むかしむかしのシェアハウス
瀬戸みねこ
むかしむかしのシェアハウス
むかしむかしあるところに、
昔話の登場人物ばかりが住んでいるシェアハウスがありました。
管理人であるおじいさんは庭で芝刈りを、おばあさんは洗濯を。
リビングでは浦島太郎と金太郎がテレビを観ています。
「ウミガメが……こんなに頑張って」
浦島が涙ながらに観ているのは、ウミガメの産卵シーンです。
「なあ、浦島。これ朝から観るようなものじゃないぞ」
金太郎が呆れながら言ったそのとき、リビングの扉が開きました。
「おはよー」
入ってきたのは、シンデレラです。
「おはよう、シンデレラ。今日も朝からバッチリだね」
そう返した浦島に向けて、シンデレラはフンと鼻をならします。
「当たり前でしょ。ドレスとメイクは乙女の戦闘服」
シンデレラはいつだって舞踏会に出るようなドレスを着て、手の込んだメイクをしています。
すると、シンデレラに続いてもう一人、住人のかぐや姫がやって来ました。
「皆様、おはようござい……っ!」
挨拶の途中で突然、顔を赤くして両手で目を覆ってしまいます。
「どうしたの? かぐや姫」
「その……なんだか金太郎さんの御召し物が……」
不思議に思った浦島が、金太郎の赤い腹掛けを覗き込みます。
「そういえば、なんかいつもより小さくない?」
「ああ、なんか縮んじゃって。乾燥機に入れたせいかな。金の字も消えちゃったんだよね」
普段に比べてやけに露出が多いのは、どうやら乾燥機が原因のようです。恥じ入るかぐや姫に対して、どこ吹く風の金太郎。
ともあれ、ソファに4人で座り他愛もない雑談をしていると、不意に浦島が思い出しように立ち上がりました。
「そうだ。今なら4人だから、ちょうどいいかも」
リビングと一緒になっているキッチンへ向かい、冷蔵庫を開けます。
戻ってきた浦島の手には、黒い艶のある箱がありました。
「浦島さん、それって……」
「玉手箱ってやつじゃない?」
かぐや姫とシンデレラは顔を蒼くしています。
「実は、昨日もらったんだ。中身は……」
「待て、待て!」
箱を開けようとする浦島を、金太郎が慌てて止めます。
「開けないほうがいいんじゃない? 白い煙がもわっと出てきて、すべてを失うんじゃない!?」
「何言ってんの? 中身はなんと……」
聞く耳を持たず、浦島は紐を解いて箱を開けてしまいます。
中から白い煙が浮かび上がり、他の3人が悲鳴を上げます。
「昔話堂の高級プリンで~す。わ、ドライアイス入れてくれてる」
楽しそうに言う浦島に、どっと安堵の息を吐く金太郎たち。
「4つしかないから、今ここにいるメンバーで食べちゃえば……あれ?」
箱を覗き、浦島が眉を寄せます。
「どうしたの?」
金太郎が尋ねても、浦島は顔を上げず箱の中を見つめたままです。
「……食べられてる……プリンが誰かに食べられてる!」
他の3人が一緒になって箱を見れば、確かにあるのは空になったプリンの容器だけです。
「このシェアハウスの誰かが食べたんだ……犯人はこの中にいる!」
顔を上げ鋭い眼差しを向ける浦島に、他の3人はそれぞれ首を振ります。
「わたし、知らないわよ」
「もちろん私でもありません。人様の物を勝手に食べるなんて、そんなこと」
「俺も食べてないよ」
3人をまじまじと見つめたあとで、浦島は意を決したように立ち上がります。
「こうなったら、住民全員に事情聴取だ!」
こうして、プリン盗み食い事件の捜査が始まりました。
4人がまずやって来たのは、101号室の前です。
浦島が扉をノックしますが、返事はありません。
「101号室って、お鶴さんでしたよね?」
「本当に住んでるの? 入居してから一度も会ったことないんだけど」
かぐや姫とシンデレラの疑問に、金太郎が答えます。
「部屋でずっと作業してるみたい」
