『花梨へ』あとがき
あじさい
本作の基本要素について
拙作『花梨へ』をお読みくださり、ありがとうございました。
本作は、奈名瀬さんの自主企画「なぜ我々は本を読むのが大好きな文学少女の夢を『作家になること』にしてしまうのか?短編小説コンテスト」参加用作品だったわけですが、講評を頂けたので、こちらでご報告させていただきます。
https://kakuyomu.jp/works/16818093091550977536
色々と思うところはありますが、設定された採点基準にそぐわないのは承知で書いたので、順位が低いのは想定内であり、不満は一切ありません。
作者自身も説明不足だと思ったから long ver. を投稿したわけですし、決められた文字数できちんとエンタメ作品を作れなかった作者の力不足なのだろうと思います。
ただ、講評が終わった後でこんなことを書いても負け惜しみにしか見えないことは承知の上ですが、講評を拝読し、本作の基本要素について、どうしても2つだけ、読者の皆さんにお伝えしたくなったことがあります。
本編を読んでよく分からなかった方、講評を読んでさらに分からなくなった方には、お付き合いいただけると幸いです。
1つ目、本作の主人公が飲酒運転をしているのは、花梨の死を悲しんでいるからです。ロックだからとか、文学作品の登場人物に憧れているからとか、花梨の幽霊が怖いからではありません。
「飲酒運転をするのが文学少女だというなら、私の父も文学少女だったことになる」
という講評を頂いて不安に駆られているのですが、学友が急死したとき悲しいと思うのは、「悲しくてたまらない」とか「自然と涙がこぼれた」などと書かなくても伝わると思っていました。
そこが伝わっていないのだとすると、主人公は戯曲が嫌いという話題が、『オイディプス王』を経て日本的な無常観にシフトしているのも不自然だということになりかねませんが、これも主人公が花梨の死を悲しんでいるから、そういう場面を思い出しているんです。ただ偶然に思い出したエピソードがこれだったということではありません。他の箇所もそうです。この作品は全体として、「花梨が死んで悲しい」ということを言っています。
2つ目、主人公が花梨の死によって彼女の小説を読む機会を永遠に失ったのは、花梨が生前に、自分で満足できる小説を書けず、また、雑誌などに小説を公表するところまでいけなかったからです。作者としては「それ以外に理由ありますか」くらいのつもりで書きましたが、どうやら伝わりにくかったようです。
花梨は新型コロナで亡くなっていますが、遺書を書いているくらいなので、体調を崩しながらも一応時間はありました。ただ、それでも自分の死後に残す価値を認める小説を書けなかった、というのが本作の肝です。人生観や死生観に踏み込んだ話を学生時代にしておきながら、読書家仲間の学友が心の底で何を考えていたのか垣間見る機会を自ら逃した、だから、主人公は悲しんでいるのです。
未完結でも、花梨が生きている間に許可を得れば、読めた可能性がありました。というか、花梨が小説を書いていることをぽろりと打ち明けているのは、本人にどれほど自覚があるかはともかく、主人公に相談に乗ってほしいという気持ちがあるからです。そうでなければ言いません。でも、主人公はとっさに「読みたい」と言えませんでした。講評では、主人公が花梨の小説に興味を示さないのは変だというご意見を頂きましたが、本文の「彼女の小説は私のような人間向けではないと思った」というのは、主人公が読む前から花梨の小説を、理屈っぽくて、あるいは説教くさくてつまらないと直感したという婉曲的な表現です(花梨は自分より博識だから自分には作品の良さが分からないだろうと思ったにしても、読んでつまらないだろうと思った点は変わりません)。花梨に興味がないのではなく、花梨と自分の違いを考えて遠慮し、花梨を傷つけない範囲でお茶を濁そうとしたのです。読んでアドバイスすれば良かったのでは、というのが講評の意図だと思いますが、本編で描写している通り、主人公は元々興味がない文章を我慢して読む性格ではありませんし、花梨の作品を読んでつまらないと感じたり、言葉や態度でそれを伝えたりするくらいなら、読みたくないと無意識レベルで思ったのです。答えが分かっているのに「どうしてあの時……」という自問自答が入っているのは、主人公自身がはっきり意識することを避けてきたからです。
当然、会話の流れから、花梨にもそれは伝わっています。小説執筆の話題を振ったのに「読みたい」でも「どんな小説?」でもなく、「陰ながら応援してるね」と言われたのですから、察しがつかない方が変です(花梨がそこで引っ込んでいるのは、強く言ってまで主人公に読んでもらうほどの自信がなかったからです)。主人公が花梨の小説を読む機会を永遠に失ったというのは、そこの事情も含めての話です。
講評ではさらに、「主人公は飲酒運転をして友人の骨を海に撒くほど行動力があるのだから、花梨の小説を読むためなら死後にPCのデータを漁ってもおかしくない」という趣旨のご意見を頂きました。自分の力不足を棚に上げて、「この方は、もし小説志望のご友人が亡くなられたら、故人の日記や個人情報を暴くのだろうか」と疑ってしまいました。主人公が花梨の死を悲しんでいるということが伝わっていないと、主人公が気分で犯罪に走るクズ人間に見えるかもしれませんが、そもそも主人公が色々と無茶をしているのは、花梨の遺志に沿うためです。本当に私利私欲や気分だけで動いているわけではありませんし、自分の読書意欲のために花梨の秘密を暴くようなことはしません。
本文よりも長く書いてきましたが、最初に申し上げた通り、この2点だけはどうしても読者の皆さんにご確認いただきたいと思ってのことです。
伝わりにくかったとすれば、作者の力不足以外の何物でもないわけですが、
「表現として全然的確じゃないけど、この作者はそういうつもりで書いていたのか。文章表現って難しいんだな」
と、温かい目で見ていただけると幸いです。
くり返しますが、今回の自主企画で順位が低いことは想定内ですので、不満は一切ありません。
講評については、第三者の視点から、作者では気付けなかった部分についてご指摘を頂けて、感謝しております。
主催者の奈名瀬さん、その他の審査員の方々、ありがとうございました。
『花梨へ』あとがき あじさい @shepherdtaro
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます