第4話 選抜組エースパーティの出陣と、ぼくらの地道な調査
【Day 2】
緊張のせいか、早くに目が覚めてしまった。身支度を終えて、散歩にでも向かおうかと部屋を出ると、食堂の方からなにやらにぎやかな声が聞こえてきた。
まだぼくらの朝食時間には早いものの、顔を覗かせてみると、ファンタジーRPGらしい装備を整えた六人の姿があった。目立たないように部屋に滑り込み、昨日使っていたところへ腰を下ろす。
「なんか、あのエストバルってやつが勝手に、基本職っていうの? それを設定しちゃったみたいで、気づいたら踊り子ってことになってたのよ」
早乙女さんが、なにやら浮き立つ感じで話しているのが聞こえる。近づくわけにはいかないので、大きな声でしゃべってくれるのはとても助かる。
「わたしはできれば応援に回りたかったんだけど、能力値? っていうのが高かったみたいで、六人に入っちゃったのよね」
六人というのは、パーティの最大編成人数なのだろうか。そして、出撃は一パーティ限定なんだろうか。確認したいことは山ほどあるが、質問できる関係性はない。せめてと、観察癖を発揮することにする。
パーティリーダーなのだろう反町樹は、軽そうな金属製の鎧に、片手剣と盾という装備。端正な顔立ちなだけに、とても凛々しい。
女性陣を取り仕切る早乙女千夏は、洒落た衣装にやや湾曲した片手剣という軽装だった。先ほどの会話からすると、踊り子らしい。初期から踊り子があるって、どんな職業構成なんだ。
体格のよいラガーマンの柳生塁斗は、がっしりとした鉄鎧で上半身を覆い、両手剣を携えている。狂戦士という言葉が脳裏に浮かんだが、剣士、あるいは戦士というところだろうか。剣を持つという面では同じでも、反町とはだいぶ雰囲気が違う。あちらは騎士的な職業なのかもしれない。
知性派と思われる藤ヶ谷雅章は黒いローブの下に革鎧を着こみ、頭部が輪になったいかにもな形状の杖を持っている。魔法使いといったところか。
もう一人の知性派、八雲秀人は白い法服のような衣服の下に、簡素な鎧を着込んでいる。手には、藤ヶ谷のものとは雰囲気の違う、錫杖のような得物がある。僧侶か神官的な役割だろう。
そして、六人目は七瀬……。七瀬瑠衣奈だった。華奢に映る身体を暗色でまとめられた軽そうな服装で包んでおり、腰には短刀の鞘が見える。さらに、背中には小型の弓もある。シーフか斥候か、といったところだろう。
前衛がやや薄いように見えるが、踊り子が戦闘職か支援職かで話が変わってきそうだ。七瀬が前衛なら、それはそれで活躍するだろう。
神官的存在を前衛に置く考え方もあるが、治癒職は貴重だろうからそれはないだろう。回復薬が山ほど確保できるなら、また話も違ってくるだろうが。
さすがに緊張の色もあるようで、やや上滑り気味の会話が展開され、やがて反町とその仲間たちは旅立って行った。選抜組の十二人は門までついていくようだが、そこまでする義理はない。いつの間にか、少し離れた席に琴浪が座っていた。
見送ったところで、秋月と胡桃谷が入ってきた。先ほどの情景についての情報展開をするうちに、昨晩の配膳係の少女がお盆を持ってきた。ぼくは、今日こそ手伝おうと立ち上がった。
出撃する六人の見送りを終えた残留組が、興奮気味に話している。ぼくらは、それを聞きながら朝食を摂る形となった。献立は、昨晩とほぼ同様となっている。聞こえてくる情報は貴重だが、他のメンバーにとってはややきついかもしれない。
食後に、昨晩に久我と作成した城内の地図を取り出し、秋月と胡桃谷にも説明する。いつの間にかこの四人がグループ化した形となっている。
その流れで、昼食までに手分けして調査してみよう、ということになった。久我とぼくとは、商店へと向かう。
「いらっしゃい、ゆっくり見ていってね」
昨晩と同じセリフで迎えられるが、引き続き一銭も持っておらず、冷やかしをさせてもらうことになる。武器と防具、それに携行品や食料なども豊富に揃えられている。店内は窓がほとんどなく、要所に燈火が配置されている。油脂を使っているようで、かすかに臭う。
