初雪
おおきたつぐみ
初雪
十一月始めの冷え込んだ月曜の朝、テレビの天気予報で初雪の予報が出ていた。
「ねえ、今日夕方から初雪が降るみたい。最高気温も七度だって」
器用にパンを食べながら化粧をしている
「えー、初雪かあ……まだ霜柱も見てないのに、早すぎない?」
「聖は相変わらず霜柱が好きだよね」
かがりは思わず笑いを漏らした。そうだよ、と聖も笑いながら呟く。パウダーチークを筆でひとはけした頬がふわっと桃色に色づき、淡く光を放つ。
聖は今年二十七歳になったが、肌の張りも髪の艶も眩しいほどで、かがりはしばし横顔に見とれてしまった。教職ということもあり聖は髪も染めず、長めの前髪を横わけにして垂らしている以外は後ろで無造作に結び、薄化粧でシンプルな服装しか着ない。それでもほんの少し手を加えただけではっとするほど美しい。四十二歳のかがりに比べればまだまだ若いけれど、二十代後半になり落ち着いたたおやかさが加わって、もっと魅力的になった。
「カイロあるっけ? 学校が冷えるから持って行こうかな。かがりは?」
「私も持って行きたい、週明けって会社がすごく寒いから。確か前の冬の残りがあったはずだよ」
ふたりで寝室に行き、クローゼットの季節物をしまう引き出しを探ると、夏ものの帽子や春もののストール、冬用の手袋やニット帽子の底の方から衣服に貼るカイロが三つ見つかった。
「貼るのしかないんだね。じゃあ、仙骨のところに貼ってくれる?」
聖が薄い紺色のセーターをたくし上げながら背中を向けたので、かがりはグレーのウールパンツのウエスト部分を引っ張ると、カイロを背骨の一番下辺りにタンクトップの上から貼り付けた。ここに貼り付けると温まるよ、と聖に教えたのはもう何年前のことだろうか。冬になるたび、聖は律儀に同じ場所にカイロを貼り続ける。
「ありがと。さ、かがりも後ろ向いて」
振り返った聖にカイロを手渡し、かがりはふんわりした白いモヘアのニットをたくし上げた。貼り付けたばかりのカイロはまだ冷たくて、鳥肌が立つ。
「……ねえ聖、今日も残業?」
背中を向けたままかがりはそう尋ねた。
「月曜は学年会議があるからたぶんそうだけれど、なんで? 何か用事あった?」
「ううん、帰りに待ち合わせできないかなって思って」
貼り終わった合図のように聖がセーターの裾を整えてくれたので、かがりは振り向いた。グレーのロングプリーツスカートが二人の間でふわりと広がりながら揺れた。
こんなふうに聖を誘うのは久しぶりで、なんだか照れくさい。
聖も同じ気持ちなのか、頬が緩んでいた。
「そっか。研修の仕事は落ち着いたの?」
かがりは営業部の管理職として担当会社を三社受け持つ他に、新入社員と中途入社社員の育成研修も担当し、全体研修が終わった夏からずっと忙しくしていた。
「うん、もう新人たちも直属の上司のグループで動いているから」
「わかった。じゃあ、私も会議終わったらすぐ出るようにするよ。と言っても七時くらいになると思うけれど、いい?」
「うん、大通のスタバで本読んで待ってる」
「懐かしいね」
聖が目を細めた。
そこは大学時代の聖がバイトをしていた店で、客として通っていたかがりが聖と初めて会った場所だった。もう五年前になる。先に声をかけたのは聖で、コーヒーを渡す時に短く言葉を交わすようになり、かがりが別の拠点ビルに異動し出勤前に立ち寄れなくなることを告げて連絡先を渡してから恋が始まった。十五歳という年齢差からのすれ違いが重なって一度は別れたけれど、聖が二人の過去をなぞるように書いたWEB小説をきっかけに再会し、もう一度付き合って、約三年前、コロナ禍に同棲を始めた。
「あ、もう行かなきゃ」
聖は洗面所に飛び込むと急いで歯磨きをし、薄いダウンジャケットを着ると、それじゃああとでね、と言って慌ただしく出て行った。
