第4話 後始末は本人の署名を乗せて
「そんな話は聞いていない!」
乱れた寝室にやってきたのは世話係の侍女ではなく秘書官と執務官だった。秘書官は見たことがあるが、執務官は初めて見たので始め、エドワードはバカにしたような目線を向けた。
「聞いていないのではなく、エドワード様、あなたが話を聞かなかっただけです。決済済みの書類もこちらの宮殿の執務室の史箱に収められておりました」
そう言って執務官が史箱を出してきた。中には何枚もの書類が入っていた。
「こういうことは秘書官が処理をするものだろう」
「残念ながらエドワード様には秘書官がおりません」
「何故だ」
「ご自分で解任されたではありませんか。後任をお決めにもなられておりませんよ」
しれっと答えたのは秘書官だ。もちろんこの秘書官は宰相閣下の秘書官である。
「そういうことはお前たちがやっておくことだろう」
「申し訳ございませんが、私は宰相閣下の秘書官ですのでエドワード様の執務をするいわれはございません」
「では、お前」
「私は執務官ですので、門外漢です」
「俺は王子だぞ」
「昨日付けで王位継承権を失効されています。成人されましたから王子という肩書は残りますが、なんの効力もございません。単なる肩書ですね。エドワード
若干馬鹿にしたような言葉の響きにいら立ちを覚えたエドワードだったが、自分が王子であることに安堵してしまった。だから、肝心なことが理解できてはいなかった。
「そんなわけで、エドワード王子の住まいはここではなく、本日から城下にある白雪の館になります」
「なぜだ。俺は王子なんだろう?」
「あのですね、王城に居を構えられるのは王位継承権を持っている貴人だけなんです。エドワード王子は王子の肩書だけは残りましたが、議会で王位継承権を否認されましたので王城に居を構える権利を失いました。それからですね、王子という肩書に対して最低限の生活保障と王族としての品位を保つための使用人をあてがいます。あくまでも最低限です。予算は決められています。それ以上はびた一文も出ません」
そう言ってエドワードの眼前に書類を突き付けた。
「なんだこれは」
「予算の内訳です。すでに赤字です」
そう言って執務官はエドワードの隣にいる裸の元ヒロインマリアンヌを見た。
「そちらの男爵令嬢にかかった費用はエドワード王子の予算を超えております。前年度分の繰り越しはなく、すでに今年度の予算を使っております。品位を保つための使用人は雇えますが、今月の食費が無くなりました。お食事が欲しければ働いてください」
そう言って次の書類をエドワードの鼻先に突きつけてきた。
「働けというのか、王子たるこの俺に」
「当たり前でしょう。働からざる者食うべからず。王位継承権は執政者としてふさわしい方にしか与えられないのです。エドワード王子は何もしていませんから、議会での評価はゼロ。王子の肩書に対して最低限の品格を保てるだけの予算しか付きませんでした。だいたいですね、王族としての仕事を何一つとしてこなしてこなかったのに、お金がもらえるわけないでしょう?外交にはいかない、孤児院に訪問はしない。議会に顔は出さない。遊んでいるだけの無能王子なんていらないんですよ。執政者として役立たずになんか予算が回るわけないでしょう。だいたい、今玉座にいるのはあなたのおばあ様なんですよ?孫が何人いると思っているんです?王子の肩書なら、他にも持っている人いますからね?」
とんでもない現実を言い渡されて、ショックを受けたのはエドワードではなくマリアンヌだった。
「え?マジ?あんたお金ないの?信じらんない」
そう言うや否やマリアンヌは寝台から飛び降り、ドレスに着替えた。もちろん着たのは趣味の悪いピンクのフリフリだ。
「あのさぁ、物語の終わりは「二人は末永く幸せに暮らしましたとさ」ってやつなわけよ。お金なかったら幸せに暮らせないじゃない。ばっかじゃないの」
夢見る元ヒロインマリアンヌは捨て台詞を残していなくなった。
「エドワード王子、いかがなさいますか?」
そう言ってエドワードの前で書類をちらつかせたのは宰相閣下の秘書官だ。いくつかの仕事と給金が書かれている。
「働けばいいんだろう?働けば」
「はいそうです。後ですね、書類はきちんと交付してくださいね?決裁ができませんから」
次に出てきたのはマリアンヌにかかった費用の決裁書だった。そこに書かれた金額を見てエドワードの顔が青ざめた。秘書官の持っている書類に書かれた給金と桁が違うのだ。
「これはどういうことだ?」
「ですから、エドワード王子は当面タダ働きで赤字経営になります」
「嘘だろう?」
「嘘じゃありません。その証拠にこの部屋にあった私物、差し押さえさせていただきましたから」
言われてみればなんだか物が少ない。
「ささ、ここにサインしてください。で?どの仕事にしますか?」
こうしてエドワードは赤字で新生活をスタートさせたのであった。もちろん、マリアンヌが戻ってくることはなかったのである。
断罪劇の後始末をお忘れではありませんか? ひよっと丸 @hiyottomaru
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