「自由行動でクエスト制とかなら、楽しめそうなんだけどな。お、防具はサイズがたくさんあるんだな」
久我が鎧売り場に吸い寄せられていく。確かに、同じ商品でも微妙に大きさの違うものが幾つも並んでいる。
「買って装備したら、ピッタリの鎧が現れる、とかいう仕組みじゃないってことか」
「ゲームと言うには、かなり現実寄りだよな。お、手に持って状況票を開くと、情報が出るぞ」
覗いてみると、推奨職種、使用不可職種、価格とパラメータ補正値などが表示される。これなら、買い間違いは心配しなくてよさそうだ。
そして、基本職ごとに売り場が分かれているようだ。広さはさまざまだが、剣士、騎士、槍術士、射手、神官、黒魔術士、白魔術士、斥候、探索者、巫覡、踊り子、吟遊詩人の十二の職種が存在していそうな構成となっている。もちろん、上位職や未開放職種などもあるかもしれないが。
商店は物が溢れていて、見ているときりがないため、ギルドへ向かうことにする。
ギルドも、十二の職種分が揃っている。ただ、現状では無職なので、どこに顔を出してもお客さん扱いという形になるようだ。ここでのギルドは、職業ごとの組合であると同時に、サービスを提供する窓口も兼ねるということなのだろう。
白魔術ギルドと神官ギルド相当の教会では、治療メニューについての説明があった。死者の蘇生もできるが、死んで七日目の夜半で塵となってしまい、再生不能になるとのこと。
この世界で塵になれば、元いた世界で目が覚める、なんてことはあるだろうか? 試してみる気にはとてもなれないが。
斥候と探索者の両ギルドでは、戦利品の鑑定ができるらしい。拾ったものについては、状況票を使っても情報が得られないものもある、ということなのだろう。
食堂に戻る途中、久我が手洗いに向かった間に訓練場を覗くと、高梨風音が素手で修練をしていた。声を掛けると、手を止めてじっと見つめてくる。
「睦月、何の用?」
「いろいろ見て回っているんだ。修練、ひとりじゃむずかしいよね。手伝えることがあったら声をかけて」
ぼくの言葉に、むすっとした表情のまま頷く。なにか思うところがあるのだろう。
「あの……、風音。どうなるかわからないけど、あちらに行かないでくれて、おそらく助かると思う。ありがとう」
「自分なりの選択だから、礼を言われる筋合いはないわ。気にしないで。……それより、どうしてあなたは、」
言いかけたものの、首を振って修練に戻る。何を言おうとしたのかなんとなく察しはつくが、おそらく言っても意味がないと考えたのだろう。一礼して訓練場を出ると、久我が戻ってきていた。
食堂へ戻る途中で行き会った稲垣さんは、並んで歩くぼくらを見て、意味ありげな視線を送ってくる。さては、また妄想を膨らませているのかと、ややげんなり。
食堂に入ると、女子の中心には音海さんがいた。暗い表情の服部さん、芦原さん、進藤さんの三人を慰め、同時にぷりぷりする一之瀬さんをなだめ、反町グループ所属のはずのアリナの聞き役もこなすという、まさに大活躍状態である。その上で、目が合うと穏やかに会釈してくる。できた人だ。
男子では、胡桃谷が近い役割を果たしていて、いらいら気味の山本と、黙り込んでいる星野をなだめてくれているようだった。もう、ホントに神なのか、この人たちは。
西川は、大柄な身体を持て余すようにぼんやりと時を過ごしているようで、不登校だった琴浪は隅っこで何やらぶつぶつとつぶやいている。
水泳部の二人、源と有馬は、朗らかに世間話をしているようだ。この二人と稲垣さんの通常運転ぶりは、とても頼もしいのだけれど、どこか危ういものも感じる。より大きな不安を抱えている、とかでなければいいんだけれど。
……いや、稲垣さんはだいじょぶだろう。内的宇宙を抱えている人間は強いのだそうだから。
