第九話「輪廻」
時は平安。人は眠り、物の怪が動き出す
その様子を山猫がじっと見ている。
(人なのか……。人の子に似てる。だが、空から降ってきた。物の怪か。ここは私の住処だぞ。少し様子を見るか──)
朧な白い影は気配を感じ振り返る。
(気付かれた。鋭いな。おい、堂に入るな。はあ、仕方ない。今日は別の場所で寝るとするか……)
風が吹き、木々がざわめく。
村人達が山猫堂と呼ぶ、人ひとり住んでいない私の寝床に入る少年を、半ば呆れながら、ただただ静かに眺めていた──
数ヶ月後。朝陽を浴び、少し光を帯びた白髪の少年を眺めていると、いつものように話しかけてきた。
「凛、おはよう」
いつの間にか‘‘凛’’という名で呼ばれるようになっていた。まあ、意外と気に入っているのでそれは問題無い。だが、この少年は偶にじっと見てくる。それが少し煩わしい。
『私はいいから、早くいつもの稽古しろ』
凛は呆れたようにひと鳴きする。
午後になると少年は目を瞑り座する。暫くの間静かなので‘‘助かる’’。
その後、目を開けた少年は風を切るように手足を動かす。
この‘‘動き’’は美しいので見ていて飽きない。私にも二足歩行出来る手足があれば、あんな事が出来るのだろうか。そんな事を思いながら目を閉じ、太陽の光を浴びる。温かく心地良い時間だ。
日が沈む。青が顔を出し、紺が辺りを染める。一筋の白光が地に注ぎ、中から頭に布を巻いた男が現れる。凛は既視感を抱く。
(また誰か降りてきた……)
その男は白髪の少年と少し話をした後、距離を取り、急に闘い始める。
(物の怪界隈で流行ってるのか。それにしても彼らの動きは美しい。つい見惚れてしまう……)
一通り闘い終えると二人は堂へと向かう。少年は変な踊りを踊りながら向かう。いつもより楽しそうに見える。
(何だあれ。男も困惑してるぞ。しかしまた一人増えた。もう別の寝床を探すか……)
数週間後。森の中から姿をあらわした凛は道の向こう側を見ている。
(身体が少し重い。雨が降る……。あの洞穴までは少し遠いが、今宵はそこで寝た方が良さそうだ……)
目の前を巨大な何かが走り去る──
(何だ。牛?、馬?、物の怪か。何かを乗せていたような…….)
数秒後、数頭の馬に乗った人間達が後を追う──
「兄者! あの娘が手紙に書いていた事は本当だった! ‘‘
「ああ、だが問題は城じゃない。そこにいる‘‘鬼’’だ」
「他にも兵が何人かいるらしいよ」
「お前は後ろから弓で援護しろ」
「我等が先に斬り込む」
「抜かりなく行くぞ!」
『おう!』
(何やら騒々しいな。私に何かできるわけでもないが、山のことは気になるし、鬼という生き物も見てみたい。少し様子を見て、人間が劣勢なら早めに立ち去るとするか)
凛は彼らが通った跡を追う。暫くすると雨が強くなり、湿気を含んだ重い空気に包まれる。そして、奥から叫び声が聞こえる。
凛は体の重さを感じ立ち止まる。
(嫌な予感がする。引き返すか……)
踵を返し、走ろうとすると、辺りの異様な暗さに気付く。黒い邪気も感じる。
(いつの間に……。物の怪の仕業か。いや、雨のせいで月明かりが消えただけ。なら城の明かりがあるこっちか……)
奥から男達の叫び声。やがて静かになり、ただ雨音だけが響いている。
凛は疾走る。上へ。淡い光の射す方へと──
森を抜けると数人の人間が倒れ、手前に三人、少し前に一人、奥に三人の人間が対峙していた。
「忌々しい女だ。客をたぶらかし検非違使を呼ぶとは。お前はなぶり殺しだ!」
娘は刀を構える男の後ろで震えながらも声を振り絞る。
「お前がしたことは絶対に許さない!悪は必ず滅びる! いや、我が滅ぼす!」
最奥の男は嘲笑う。
「これはお前の力ではないぞ。人に命を懸けさせ、遠くから罵るだけか? ほら来い、一騎討ちしてやろう。私が憎いのだろう?」
娘は拳を握り、恐怖と怒りに震えている。
男が続ける。
「それに乙。私が気付かないとでも思ったか? お前が手引きをしたな? 裏切りは許さん」
「魔呂様、わらわは……」
魔呂は乙を後ろから蹴り飛ばす。乙はもう一人の検非違使の前まで転がり、起きようとした瞬間、黒い目をした男が乙に矢を放つ──
「くっ!!」
乙の前にはその検非違使。矢を体に受けるが仁王立ち。
「
刀の男が一歩踏み込んだ時、二本の矢が放たれた音が響く。黒い目の男の左胸には矢が刺さっている。そして、刀の男が振り返ると……。
「
「兄者……」
手前の‘‘弓の男’’の左肩にも矢が刺さっている。刀の男は女達をさらに後ろに下げさせる。
「(全員まだ息がある)……すぐ終わらせて手当てすれば間に合う──」
