キューブの正体

いおにあ

第1話


 火曜日の朝、ロボット研究所に出勤した水野みずの博士は、研究所の玄関前に人だかりができているのに気付いた。


 何かの取材かな。だったら他の連中に任せておこう。そう思い、水野博士はその人だかりを通り過ぎて、玄関を抜けようとしたのだが、同僚の墨田すみだ博士につかまってしまった。


「おー、水野博士。ちょっとちょっと」


「どうしたんですか、墨田博士」


 水野博士はやや顔を曇らせる。お世辞にも社交的とはいえない彼は。取材などは極力受けないようにしているのだ。


 だが、そんな水野博士の懸念も、墨田博士の次の言葉で払拭される。


「博士も是非ご一緒に、この謎を解明しましょうよ」


 謎?どういうことだろうか。


「まずはこちらを見てください」


 墨田博士は、人混みをかき分けて、人一人ひとひとりが通れるくらいの道をつくる。そこを通り、水野博士はこの人だかりの中心にあるものを目にする。


 そこにあったのは――ひとつの箱だった。


 一辺の長さが約一メートルといったところの、立方体。色は白。素材はプラスチック。


「これはなんですか」


 疑問を口にする水野博士に、墨田墓が説明する。


「これはですね・・・・・・羽川はねかわ博士から今朝、唐突に送られてきたのですよ」

「え?アメリカからですか」


 水野博士は首をひねる。羽川博士は、水野博士や墨田博士より一回り年長の、ロボット工学の権威とも呼べる、極めて優秀な学者だ。昨年からアメリカのとある研究所から、研究員として招聘しょうへいされている。今年中には帰国するとかしないとかの話だったが・・・・・・この奇妙な物体が、羽川博士から送られてきたもの?


「なにか、メッセージとかなかったのですか」

「ありましたよ。はい」


 墨田博士は、ポケットから紙を一枚取り出す。そこにはたった一文、ワープロの文字が印字されていた。


「この試作ロボットを起動させてみよ」

 

「なんですか、これは」

「知りませんよ。で、今朝からこうしてみんなで、このロボをどうにかこうにか起動させようとしているわけです」


 この無機質なプラスチックの立方体が、ロボット?でも見たところ、センサーとかもなさそうだが・・・・・・。


「さっきからみんなで押したり引いたりしたんですが、うんともすんとも言わないんですよね。羽川博士、いったいなにを考えているのかなあ」


 こういう人をけむに巻くようなやり方は、人格者として定評のある羽川氏らしくはないな。


「ボタンとかは、ないのですか」

「色々調べましたが、ありませんねえ・・・・・・」


 水野博士は考える。となると、この立方体ロボットは、どのようにすれば起動するのか。 ええい、このさい思いっきり・・・・・・。


「あ、水野博士、何をなさるんです」


 バンッ。水野博士は思いっきり、立方体をてのひらで打ってみた。


「博士、いくらなんでも乱暴過ぎますよ・・・・・・」

「でも墨田博士、こうでもしないと、考えられませんでしょう」

「それにしても、万が一壊れてしまったら・・・・・・」

「説明しない羽川博士がすべて悪いんですよ。ひょっとしたら、ガスバーナーで高温で焼けば、動き出すかも」

「やらないでくださいよ?そんなことやってたら、この変なロボットはともかく、研究所そのものが火事になりますから」


 二人の博士のやりとりなど知るよしもないという風に、立方体は静かに床にたたずんでいる。


「ひょっとして、向きが関係しているでは・・・・・・?」

「そうか。それもあるな」


 最近、研究所で働き始めた若手職員のアドバイスを受けて、皆で立方体の向きを変えたり、ひっくり返す。ついでに叩いたりもする。だが、立方体はびくともしない。


「はあ~・・・・・・これ、羽川博士の悪戯いたずらなんじゃないですか」

「そんなはずはない。とにかく、なにかしないと・・・・・・」

「まったく、忌々いまいましい立方体め・・・・・・今日の予定が、だいぶ狂い始めた・・・・・・」


 水野博士、不満たらたらの様子で、立方体の近くに行き、つま先でコンッ、とそのプラスチック製の表面を小突いた。こいつめ、どうすればいいのだ。


 ところが、そのとき。あれほど押しても引いても叩いても反応を示さなかった立方体が、シュオシュオシュオ・・・・・・と音をたてはじめた。そして側面が開き、中からロボットアームが伸びてきて・・・・・・。


「「「あ、動いた!!!」」」


 一同、驚きの声をあげたのだった。


♢ ♢ ♢


 一週間後。研究所の近所のカフェにて。アメリカから一時帰国した羽川博士と、水野博士と墨田博士が、コーヒーを片手に例の立方体ロボットについて話している。


「あれは、アメリカで研究しているロボットでしてな。普段はロボットであることを隠して、でもいざというときに素早く起動できるようなのを、というコンセプトで開発しているものなのです」

「でも、それならどうして我々にその説明なしに、いきなり我々のところへと送りつけてきたのですか?」


 墨田博士のごく自然な疑問に、羽川博士は鷹揚おうようにうなずいて返す。


「なにも知らない人たち相手に、どこまで起動せずに済むか、ちょっとテストをしてみたかったのですよ」

「・・・・・・で、起動条件がつま先で軽く蹴る、ですか」


 眉をひそめて、水野博士は呟く。


「そうです。中々良いアイデアではありませんかの?」

「そうとも思えませんよ。誰かが間違えて蹴れば、ロボットの正体がいともたやすくバレてしまいます」

「そこにはちょっと工夫していましての。意識的に、つま先で軽く蹴ったときにのみ作動するようにのみ、あのロボットは起動するのです。その角度とか、力の大きさとか、まだまだ課題は多そうですが・・・・・・」


 でも確かに、手で強く叩いたときは無反応だったしな。水野博士は、少し納得する。


「コーヒーのお代わりはいりませんか」


 そのとき、ウェイターロボットがテーブルにやってきて、博士たちに声をかけてくる。


「ああ。もう一杯もらうよ」


 ロボットは、うやうやしくからのコーヒーカップを下げる。


 ウェイターロホットは、タイヤを回しながら、地面を滑るように移動して、店の奥へと消えていく。


 確かに「つま先で蹴る」という単純な動作は、意外にロボットで再現するのは難しいかもな。おのれのスニーカーのつま先を眺めながら、水野博士はそう思うのだった。

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キューブの正体 いおにあ @hantarei

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