下の階を見て来たという秋月が、話を聞かせてほしいとやってくる。把握した情報を知らせると、あちらからもお返しが来た。今回は、一階の調練場や武器庫を中心に調べてきてくれたらしい。武具屋と武器庫があるのがやや謎だと考えているようだが、冒険者的な存在であるキャラクターの他に軍隊が存在する可能性を示すと、納得したようだった。もっとも、その軍隊は、今のところ影すら見えないが。
「安曇の姿が見えないな」
「二階で見かけた。領民の人たちのところに行っているのかな」
そちら方面からの情報も得ておきたい。そう考えていると、音海さんがアリナを連れてやってきた。
「春見野くん、ちょっといいかしら。アリナさんが、あちらサイドに親しい女子がいないそうで、不安を抱えているそうなんだけど、相談するとしたらだれがいいと思う?」
音海さんが首を傾げて問うてくる。
「一色さんと柊さん、それに楠木さんを頼ってみたらどうだろう。三人とも、ちょっととっつきにくいところはあるようだけど、邪険にはされないと思う。まずは柊さんかな。ただ、早乙女さんとその取り巻きの目線を気にして、そちらと仲良くするように言ってくるかもだけど。あとは、それよりなにより、七瀬……さんは、とっかかりさえできれば、頼りになると思う。……でも、なんでぼくに?」
くすっと笑った音海さんは、少し近づいて声を潜めた。
「普段から教室内を観察してるの、誰にも気づかれてないと思ってた? 違う角度の意見も聞いておきたかったから」
「ばれてたか。みんな知ってるの?」
「ううん、でも、もしかしたら反町くんも。あとは……」
そのとき、どやどやと足音が聞こえてきた。音海さんが、アリナを自分の側から送り出す。
金属音を鳴らして入ってきたのは、反町が率いるエースチームだった。取り巻きも引き連れての登場である。
こちらの非選抜組では、彼らの出陣装備を見るのが初めての人が多かったようで、ざわざわと会話が行われている。まあ、なかなか見られない光景だよね。
椅子に腰を下ろした幾人かが、とても大儀そうに語り始めた。
城から出て、最初に相手にしたのはうさぎに似たモンスターだったそうだ。倒すと、経験値とお金が得られるのだと、早乙女さんが得意げに話している。経験値とお金の獲得は、帰還時に状況票で把握したそうだ。
ということは、死体を漁って金銭を得る方式ではないようだ。まあ、うさぎは財布を持っていなさそうだけれど。
戦う感触は新鮮だった、と早乙女さんは興奮している様子。ファンタジーRPGなんてやったことがなかったのだろう。そして、ややきつそうな性格は、モンスター退治に向いているのかもしれない。
声がよく通るのは早乙女さんだが、その他の面々もそれぞれに話し相手を見つけて、武勇伝を語っているようだ。どのような戦闘だったにしても、激しい体験だったろうことは疑いようがない。その中で、斥候らしき姿の少女だけが、寡黙に超然と座っている。
怪我がなかったのか心配する声も出たが、まったくの無傷で帰ってきたそうだ。できれば治療魔法について、把握しておきたかったのだけれど。
昼食を済ませたら、すぐにまた出撃だそうだ。そう言っている間に、人数分のお盆が運び込まれてくる。
食事をしながらの話に聞き耳を立てるが、観察癖が反町に知られているとすると、より気を付ける必要がある。
目線を斜めに向けながら聞いていると、琴浪と目が合った。けれど、あわてて逸らされてしまう。
再出撃の頃には、こちらの食事の時間となる。昼食もまた、穀物と豆などの煮込み料理だった。慣れてしまえば、そういうものかとも感じられる。
出撃は、同じ六人となっていて、他の人たちは待機となっているようだ。こちらの待ちとは、また感じ方が違いそうだけれど。
昼食後も探索を進め、領民の人たちのところにも向かってみる。既に安曇がいて、楽しげに談笑している。
「混ぜてもらってもいいですか?」
「もちろん。被召喚者と話せるなんて、貴重な体験だからな。俺はジルド。あんたは?」