「作業? 漫画家さんとかですか?」
かぐや姫が重ねて聞くと、今度は浦島が応じます。
「いや、ずっと機を織ってるんだよ」
再び、廊下にノックの音が響きます。
「お鶴、いる? 入ってもいいかな?」
「……開けてはなりませぬ」
ようやく、か細い声で返事がありました。
「話があるんだ、開けてくれない?」
「……決して覗かないでください」
「すぐ終わるから。お願い」
「なりませぬ。私は……いやああああっ!」
突然、悲痛な叫び声が部屋の中から聞こえてきした。
「どうしたの、お鶴!? 入るよ!」
ただならぬ気配に、浦島は返事を待たずに扉を開けます。
そして、部屋の中を見た一同は言葉を失いました。
「な、なんだこれ」
「信じられない。これっていわゆる……」
「汚部屋というやつですね」
お鶴の部屋は物やゴミで溢れ返り、足の踏み場もありません。
「今そこに、ゴキブリが……!」
お鶴がゴミの山の下を指差し、一同がすっと後退ります。
「桃太郎を呼ぼう!」
浦島が隣の部屋に向かって、声を掛けます。
「桃太郎、すぐ来てくれ!」
102号室の扉が開き、中から桃太郎が顔を出しました。
「何の騒ぎだ」
「出番だよ。君の得意分野」
「お助けを! ゴキブリが出たんです!」
堪りかねたお鶴も廊下に出てきて懇願します。
「私の専門は、鬼退治です。ゴキブリ退治は専門外なのですが……仕方ありませんね」
スマートに受けて出た桃太郎に、「さすが!」とシンデレラが目を輝かせ、金太郎も「イッケメン!」とおだてます。
ところが桃太郎は「あっ」と呟き、踏み出した足をぴたりと止めると、そわそわし始めました。
「すみません、駄目です。今、犬と猿とキジ、旅行でいなんでした。この件は、日を改めて。では」
それだけ言うと、桃太郎はさっさと自分の部屋に引っ込んでしまいます。
「逃げ足はやっ」
「この役立たず!」
金太郎とシンデレラは手のひらを返して毒づいています。
「ひとまず、撤収!」
浦島の一声で、みんなは101号室から逃げるように退散します。
お鶴も加わり、5人で廊下を歩き始めたそのとき。
「いやああああああっ!!!」
どこからか、再び悲鳴が聞こえてきました。
「あの声は、赤ずきん」
金太郎の言葉に、浦島も頷きます。
「お風呂場の方だ。行ってみよう!」
浦島たちがお風呂場に駆けつけると、乾燥機の前に立ち尽くす赤ずきんの姿がありました。
「どうしたの、赤ずきん!」
浦島が呼びかけると、赤ずきんが唇を震わせながら振り返ります。
「ないの……あたしの赤いずきんが……今朝、乾燥機に入れておいたはずなのに!」
「誰かが間違えて持ってたんじゃない? きっと、そのうち見つかるよ」
金太郎が軽い調子で励ましますが、赤ずきんは切羽詰まった顔のままです。
「ずきんは、あたしにとってすごく大切で繊細なものなの。それこそ、下着のように」
「それは、心中お察しします」
かぐや姫は同情するように言ってから、首を傾げます。
「しかし、あのような特徴的な赤いずきん、間違えて持っていかれることなど、ありますででしょうか」
その言葉に、浦島はリビングでの会話を思い出します。
「乾燥機に入れた……赤い……」
その視線は、金太郎のやけに小さい腹掛けに向けられています。
すると、シンデレラもピンときたようで、腹掛けを指差しました。
「ねえ、もしかしてそれ、赤ずきんちゃんのじゃない!?」
金太郎は、自分の体を見下ろして頭を掻きます。
「ん? ああ、そうか。どうりで小さいと思った。乾燥機で縮んだんじゃなかったのか」
「……許さない……」
小さく呟かれた声に、みんなの視線が赤ずきんに集まります。
赤ずきんはわなわなと肩を振るわせながら、金太郎を見据えます。
「ま、待って、赤ずきん。どうして、拳を構えているの?」
赤ずきんはきつく握り締めた拳を胸の前に掲げています。