学校は朝も早いし、聖の学校は地下鉄を乗り継いで行かなくてはいけないのでかがりより三十分以上早く出発する。見送ったかがりはコーヒーを飲みながら化粧を済ませ、長い髪を緩く巻くと、ウールコートを着こんで家を出た。
空はどんよりと曇り、息が白く見えた。空気の匂いが変わっている。冬が訪れたことをかがりは実感した。
午後から降り始めた雪はどんどん勢いを増し、かがりが会社を出た六時半過ぎには道路も、まだ紅葉した葉が残る木々も水分が多いべたついた雪で覆われていた。こんな雪は傘をささないとすっかり濡れてしまう。
かがりは待ち合わせしているカフェに入り、季節限定のウィンターシナモンラテを注文し、マグカップで受け取って二階の窓際の席に座った。
まもなく、聖からメッセージが届いた。
<今、地下鉄乗ったからあと二十分くらいで着くと思う>
<わかった。二階の窓際の席に座ったところだから、焦って転ばないようにしてね>
両の手のひらでマグカップを包みながらラテを飲むと、胸に温かさがしみこんでくる。窓の外はイルミネーションが輝いている。絶え間なく雪が降りしきる中、急ぎ足で歩く人々が行き交う。喧騒も忙しなさも、白い雪が美しく清純に覆い隠す。このたくさんの名も知らぬ人々の中で、たった一人の恋人が自分のもとへとやってくる。
待つのは好きではないけれど、必ず来る人を待つのは幸せだった。
聖がアルバイトしていた頃、テイクアウトするカップによくメッセージを書いてくれた。名前を教えてからは「かがりさん今日もキレイです!」なんて書いてくれたっけ。
あの頃、こんな関係になるなんて思わなかった。好意は感じていたけれど、聖はとても若く見えたし、まさか恋人になるなんて予想もしなかった。そもそも女性が恋愛対象の女性とアプリやビアンバーでもないところで偶然出会うなんてなかなかない。
誰かに出会い、好意を持ち、相手も自分を想ってくれて恋に落ちるのは奇跡的な運の重なりなのかも知れない。でも関係を続けさせるのは互いの努力と――やはり奇跡が必要だ。どれだけ月日が経っても相手を愛し続けるのは奇跡だ。恋の熱が冷めたあとに見えてくる本性や甘えはだんだんと恋の記憶すら浸食していく。子どもがいるなら家族としての繋がりで維持できるのかも知れない。でもただの恋人どうしなら二人を結びつけるのは目に見えない気持ちだけだ。気持ちは時間が経つにつれ良くも悪くも必ず変化する。だから今までの恋人とは別れてきた。一度は、聖とも。
辛い思いをして別れたのにかがりも聖も一年以上経っても互いを忘れられず、再び恋をしたのはどうしてだろう。
運命だからと言えたらロマンチックだ。運命かどうか本当にわかるのが死ぬ時なら、今ただひとつ言えるのは、あの別れは必要だったということだ。十五歳離れている女性どうし、楽な関係ではない。破綻する言い訳はいくらでもあったし、二人とも弱かった。陳腐だけれど、それでも何があっても手を離してはいけない相手だと理解するためには、別れは必要だった。
一緒にいると当然ケンカをする時もあるけれど、別れがちらつくことはもうない。でもやっぱり、女性として美しさを日々更新していく聖は、体力も肌も明らかに衰えを実感してきたかがりには時に眩しすぎるのだけれど。
ふと目の端に動くものに気づいた。聖が道路で両手をぶんぶん振りながら何度も飛び跳ねている。
「子どもか……」
思わず呟きながらかがりは小さく手を振り、早く来てと口を動かして伝えた。
わかった、と聖も口で答えると、カフェに入っていく。
そわそわしながらかがりが一階から続く階段を見つめていると、やがてトレイにマグカップとクッキー、ケーキを載せた聖が現れた。かがりを見つけると、にっこり笑って歩いてくる。
雪のせいで髪が乱れているのに聖は美しかった。自分の恋人だというのに照れてしまい、かがりは聖から目を逸らして彼女が持っているトレイの中を覗き込んだ。
「いっぱい買ったね」
