つま先立ちの恋

おじさんさん

『ユウ』

 ここではない、どこかの街の幼い恋心のお話。


      喫茶店『ユウ』


「巴おじさんテーブル拭き終わったよ!」


「ありがとう優那、ココア飲んでいくかい」


 おじさんの手伝いに来ているのだろうか、それとも他の訳があるのだろうか。


 元気いっぱいの笑顔を巴おじさんに向ける、少女。小学校5年生くらいだろうか。


 カウンターに座っている男の隣にちょこんと座る。

 椅子が高くて足をぶらぶらと遊ばせている。


「優ちゃんは今日も元気だね」


 男は注文していたコーヒーを飲みながら優ちゃんと呼んだ少女の顔を見た。


 少し顔が赤くなっている優那。手伝いをした後だからという訳ではない。


「今日もコーヒーなんだ。大介さん」


「優ちゃんにはまだ早いかな?」


「子供扱いしないでよ! なにさ!」


「はい、優那」


 甘い香りがするココアを出す巴おじさん。


 ふ〜ふ〜、と冷ましながら口をつける優那。


「ねぇ、明日の事を忘れてはいないよね」


 ココアの口紅をつけ大介に話しかける優那。


「遊園地にいく話だろう。忘れていないよ」


「おや大介君とデートかい」


 “むふ〜” としてやったりの顔をする優那。


「雨天決行だよ!」


 次の日はあいにくの雨模様。


 喫茶店『ユウ』の前で赤い傘を差して大介を待っているのだろう、オシャレの身なりで今日の時間が楽しくて仕方がない様子の優那。


「今日はアレしてコレして……最後は告白だよね」


 そう言って顔を赤くする優那。


 優那の視線の先に大介が歩いてくる。


 笑顔になるはずだった優那の顔が曇った。


 大介の隣に女の人がいた。花柄のひとつの傘に寄り添うふたり。


 優那の前に恋人同士だと誰が見てもわかるふたりが立っている。


「紹介するよ春香。僕の小さい恋人の優ちゃん」


 優那ではなく優ちゃんと紹介する大介。


 (子供扱いしないで……)


 春香が優那の目線にしゃがみ込む。


「よろしくね。優ちゃん」


 笑顔で手を差し出す。握手を求めているのだろう。


 (綺麗な人……)


 その手を跳ねのける優那。


「その人誰? 大介さん」


「篠崎春香さん」


「大介さんの彼女なの?」


 先程までの幸せな時間が一瞬に消し飛んだ。


「そうだね、だから春香と仲良くして欲しいんだ」


 優那の気持ちを理解せず、ふたりに仲良くしてほしいとの言葉は見事に優那の気持ちを逆撫でした。


「バカー! 私だって今日、告白して大介さんの彼女になるんだから!」


 子供の時の好きは恋人同士の好きとは本質が違うと大人は笑う。


「ズルいわよ。私だって早く生まれてきたら、あなたにだって負けない。今だって……つま先立ちしたらキスもできるんだからね!」


 傘を捨て、喫茶店のドアを開けて入っていく優那。


 喫茶店に入るふたり。春香の手には優那が捨てていった傘を持っている。


 雨の雫か優那の頬を濡らしている。


 カウンターに座っている優那。困った顔の巴おじさん。

 大介も声をかける事に戸惑っている。


 春香が優那の隣に座る。


 それに気づきソッポをむく優那。


「そうね。先に生まれたのはズルいのかもね」


 春香の顔を見る優那。


「ここからはよーいドンよ。私たちいいライバルになれるかしら」


 子供扱いしないで、ちゃんと優那の気持ちも考えている春香に気持ちが安らかになっていく。


「私。負ける気ないですから」


 あくまでも強気な優那。


「あら、私もよ」


 どこまで本気か大人の余裕なのかわからない春香の言葉。


 傘立てに赤と花柄の傘が二本並んでいる。


 雨の音が優しく聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

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