

「え?」

 手元の紙を見る。

「無断で、籍を離れられた方、と言うべきでしょうか。ヴェネツィア聖教会は、戒律自体はさほど厳しいものではありません。人の暮らしに寄り添っていますし、節度ある日常生活を送ることを心掛ける、そういう範囲だと思っています。修道士としての公務や修行の中には、辛いものもありますし、そういう立場においては一般人とは、一線確かに引いて、日々を過ごさなければなりません。僧侶は人の苦しみを聞き、受け止める立場です。求められることが中には重圧になる方もいます。ですからそういう意味では、志していながらも、道半ばで教会を去られる方も珍しくはない。

 信仰を持ち、祈りを捧げる民間人とは、少し事情が違うのです。

 しかし、我々はそういった方たちの意志も、尊重するようにしています。

 大抵は、話し合いの結果、去ります。

 最後は穏やかなものですよ。私も、別の土地で新しい人生を始める方を、何人も見送って来ましたが、決して嫌なものだということではありません。籍を離れても、未だにこの教会を訪ねて来て下さる友人もたくさんいます」

 厳格に内部と外部を区別するような教会もあるだろう。

 それは任された神父の人となりによるものが大きい。

 ここの教会を管理する神父は、訪れる人々を差別しない、寛容な人だった。

 ネーリも、かつてヴェネトを放浪していた時に、たまたま立ち寄ったこの教会に居心地の良さを感じて、そのままここに留まるようになったほどだ。

「それでも、何も言わずに教会から姿を消し去る方はいます。お恥ずかしい話ですが、お布施を無断で持ち出したり、聖職の身でありながら、賭け事や、飲酒や、夜遊びから離れられず、結局逃げるように去るしかなくなる者もいる。

 ただし……私が知り得る限り、そこに書いた八人の方は、そう言った者とは違うように、私には感じられました。信心深いですが、聖職を志すのにふさわしい、穏やかな性格の方ばかりです。人の人生において、何があるかは分かりませんが、それでも別れる時も、きちんと話をして辞められる方たちだと、私は思っています。だからその方たちが姿を消した時、私は妙だと思いました」

 うっすらと、神父が何を言おうとしているのか、朧気に分かって来た。

「神父様から見て、この八人に何か共通点はありますか?」

「私もそれをずっと考えていたのですが、八人とも比較的、若い方です。ほとんどがニ十歳前後。ようやく各教区に助教として派遣された、そういう方ですね。

 それから、……身内を亡くされてたり、遠くの国におられるという方もいます。

 私がこの方たちの失踪を聞かされた時、別の国の家族と暮らしたくなったのだろうと、そう自然に思い、海を渡ったはずだと思い込んだ理由も、そのことが関わっています。彼は十二歳で、小さい頃に親を亡くしている。教会に身を寄せて暮らし、聖歌隊に属していました。他に身寄りはありませんでした。教会の者たちが、家族のような存在だった」

「……」

 ネーリもそうだ。彼も家族がいない。

「シュキンも流行り病で幼いころ、家族を全員亡くしました。教会で育ち、自分と同じような境遇の子供たちを、一人でも多く救ってやりたいと、よく話していましたよ。彼は出世は望んでいませんでしたが、自分の教会を持つことが夢でした。ネーリの絵も大好きだった。人に希望を与える絵だからと。いつか自分が教会を持てたら、絵を飾らせて下さいと楽しそうに話してた。何も言わずに教会を去る人ではないように思います」

「……そうですか」

「フェルディナント将軍。この名簿に載る、他の方も、一度現在どう暮らしているのか、お調べになった方がいいかと思います。そのことをお伝えすべきだと思って、今日お待ちしておりました」

「……何らかの犯罪に関わる名簿だと思われますか?」

「……そうでなければいいと思っています。私は、無断で籍を離れられた方々を責める気持ちはありません。言い出せないほど、真剣に信仰の道と向き合って悩まれ、去られた方も中にはいらっしゃるだろうと思うからです。

 ですが、恐ろしいのは、彼らの真摯な信仰の道が、別の人間の邪な意志で、本人の意志に関係なく閉ざされていた場合……。そこに書かれている彼らの、現在が心配です。それに……名簿にはネーリの名があった」