「お腹空いちゃってさ。チョコクッキーとチョコケーキ、かがりはどっちが食べたい?」
「どっちもチョコなんだ。私はいいから聖が食べて」
かがりは笑いながら椅子を引いて聖を座らせた。
「じゃあ一緒に食べようよ」
ダウンジャケットを脱いだ聖が椅子に腰掛け、クッキーをかがりの口元に差し出した。
かがりは遠慮深く少しだけかじった。
「そういうところ可愛いよね」
聖は笑うと、ケーキ皿をかがりの前に置き、お先にどうぞと言って自分は残りのクッキーをかじった。聖はいつもそうだ。何でもまずかがりにあげようとする。
「かがりが飲んでいるのは何?」
「冬限定のシナモンラテ。聖は?」
「私はかがり定番のカフェラテだよ。私がここにいた頃は、かがりはカフェラテ以外をオーダーしたことはなかったんじゃない?」
「仕事の前は甘いの飲む気分じゃないからね。それに可愛いスタッフがいるって認識してからは、朝のカフェラテのお姉さんって覚えてくれるかなあとも思って」
「可愛すぎる! じゃあやっぱりかがりが先に私を好きになったってことだよね?」
「違うよ、聖でしょ? 毎朝カップにまた来て下さいとか今日もキレイですとか書いてたじゃない」
わざと余裕ぶってかがりが言うと、聖はみかんを割ったような笑顔を見せた。
「書いてた。私のこと意識してくれないかな~って期待してた! ねえ、さっきもさ、道路から見上げたらかがりがまるで女神さまみたいに美しくてびっくりしちゃった。この人私の彼女なんですーって世界中に言いたかった」
胸に喜びが広がるのを隠して、かがりは唇をとがらせる。
「子どもみたいにぴょんぴょんジャンプしてるから目立ってたよ」
「だってそれぐらい嬉しかったんだもん。あんな綺麗な人が他の誰でもなく、この私を待っているんだって」
「待ってますよ、私のイケてる彼女が来るんだもの。聖がここに入ってきた瞬間、みんな聖を見てたからね」
「そんなことないよ、私すっかり美容をサボっているからかがりに釣り合っていなくて申し訳ない」
「何言ってるの」
かがりはふと周囲の視線を感じて言葉を飲みこみつつ、聖の前髪を整えた。
「私たちイチャイチャしすぎだった?」
小声で聖が聞いてくる。たぶんねとかがりも小声で返し、クスクスと二人で笑った。
かがりはチョコケーキを一口食べると聖の前に皿を滑らせた。
「美味しい。聖も食べて」
「ねえかがり、今幸せ?」
突然そう聞いた聖は真剣な表情をしていた。
「うん、幸せだよ」
かがりも真面目に答える。
「聖は?」
「幸せ。でも時々、私ちゃんとかがりを幸せにできているか不安になる。私はまだ働き始めて数年の新人だし、かがりみたいに出世しているわけでもないし、頼りないし。また幻滅されたらどうしようと思うの」
「幻滅なんてするわけない。私とは業界が違うからキャリアの築き方が違うし、私だって特別出世が早いわけじゃないよ。男の同期に比べたら全然。夢を叶えて生徒にも慕われている聖先生はとっても素敵だよ」
「ううん、かがりは私にとって出会った時からずっと仕事が出来る憧れの女性なの。少しでも追いつきたい、かがりを安心させたいと思い続けてるけど……」
「私は聖が眩しいよ。やりたかった仕事をして、周囲に信頼されて、まだまだ若くて可能性にあふれている上に、日々勉強して成長してる。それこそ私なんかが側にいて足を引っ張らないか心配」
「まさか。かがりは私の人生の目標だし、女神さまみたいなパワースポットだもん。もし私が少しでも成長できているなら、それはかがりが一緒にいてくれるおかげ」
「ありがとう、私も聖がいるから頑張れているよ。だから……」
かがりは深呼吸して言葉を続けた。
「二年くらい遠距離になっても、私たちなら大丈夫かなって思えた」
聖は目を丸くし、持っていたケーキ用フォークを床に落とした。
「あ、代わりのもらってくるね」