「それはね……おまえを殴るためだよ!」
止める隙も与えず、赤ずきんの右ストレートは金太郎の頬にめり込みました。
さて、プリン盗み食い事件については一切進展がないまま、浦島たちはリビングに戻ってきました。
一同が囲んでいるテーブルの上には、例の玉手箱があります。
「それで、これがプリンの残骸というわけですか」
「あたし、プリンなんて知らないよ」
事情を聞いたお鶴と赤ずきんも、心当たりがないようです。
そもそも犯人がいたとして、素直に名乗りでないかもしれません。
「でも、嫌よね。人の物を勝手に食べておいて、知らん顔してる人間が同じ屋根の下で暮らしていると思うと……」
シンデレラが言うと、みんなも気まずそうに互いの顔色を窺っています。
それから、かぐや姫も箱を開けた時のことを思い出しながら言います。
「それに、おかしいですよ。だって犯人は食べておいて、箱を元に戻したってことですよね? バレないと思ったんでしょうか」
それを聞き、浦島はとても大事なことを思い出しました。
「そうだ。おかしいんだよ」
顔を上げると、みんなが浦島に注目しています。
「あの箱を縛っていた紐には竜宮城の特別な力が込められていて、一度解くと二度と結べないようになっているんだ」
みんなはそれぞれに怪訝そうに眉を寄せたり、不思議そうな顔をしたりしています。
「でもあの時、箱の紐は結ばれたままだったよな?」
金太郎が言うように、冷蔵庫から箱を取り出したとき、確かに紐は結ばれていました。
浦島だけでなく、あの場に居合わせたシンデレラやかぐや姫も頷きます。
「紐が結ばれたままじゃ、蓋を頑張ってズラしても、開くのはほんの小さな隙間だし……」
考え込む浦島に、かぐや姫が続きます。
「となると、犯人は箱を開けないで、中に入っていたプリンだけ食べたということになりますが」
「そんなことできる人間いないでしょ? 魔法使いじゃあるまいし」
シンデレラが肩をすくめて言ったそのとき、リビングの扉が開きました。
「ねえ、朝から何を集まって騒いでるの。うるさくて眠れないんだけど」
扉の前で不満げに言い放ったのは、白雪姫です。
「ごめん、白雪姫。実はちょっと事件があって」
「事件かなんか知らないけど。こっちは王子が起こしに来てくれるまで、眠って待ってなくちゃいけないの。あの狭い部屋に、小人7人で待機してるんだからね!」
「はぁ……あんたの声のほうがよっぽどうるさいわよ」
ぼそっと呟いたのは、シンデレラです。
「なんですって?」
それを聞き逃さず、白雪姫がシンデレラに詰め寄ったそのとき。
「やめんか」
穏やかな声が、割って入ります。
いつからそこにいたのでしょうか。キッチンの陰から現れたのは、花咲かじいさんです。
「こんなに天気がいい日に、喧嘩なんぞやめなさい」
宥めようとしますが、白雪姫の興奮は収まりません。
「わたしは悪くないわ。いつも喧嘩を売ってくるのはシンデレラのほうじゃない。だいたい、シェアハウスで暮らすうえでのマナーってものがなってないのよ」
「わたしのマナーのどこがなってないっていうわけ」
聞き捨てならないと、シンデレラが食ってかかります。
花咲かじいさんが、柔らかな口調で「やめんか」と再び制止しますが、ふたりの耳にはもう届きません。
「まず、そのガラスの靴! 床にヒールが当たる音がいちいちうるさいの。やめてっていつも言ってるでしょ」
「何を履いたらダメなんて、そんなルールないわ」
「完全にアウトでしょ。床が傷つくじゃない」
「それを言うなら、あんただって。洗面台を使う時間が長すぎ。『この世で一番誰が美しいのか』なんて、この家の鏡に聞いたって答えちゃくれないわよ」
「あんただって、この前……」
シンデレラと白雪姫は、やがてつかみ合いの喧嘩になってしまいます。