 そうだ。

 そうなのだ。

 この名簿に何か重要な意味があるのだとしたら、それこそ最も由々しき問題だ。

 何か犯罪に巻き込まれた人々の名だとしたら。

 怪我をした、ネーリの身体を抱き起した時の記憶が蘇る。

 彼の血を、感じた時のことを。

 その恐怖を。

 あんな想いは、二度としたくないし、勿論彼にさせたくもない。

「……何か不安が過るのです。ネーリは……不思議な子で、幼いころから何か大きな、不幸な運命が彼の周囲にあり……しかし、その中でも彼は強く、穏やかに生きていく、そういう力と才能がありました。それでも彼は今もまだ一人です。明確な居場所がなく、彷徨っている。ネーリには不幸の影を振り払う、光の力がありますが、……同時に、光あるところには影もまた、生まれるもの。あの子の周囲には多くの光を感じますが、同時に幾重にも包み込む、影のような存在も感じるのです。

 あの子も恐らく、それを感じ取っている。

 あの子が家族を望めば、きっとそれは出来るでしょう。多くの人に愛される人ですから。

 本当は、画家として、もっと世に出ることも出来るのです。でもあの子は、それを掴みたい気持ちは持っていても、躊躇っている。きっと自分の周囲にある、そういった深い影の気配を、幼いころから感じて来たからではないでしょうか。あの子にとって周囲の人々は、愛する人々。そう思えない人も世の中にはいますが、ネーリはそうではない。あの子は愛する人々を、自分の周囲の影と、対面させたくないのです。だから一人でいようとする」

 フェルディナントは驚いた。

 それは、彼自身がネーリと向き合うようになって、感じるようになったことと同じだったからだ。神父は穏やかな人柄で、人間の暗がりを、あまり追求しないひとだとフェルディナントは感じていた。でも今話を聞く限り、そうではないことが分かった。

「人間の側にある影というものは。……必ずしも直ちに取り払えば、それで全てが幸せになる、そういうものではないのです」

 神父はフェルディナントの心を読むように、静かにそう話し始めた。

「もちろんその影が、明確にその人を不幸に陥れるものならば、取り去ってやるべきでしょう。ですが、影には影が生まれた理由がちゃんとあり……そこにある理由もまた、あるかもしれないのです。必要だから今は、そこに在るのかもしれない。

 その影を振り払うために、必要となる力をその人が得る時、その暗がりどころかもっと大きな闇さえ消し去って、歩いて行けるように、その為に今は静かに寄り添っているのかもしれない。影があるからこそ、光を望むようになる、人にはそういうこともあります」

「ネーリの才能がヴェネトにおいてすでに認められ、王宮に出入りするような人であったなら、私がこの国に来た時、出会うことはなかったでしょうね」

 神父はそんな風に言ったフェルディナントに、優しい表情を向けた。

「貴方は、人の世の影を、知っておられますね。フェルディナント殿。貴方はお若く、それでも国において地位も名誉もすでに得られている。しかし、貴方は理解出来るのです。

どんな善人や、優しい者や、多くの人に施しを行うような慈悲深い方でも、彼らの本質に関わりなく、この世の影が全てのものに降りかかる可能性があることを。影を持つ人間が、闇のものであるとは限らないことを、貴方はご存じだ」


 ……確かに知っている。

 国を一夜で滅ぼされた。

 あの砲撃を受けたことが、【エルスタル】への天罰などと、決して思いたくはない。

 あんな死に方をしても、正しい、優しい魂を持った人たちは、あの場所にはたくさんいたのだ。


「わたしは思うのです。ネーリは、人々の心を惹き付ける絵を描きます。あの子はまだ若いですが、彼のあの光を描く力は、きっといつか、多くの人々を救う時が来る。……ですから、貴方がもし望んで下さるなら。貴方はヴェネトの方ではない、ネーリという存在を、守るべき家族でもない。貴方には守らねばならない神聖ローマ帝国の人々がいて、この王都ヴェネツィアの人々も、任務上ではまた、そうなのでしょう。それでも貴方は、ネーリが初めて、側にいたいと望んだ方だ。守っていただきたいのです。あの子のことを」

 書類を閉じて、フェルディナントに返した。

「この世の影を理解する貴方なら、ネーリを包み込む影に触れ、光へと変えることも出来るでしょうから……」



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