と立ち上がりかけたかがりの肘を掴み、聖はそんなことどうでもいいから、と言って椅子に座らせた。
「どういうこと? 遠距離って」
聖の目が潤んでいることに気づき、かがりは安心させるように微笑みながら自分を掴む聖の腕をさすった。
「実は、本社で社運を賭けた新商品と新サービスに関する全国横断のプロジェクトチームが結成されるんだけれど、支社からの選抜メンバーに推薦したいという打診があって。私が応募して、もし支社の最終審査に合格したら、来年四月からサービスが本格運用するまでの二年間は東京本社で勤務することになると思う。だからまだわからないんだけどね、本当に東京行くかは」
「……かがりはその仕事やってみたいんだね?」
うん、とかがりは頷いた。本当は、かがりは法人戦略チームのリーダーとして本社で既に動き始めたプレチームから指名を受けており、もうほぼ審査は通っているようなもので、あとは所定の手続きを実施すればいいだけだった。
「もうこんな年だし、新しいチャレンジは私には回ってこなくて、主な役割は後進の育成だと思っていた。それはそれでとってもやりがいがあるし大切な仕事だしね。でも、今までの私の仕事を見て評価してくれている人達がいて、まだ私にも挑めることがあるなら全力で頑張りたいと思えたの。今まで札幌でしか勤務したことがないし、失敗するわけにはいかないからプレッシャーも大きいけれど」
「それでこそかがりだよ」
微笑んで言った聖の目尻から涙が零れた。
「聖……」
「あ、これ、嬉し涙だよ」
それは聖の強がりなのだとかがりにはわかった。聖は、かがりが差し出したハンカチを目元に押し当てながら涙声で続けた。
「……本当にすごいと思ってるし、かがりが頑張ってきたことが評価されて私も嬉しいし誇らしい。絶対選ばれるに決まってるし、きっと素晴らしい実績を上げられると思う。でも聞いたばっかりで驚いているし離れるのが寂しいのは事実。別に浮気とか心配してるわけじゃないよ、ただ三年近く一緒に暮らしてきたし、離れるのが寂しいなって思うだけ」
かがりは聖の両手をぎゅっと握った。
「私は聖しか目に入らないよ。東京と札幌を行ったり来たりしようよ。いい機会だから東京の私の家を起点にいろんな所に行ってみたりさ。私も離れるのは寂しいけれど、きっと楽しいこともいっぱいあるよ。これからの長い人生を考えたら、二年間なんてあっという間だよ」
「うん、わかってる。そうだよね……」
頷きながらも聖の涙はなかなか止まらず、かがりも涙ぐみながら何度も聖の涙を拭いた。
「こんなに泣いて。お化粧、崩れちゃうよ」
「化粧なんて大してしてないし、崩れたところで変わらないもん」
「泣かないで、私の大事なお姫さま」
ふふっと聖は笑った。
「私のことお姫さまなんて言うの、かがりくらいだよ」
「私のこと女神さまなんて言うのも、聖くらいだよ」
「すごいね。女神さまとお姫さまのカップルなんて」
「グリム童話もびっくりだね」
聖の涙がようやく止まったのを見て、かがりはフォークの替えをもらいに席を立った。カウンターから戻りながら見た聖は、窓の外の夜景に降り続く雪を背景に、まるでスノウ・ドームの中にいるように幻想的だった。
はい、とフォークを渡すと、聖はありがとうと言って、ゆっくりとケーキを食べた。
「東京に行く話、もっと前からわかっていたんでしょ? なんで今日、言おうと思ったの?」
「初雪の日だから」
と答えながら、かがりは窓の外を見つめた。
毎年、寒く長い冬が来るのは憂鬱なのに、どうしたってやっぱり雪は美しい。
「少し前に韓国ドラマで見たんだ。恋人どうしで初雪を一緒に見ると、ずっと一緒にいられるって」
「……かがりのそういういつまでも乙女なところ、可愛くて好き」
「遠距離になっても、また私が札幌に戻ってきても、どんなに年をとっても、ずっと一緒にいてくれる?」
