第3話 謎多き天才

 翌朝、教室に入ると、すでに一ノ瀬は自席に着いていた。そういえば、彼は寮生だったか。登校が早いのだ。が、いつものような人だかりはなく、ただひとり、海外の術式書を読んでいる。


 白い制服に身を包んだ背中が少し寂しげだった。


「おお、藍沢! ……昨日、大丈夫だったのか?」


 なんだっけ。この人の名前……確か、しの、なんちゃら。


「大丈夫よ」


 それだけ言って去ろうとするも、思いの外多くの人に阻まれる。


「昨日のアレ、凄かったわ! 略式唱術よね!」


「西洋の技術なんでしょう? なんだっけ、退魔師連合初代連合長の、ルー……」


「中学で歴史やってないのかよ、ルーカス・シーゲンだろ」


 いや、もちろん歴史上の天才としてルーカス・シーゲンは有名だけれども、略式唱術はなにもその人だけの技術ではない。


「空間術も凄かったな! もしかして、五大名家に関係とか……」


「無関係よ。さっさと退いて貰えない?」


 そう言うと、気まずそうな顔をして彼らは散っていった。


 何が五大名家だ。


 私も戦う前は一ノ瀬チアキの家柄に囚われていたが、あれはもはやその次元ではない。純粋に本人の力と言わざるを得ない。


 五大名家は、国政に大きく関わり、そして優秀な術師を多く輩出する、術師の一族だ。


 鷹山家。

 初代武王、鷹山志堂しどうの一族。式神操術を得意とする。


 長岡家。

 初代武王の右腕、長岡永信えいしんの一族。念動術で有名だ。


 一ノ瀬家。

 初代武王と共に妖の王を討伐した時代の立役者、一ノ瀬明孝あきたかの一族で、東方将軍家。この白桜堂学院を作ったのも彼であり、解術で名を馳せる。


 宮守家。

 鬼紀490年ごろに起きた東西将軍の動乱にて東方将軍家につき、西洋の技術を取り入れた戦法で功績を上げた宮守アヅマの一族。現在の西方将軍家だ。


 安遠家。

 鬼紀480年ごろに退魔師連合明月支部を立ち上げた安遠アサの一族。現在の国家退魔師組織の長の家系だ。防御結界術で知られている。


 五大名家といっても、それは強さの指標にはならない。霊力値は遺伝しないとされているからだ。


 現に、私は中学時代に五大名家がひとつ、安遠家の術師を返り討ちにしたことがある。


 とまあ、それはさておき。


「調子はどう? どう見たって眠れなかったって顔をしているけど」


 一ノ瀬を近くで見ると非常に眠そうだ。さっきから書物の項も変わっていない。


「ちょっと反省をね」


「あ、そう。それはそうと、申請書、出してきたわよ。あんた、寮生なんだったら頼めば良かったわ」


 周囲がややざわめく。


「藍沢と一ノ瀬……さん、組むのか?」


 昨日までとは打って変わって、ヤバいやつ認定されている一ノ瀬。可哀想に。


「そうよ。文句は特に受け付けていないけど」


「や、でもこう、他との力量差が、ね?」


「昨日の手合わせの様子で怖気付いているようじゃどちらにせよ足手纏いよ。出直していらっしゃい」


 話しかけてきた男子は黙り込んだ。ふふん、ぐうの音も出ないようね。


 まあ、実際、あれくらいで戸惑っているようじゃ妖相手に戦えないだろう。奴らは人間ではあり得ない戦い方をするから。


「藍沢さん、君、せっかく評判が良くなっているのに、もったいないよ」


「あんたはじめ私に言ったじゃない。君、協調性皆無だねって。今に始まったことではないわ」


 それはそうだけど、と彼は言う。


「昨日の話だけど」


「なんだい?」


「一ノ瀬、あんた補助術師でも目指してるの?」


「……まさかそこまで分析されているとはね」


「分析くらいするでしょうよ」


 一ノ瀬の戦い方は全体的に“補助”だった。


 迅速な防御結界、結界術を利用した攻撃への転換、そして解術。戦う相手、あるいは味方に合わせる、非常に柔軟な戦術だ。


 力の強い術師ほど自分の術を誇示したがるものだ。無駄に大きな火の玉を出現させたり、まあ、私のように一気に距離を詰めたり。自分を主軸にした戦いをしたがる。


 が、一ノ瀬はそうではない。常に周りを意識した立ち回りに思えた。


「あと、あんた霊力量誤魔化してるでしょ。霊力操作、上手いわね」


「それもばれたんだね」


「あまり舐めてもらっちゃ困るわ」


 一昨日は新学期恒例だと言う体力測定及び霊力測定があった。十段階評価だ。平均得点は退魔師組だと体力七点、霊力五点といったところ。


 私は体力十点、霊力九点。

 一ノ瀬は体力十点、霊力十点。


 が。


「嫌な男ね。あれでも手加減してたんでしょ。測定の圏外にならないように」


 目盛りがないから測りようもないが、余裕で十五点くらいはいきそうである。


「実際、霊力量は多くないんだよ。昔よりは増えたけど。それを扱うのが上手いだけ」


「多くないって言ったって相当多いわよ」


 今までどんな環境で暮らしてきたんだ、こいつは。


 非術師の人たちには勘違いされがちだが、霊力量を正確に測れる測定法などない。基本的には感じろの世界で、なんとか可視化しようとして始まったのが霊力測定だ。


 体力測定と同じで、たとえ才能があったとしても努力していなければ全く活かせない。筋肉がつきやすい体質でも運動しなければヒョロガリのまま、というのに近い。


 始業の鐘が鳴る。会話を中断して、私は前を向いた。


 一ノ瀬チアキ。謎の多い男。


 教師陣を遥かに凌駕する実力、知識。


 それを持っておきながら、補助戦術中心の戦い方。そういう戦い方を突き詰めていったところで、一ノ瀬を補助に徹させる術師が存在するかどうか。


 気に入らない。


 いや、逆か。


 気に入った。


 この藍沢ヒトミ、一ノ瀬チアキの謎を暴いてみせよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

幸せの退魔師 千瀬ハナタ @hanadairo1000

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画