このあとメチャクチャ溺愛された
ペンのひと.
このあとメチャクチャ溺愛された
『卒業生の皆さま、今日は本当におめでとうございます。ここ大聖堂の大広間も、今宵だけは貸し切りです。どうぞこころゆくまでパーティーを楽しんじゃってください。ではあらためまして、――皆さまの王立魔法学園ご卒業を祝して、乾杯‼』
生徒会長が乾杯の音頭を取ると、会場のあちこちでグラスをぶつけあう小気味よい音と歓声が上がった。きらびやかに着飾った王侯貴族の若き令嬢令息たちが、場内にひしめきあってたがいの卒業を祝う。
年に一度、このめでたき日にだけは、大聖堂の広間が祝賀会場兼ダンスホールとして開放されるのが通例だ。
その歴史ある壮麗な
手にしたグラスからはフルーツパンチの甘い香りがたちのぼっているはずだが、口を付けた形跡はなく、シャンデリアの照明を浴びて果実がむなしく輝いているのみだ。
ザニエの幼馴染にして許婚で、ともに今日の卒業を祝いあうはずの第四王子シヨン・ピュリフィッツは、ついほんの数秒前にバルコニーへと姿を消してしまった。
どうやら第四王子をバルコニーへ呼びつけたのは、ザニエとシヨンの婚約をこころよく思わない人物――二人の同級生で、平民ながら学園きっての聖女候補と評されるほどの優等生エリザベートのようだ。
エリザベートはことあるごとにザニエの振る舞いに目くじらを立て、「あなたなんか、お芝居の悪役令嬢でもやっているべきなのよ。シヨン様にふさわしいのは、あなたなんかじゃない。成績優秀な私の方よ」とザニエに辛くあたってきた。
優等生エリザベートからのたび重なる嫌がらせにも、「悪役令嬢」とあだ名されることにも、ただザニエは沈黙を貫いてきた。魔法教本を引き裂かれても、たいせつな魔杖を便器に捨てられても、ひとことも言い返さず、口もとの淡い微笑みを崩さなかった。
いずれにせよ今宵、いよいよ間違ったことが許せないエリザベートは、高貴であるべき第四王子に悪役令嬢ザニエとの結婚を思いとどまらせ、婚約を破棄させようと義務感に燃えているらしいのだが……。
♢
一方、不躾にもバルコニーに呼び出された黒髪碧眼のシヨン第四王子は、品位ある立ち姿をたもちながらも内心ややウンザリしていた。
長身の美貌から見下ろす彼の眼前でいま、平民ながら学園きっての聖女候補と評される優等生エリザベートが、欄干を背に茶の目をつりあげピンクブロンドの髪を逆立ててお説教をはじめたからだ。
「なぜ、なぜですのシヨン殿下? どうしてザニエとの婚約を破棄なさらないのですか? 何度も申し上げました。ザニエは貴方様にはふさわしくない、お芝居の悪役令嬢でもやっているべき女です。だってあのザニエには、『強欲の悪霊』が宿っているんですから! 貴方にすり寄ったのだって、欲しがりで邪なその気性からやっていることに違いないのですわよ‼ さあ、いますぐ婚約破棄なさって!」
悪役令嬢ザニエには、強欲の悪霊が憑りついている。
なるほど、優等生エリザベートの言い分にはいくらか真実も含まれている。
だが、しょせんは言いがかりだ。
無知なる者への憐れみを込めた声音で、シヨン第四王子は穏やかにこたえる。
「婚約破棄……か。ねえ、エリザベート。ところで君は、『聖女誕生の秘話』を知っているかな? 王家に伝わる古いおとぎ話なんだけれどさ」
「とっ、突然なんの話ですの? いまはそんなこと関係なぃ――」
「いや、君が知らないのも無理はないが、この際ここでぜひ聞いておくといい。とても素敵な物語なんだ。それで、どんなあらすじかというとね……」
♢
聖女誕生の秘話。
これは、王統のおとぎ話。
いまよりはるか昔、ピュリフィッツ王国は今日ほどの栄華を誇ってはいなかった。
その国運を引き上げることになる初代聖女もまた、当時は小公国の幼き公爵令嬢にすぎなかった。
南西の小公国レンダートに生を受けた、公爵令嬢シンシア。
物心ついたばかりの彼女が目にしたのは、原因不明の悪しき空気「
時を経て気まぐれな瘴気が隣国へと流れ去っても、シンシアの心の傷は癒えなかった。そして飢饉と民の苦しみの再来を憂うあまり、彼女は国富を求めて「強欲の悪霊」に憑りつかれてしまう。
年頃を迎えると、「見境なく高貴な男性にすり寄る男たらしの欲しがり令嬢」との悪評がシンシアにまといついたのはこのためである。
本来は国と民への献身的な思いやりに満ち、聖なる霊力の素養を持つ清浄な若き娘であったのだが。
そこで見かねた天上の神は、じかに救いの手を差しのべるかわりに、ピュリフィッツ王家の男子に異能「
強欲の悪霊に憑りつかれた令嬢シンシアの隠された純真を見抜き、ピュリフィッツ当代王子ユセフはその娘を娶り、初夜に浄化の口付けをする。
すると強欲の悪霊は娘の体から祓われ、シンシアは愛と祝福の霊力に満ちた聖女となった。その夜、空には大輪の花々が煌めき、天から無数の流星が祝祭の光を引いて降り注いだという。