「もちろんだよ。私からもお願いさせて。かがり、私とずっと一緒にいて下さい」
聖がかがりの左手を両手で包みながらそう言った。うん、とかがりは頷く。
たとえ二人を繋ぐものが目に見えない気持ちに基づく約束だけだとしても。
儚く溶ける雪に願うしかないものだとしても。
「夕ご飯どうする? どこかで食べて行く?」
聖から真顔で聞かれ、かがりは吹き出した。
「急に現実的だね」
「だってかがり、クッキーもケーキも全然食べなかったでしょ。お腹空いたんじゃない?」
「なんだか胸がいっぱいだから今はお腹は空いてない。家に帰ろうよ。土曜日に残って冷凍したカレーがあるじゃない。卵落としてチーズかけてオーブンで焼いてドリア風にしようよ」
「いいね。じゃあ我が家に帰りますか」
聖は立ち上がってコートを着ると、手早くかがりのマグカップも自分のトレイに乗せた。
夜八時を過ぎ、ビルの温度計はマイナス2度を表示していた。まだ雪は降っている。
「ああ、寒い……冬が始まるね」
寒がりの聖がポケットに手を突っ込み、肩をすぼめる。
「去年の初雪は一緒に見たのかな?」
「去年は初雪のジンクスも知らなかったからいつの間にか降っていたんだろうね。でもたぶん、同じようなこと話していたんだろうね、ああ冬が始まるね、カイロ貼ろうねって」
「そうだね。来年はかがりが東京だから、一緒には見られないよね。今年の初雪のジンクスはいつまで有効なんだろう?」
「永遠だよ」
そこまではドラマで言っていなかったけれど、とかがりは胸の内で呟いた。それはかがりの願いだった。
「それならよかった」
聖は安心したように言うと、地下鉄駅への階段の入り口で振り向き、かがりに手を伸ばした。
「いいの? 人目もあるのに」
「雪で滑るから安全のためだよ」
いたずらっぽく聖が微笑んだから、かがりも聖の手を取って階段を下りた。
「いつか、好きな人どうしが一緒にいるのが、同性か異性かなんて気にされなくなるといいね」
「まあそうなっても私は教師だから、生徒や保護者に見られてもいいかどうかは考えてしまうけれど」
「教師だって人間だもの、好きな人と手を繋ぐのがどうしていけないの」
「それもそうだね。じゃあ、今でも問題ないか。私はかがりが好きなんだもの」
そう言いながら人通りの多い駅構内に入っても手を繋ぎ続ける聖に思わずかがりは手を引っ込めた。
「今はまだ。札幌なんて狭いしどこで誰が見ているか……」
「じゃあ、東京でなら大丈夫かもね? 知らない人だらけだし、誰も私たちに関心なんて持たないよ」
「そうかもね」
「ふふ。かがりに会いに東京に行くのが楽しみになってきた」
「東京なんてたまに遊びか仕事で行くだけの場所だったからね」
地下鉄に乗り、最寄りの駅に着くとまた寒空の下、二人は歩いた。降り積もった雪に二人の足跡が並んで描かれる。
「なんでこんなに寒いのに、北海道になんて住んでいるんだろう。冬は長いし、雪で滑って転んだら骨折もするし、除雪のために税金も高いのに」
「生きるだけで大変だよね。でもきっと北海道から離れたら、このだだっ広い空も耳がちぎれそうな寒さも、嫌になるほど降る雪も恋しくなるんだと思うよ。長い冬があるからこその春の華やかさも涼しい夏も北海道だけだもの。やっぱりここが私たちの居場所なんだよ」
「――かがりがいる所が私の居場所だよ」
ふと聖が顔を寄せてきて、かがりがまぶたを閉じると同時にそっと口づけた。
「あと少しで家なのに我慢できないの?」
「できないよ。それに誰もいないし」
囁きながらかがりの頬を両手で包むと、聖は再び口づけた。
今年最初の雪が降っている。
聖の腕の中で見るこの初雪を一生忘れられないだろう、とかがりは思った。
(終)
初雪 おおきたつぐみ @okitatsugumi
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