刀の男は刀を鞘に収め、深く構え、気を高める。
一方、魔呂は苛立ちを隠せない。烏帽子を投げ捨て、髪を掻きむしり、黒い目の男を執拗に踏みつけている。
「はあ? 十人以上はいたのに。奴らは五人。倍以上だぞ。どいつも使えない。使えないなっ!」
麻呂は刀の男を睨み、自らの刀を小刻みに振り、歩き、止まり、一瞬微笑んだかに見えた直後、急にこちらに走って来た。
「殺す。お前達は私が殺す!」
「我が名は
一和は深く呼吸をし、一点集中する。
二人が交差する──
「何だー? 何をした? 痛くもかゆくもないぞ。痛……」
ボトンと落ちる着物の袖。中から赤い液体が流れ出る。
「私の腕が!? 腕がないぞ! 痛い! 痛い! 血が止まらん……助けろ! 誰か私を……!」
魔呂は気を失い、倒れ、痙攣している。
一は血を払い、刀を紙で拭き、鞘に収め、周りの状況を確認する。
動きが止まる。
(私の方を見て驚いているな。確かに山猫にしては大きいし、この状況だとそうなるか。邪魔にならぬよう立ち去ろう……)
刹那、凛の背後から黒い邪気。一瞬で首を絞められ、体を浮かされる。
(うっ……。息が……)
意識が遠のくギリギリで加減され、生かされる。反抗する力も出ず、どうすることもできない。
「偶様。魔呂がやられました。後始末は私が……」
「待て
「了解しました」
漆黒の者は凛を捨て、刀の男と対峙する。
(この者達は何者だ? 人の姿をしているが、おかしな衣を着て、異様な面をつけている……。嫌な予感しかしない。やられる前にやらねば。皆を生かさなければ──)
一和の間合いに肆黒が入る。同時に金属音が響く。手を動かせる女共は耳を塞ぐ。
刀が滑る。斬れた感触がない。初めての感覚で気味が悪い。
「そういう事だ。人間では斬れぬ。傷を付ける事もできない。故に、人が宙人に勝つ事はない」
一和は関節、繋ぎ目、隙間等を狙い何度も斬りつけるが全て躱される。
(斬れぬ……なら、全員生き延びる術を考えろ。まずはあの娘を逃がし……)
「うぐっ!」
「もういい。今の私は以前よりも強くなっている。戦闘データ、装甲、速さ、力、全てだ。白虎にも負ける気がしない。名も声も頂いた。即刻、任務を遂行する──」
肆黒は一和を前蹴りで悶絶させ、彼の口に手を当て眠らせる。
「皆、逃げろ……」
肆黒は人には見えぬ圧倒的な速さで他の四人も同様に眠らせ、片手で次々と中央に投げ捨てては雑に積み重ねた。
「偶様、魔呂と女は……」
「連れ帰る。男四人と女は傀儡、魔呂と刀使いは
「仰せのままに」
黒き者が私と娘に近付く。金縛りで動けない。かろうじて発した叫び声にならない小さな鳴き声は雨音にかき消される。私は死を覚悟した──
「化け物め! 出ていけ!」
咄嗟に娘が凛の前に立ち、石を投げ、黒き面に当てる。娘は一瞬凛を見て、手で‘‘逃げて’’と合図する。
「それがどうした。声が震えているぞ」
肆黒が距離を縮める。娘は震える拳を握りしめ、肆黒を睨みつける。
「その目、私が最も忌み嫌うあの時の目だ。お前もか!」
肆黒の周りに漆黒の邪気が充満する──
その時、奥にいた褐色の者が言葉を発した。
「待て肆黒。その娘の正義感、諦めない目。あの餓鬼と少し似てる。殺すのは止めだ。そこの動物と‘‘混ぜる’’。さらに闇角も付ける。人間で‘‘
「了解しました。寅が来るといいですね(白虎の弟子は皆殺しだ)」
「そうだな。寅でも何でも、干支の力がこいつら以上ならお前が殺れ」
「はっ」
漆黒の邪気を抑えた肆黒は娘に近付き、視線を逸らすかのように、雨と涙で濡れた頬を平手打ちする。
「命があるだけ、ありがたいと思え」
娘の瞳から大粒の涙が流れ落ちる。
「お
その様子を見ていた凛は大きく口を開けて叫ぶ……が声が出ない。
(クソっ! 私に人のような手足があれば。あの刀を振るい、時間を稼ぎ、娘だけでも逃がす事ができるのに……無念)
肆黒は気を溜め、大きく柏手を打つ。二人の心の臓が止まる程の音が、薄暗い闇の中で鳴り響く──
(はっ! 何故今更あの時の事を……)
‘‘凛’’は
目の前には頭に布を巻いた坊主。
(意識はある。見える。なのに、この呪縛のせいで体が動かない)
(このままだと地面に叩きつけられると同時に追撃が来る……)
(……動け! 奴らの好きにさせるな! 解放しろ! お前の体だろ──
地空の掌がそっと女の顔に触れ、足を刈ると同時に──
空月斗伝 地禅 @topaz_jizen2025
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