他の住人たちが間に入ろうとしますが、ますますヒートアップしていきます。
このままやり過ごすしかないと誰もが諦めかけたそのとき。
「やめろと言っておるんだ!!!!!」
地を揺るがすほどの怒号が家中に響き渡りました。
みんな、震えながら声の主を振り返ります。
さっきまでの穏やかさとは打って変わって、花咲かじいさんから殺気が立ち上っています。
「お前ら、このまま殺し合いでも始める気かね? いいじゃないか、好きにやりなさい。ちょうど花を咲かせるための新しい灰が必要でね。死体のひとつふたつ欲しいと思っていたところだ。手間が省けてありがたいねぇ」
これには、シンデレラも白雪姫も震えあがって肩を縮めます。
「その……ごめんなさい」
「謝るのは、わしにかね?」
ふたりは顔を見合わせ、気まずそうにしながらもお互いに謝ることにしました。
それを見た花咲かじいさんに、さっきまでの穏やかさが戻ります。
「ほっほっほっ、仲直りできたようで何よりじゃ。今日は天気もいいことだし、庭に出てみんなでのんびりしようじゃないか」
花咲かじいさんの提案で、みんなは庭に出て花見をすることにしました。
庭の木に登った花咲かじいさんが枯れ木に灰を撒くと、華やかな桃色の花が一斉に咲きました。
青い空の下、咲き誇る花を前にみんなの顔も綻びます。
しかし、プリンを食べた犯人は一体、誰だったのでしょう。
謎は残ったままですが、今日のところは追及しないほうがいいのかもしれません。みんなの明るい表情を眺めながら、浦島はそう考えます。
「痛っ! なんかチクッとした」
突然、赤ずきんが声を上げて足元を覗き込みます。
それをきっかけに、あちこちで声が上がり始めました。
「ヤダ、わたしも。虫でもいるのかしら?」
「痛っ、ほんとですね。何かに刺されたような」
みんなが騒ぎ始めたところで、浦島も足にチクリとした痛みを感じました。
「いてっ! 一体、なんなんだ……」
すると、足元から小さな声が聞こえてきました。
「おおい、ここだよ。ここ」
浦島が足元に目を凝らすと、そこには一寸法師がいました。
「ここ、ここ。今日からお世話になる一寸法師です」
「ああ、そんなところに。君が今日から入居する一寸法師くんか」
浦島は一寸法師を手の上に乗せ、目線を合わせるようにして話します。
「さっきから呼んでるのに誰も気付かないから、箸で突いちゃったよ。ごめんね」
どうやらこの騒ぎは虫の仕業ではなく、一寸法師によるものだったようです。
みんなもそれを知り、安心して浦島と一寸法師の周りに集まります。
「ようやく気付いてもらえてよかったよ。朝からずーっといるのに、声が全然届かなくてね」
「そうだったんだ。それは、ごめんね。なんのもてなしもできないままで」
申しわけなくなる浦島だったが、一寸法師はからっと答えます。
「いやいや、僕のためにプリンを用意してくれていたじゃないか」
「え……? もしかして、プリン食べたのって君?」
「誠に美味だったよ。みんなに挨拶してからと思ったんだけどね。紐で結ばれた蓋をちょいと持ち上げたら、一寸ほど隙間が開いたものだから、箱の中に入って先にいただいたというわけさ」
プリン盗み食い事件の真犯人は、一寸法師だったようです。
「……おのれ、プリンの仇!」
浦島は、手のひらの上にいた一寸法師の体をむんずと掴みます。
「うおおおお! 握り潰される!」
「落ち着け、浦島ぁぁぁ!」
金太郎たちが慌てて止めに入ります。
そんなみんなのことを、花咲かじいさんが木の上から温かい目で見守っています。
「ほっほっほっ、今日もうちは平和じゃの」
(おわり)
むかしむかしのシェアハウス 瀬戸みねこ @masutarooo
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