初代聖女の霊力はまもなく国を繁栄へと導き、王子は聖女を溺愛した。
聖女誕生の秘話として、この話は代々王統の血族に語り継がれる。事実、有史以来どの聖女も、王子と結ばれるまでは強欲の悪霊に憑りつかれて、ひとしれず悪霊を抑え込みながら生きる苦難の宿命を背負ってきたのだった。
そしていまその宿命の星のもとにあるのは、ほかならぬザニエである。
♢
シヨン第四王子がそのおとぎ話「聖女誕生の秘話」を語り終えると、優等生エリザベートの表情は先ほどまでの血の気の多いものから顔面蒼白なそれへと様変わりした。
彼女のうめきは、すでにこの後の展開を予期して震えはじめている。
「……そんな……、じゃあ殿下は、あの悪役令嬢ザニエが聖女だとでもおっしゃりたいの……? 嘘よ、そんな、バカみたいなこと――」
「君によからぬ誤解をさせてしまったことは申し訳なく思うよ、エリザベート。ただ、これだけは言っておかなければね……」
長身の美貌から冷たい憐れみのまなざしでエリザベートを見下しながら、シヨン第四王子はさとすように言葉を続けた。
「あのさ、どこの王子も婚約破棄ばかりしてると思われても困るんだよね。許嫁の悪役令嬢にベタ惚れな僕に言わせてもらえれば、婚約破棄なんてありえないんだ。ねえ聖女候補エリザベートさん、もうこれ以上、僕の愛しいザニエにちょっかいださないでくれるね? 僕はこれから初夜を迎え、彼女に口付けて溺愛するんだから」
エリザベートはいまや歯の根も合わず、王子を直視できないようだ。自分の失態をようやくさとったのかもしれない。
だがもう遅い。
平民ながら学園きっての魔力に恵まれ、聖女候補と評されるほどの優等生。
入学以来、高くなる一方だった彼女の鼻がついにへし折られる瞬間だ。
「卒業おめでとう、エリザベート。この学校を出たら、遠方にある神聖ブルフュス皇国の大学院へ行くといい。当国ピュリフィッツから推薦状を出しておこう。なんなら支度金も用意しようか。寂しくなるね。勉強熱心な君のことだ、あちらでの生活に専心して、我が国へ帰ってくることは二度とないだろうから。このバルコニーも冷えてきたようだし、もう屋内へお戻り。ああ、すまないが、君の友だちのザニエを呼んできてくれないか」
♢
長かった。
本当に長かった。
物心ついてからずっと、公爵令嬢ザニエは強欲の悪霊に憑りつかれて生きてきた。
自分の持てる霊力のすべてを、つねにその悪霊を抑え込むことだけに注ぎ込んで。
だから魔法学園へ入ってからも、他の魔法に霊力を使う余裕なんてなかった。
完全に隠せているつもりでも、疲れ切ったほんの一瞬の気のゆるみから、優等生エリザベートに運悪く見抜かれてしまった。
自分が強欲の悪霊に憑りつかれているのだということを。
その日から、エリザベートはことあるごとにザニエの振る舞いに目くじらを立て、「あなたなんか、お芝居の悪役令嬢でもやっているべきなのよ。シヨン様にふさわしいのは、あなたなんかじゃない。私の方よ」とザニエに辛くあたってきた。
間違ったことが許せないエリザベートには、許せなかったのだろう。
高貴であるべき第四王子の許婚の座に、強欲の悪霊を宿すザニエなんかが居座っていることが。
そんな婚約、あってはならないんだわ、と。
優等生エリザベートからのたび重なる嫌がらせにも、「悪役令嬢」とあだ名されることにも、ただザニエは沈黙を貫いてきた。魔法教本を引き裂かれても、たいせつな魔杖を便器に捨てられても、ひとことも言い返さず、口もとの淡い微笑みを崩さなかった。
でもやっぱり本当は、苦しかった。
悲しくて、惨めで、悔しくてたまらなかった。
たとえそれが、やがて聖女となる星のもとに生まれた自分の宿命だとしても。
――そんなつらさに耐えられたのは、ただ、あなたがいたからよね。
バルコニーで待ちうける幼馴染。
運命で結ばれた王子様。
黒髪碧眼、長身の美貌からいつもそのやさしいまなざしを向けるあなた。
第四王子、シヨン・ピュリフィッツ。
たがいの宿命を知っているからこそ、私たちはただこの日を待ったんだ。
ザニエはその思いをたしかめるように、腕を広げるシヨン王子にそっと身を寄せ抱きつく。
今宵こそは、二人の初夜。
王子は悪役令嬢に燃える唇を寄せる。
その口付けは神がもたらした異能、「
ついにいま、長く娘を苦しめた強欲の悪霊は祓われ、ザニエは愛と祝福の霊力に満ちた存在となるだろう。
大聖堂、その歴史深き壮麗な大伽藍の最上階にあるバルコニーで。
夜空には大輪の花々が火焔の煌めきで咲き開き、天から無数の流星が祝祭の光を引いて次々と降り注ぎはじめる。
そして聖女は誕生し、このあとメチャクチャ溺愛された。
このあとメチャクチャ溺愛された ペンのひと. @masarisuguru
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