「ムツキと言います。よろしく」
安曇がちらりとこちらを見て、話を続ける。
「そうなんですね。他の被召喚者は、接触しづらいのですか?」
「以前いたのは平定後の城だったから、魔物も出なかったしなあ」
「この城に来たのは、どういったいきさつですか? 志願されたとかでしょうか」
「いやいや、城主の指名さ。うちは家族連れだからいいけど、恋仲の子らが引き離されるとか、いろんな話もあってなあ」
城主からの命令は絶対だそうで、断ることなど考えられないという。安曇は、気長に領民の話を聞いている。
しかし、二日目でこうまで話ができる状態に持ち込んでいる安曇の浸透力は、見事というしかない。どこかつかめない、ただものではない人物に思えていたが、その見立ては正しかったようだ。
「ただ、こうして連れられてきたものの、どこかのエリアが平定されないことには、やることがないんでなあ」
ジルドが大仰に嘆息する。
「それを平定するのが、被召喚者の役目というわけですか」
「ああ、そういう話らしいぞ。もっとも、うちの家系で平定前の城に関わったのは、じいさんの代までさかのぼるけどな」
この世界は、少なくとも三世代は続いているということか。
「ずっとここで過ごすのは、息が詰まってしまいそうですね」
「そうなんだよ。あんたらはエストバルさまの配下じゃないそうだが、できれば平定を急いでほしいところだ。せめて子どもたちには、城の外の空気くらい吸わせてやりたいからな」
子どもの姿も多く見えるが、確かにあまり元気が無いようにも見える。ここに閉じ込められているのでは、無理もないところだが。
と、窓から外を見ていた領民の一人が、パーティが帰還してきたのを見つけたようだ。子どもたちが、一斉に窓の方に向かう。彼らにとっては英雄的存在なのかもしれない。
退屈しているらしいジルドは、まだ話し足りなさそうだが、反町たちの情報も得たい。また来るからとあいさつして、ぼくらはその場を離れた。
「すぐ打ち解けられていてすごいな」
「あまり話したがらない人が多くて、苦労した方ですけどね。これまで得た情報は、後でお知らせしましょう」
「ありがとう。こちらの情報も展開するね」
助かります、と笑った安曇は、三階を通り越して上層階へと向かっていく。
「反町たちの帰還の様子は確認しないのかい?」
「そちらはお任せしますよ。ギルドの人たちからも情報を集めておきたいので」
情報収集は、確かに手分けした方が効率がよさそうだ。夕食後にでも、久我たちとも相談してみようと考えながら、食堂へと向かう。そこには、反町と早乙女さん以外のパーティメンバーの姿があった。
しばらくして、反町に先導される形で、早乙女さんが戻ってきた。
「まったく、ひどい目にあったわ。神官の治療って、役に立たないものなのね」
早乙女さんが、長い髪の先を気にしながら、八雲をにらみつけている。弁護したのは、反町だった。
「いや、怪我を直すという意味では有効だよ」
「でも、切られた髪が戻らないんじゃ……、アンタ、白魔術士の方がよかったんじゃないの?」
「いや、そう言われても……」
神官を基本職とするらしい八雲が、困惑した様子を見せている。
その後のやり取りから察するに、切られた髪が神官の治癒魔法では戻らなかったのが、城の白魔術ギルドの治癒魔法では元通りになったらしい。どういう違いがあるのか、興味深いところだ。術者のレベルの問題なのか、あるいは神官の魔法は治療のみで、白魔術では欠損部分も復元されるということだろうか。
どちらのギルドでも、治療メニューに蘇生という項目があったが、後者だとするとだいぶ意味が違いそうだ。
不平たらたらの早乙女さんを扱いかねたのか、反町たちは早々に解散してしまい、情報収集はあまりはかどらなかった。そこで、ぼくはもう一度領民のいる大広間へと向かってみた。
すると、意外なことに先ほど出撃から戻ったばかりの七瀬……、七瀬瑠衣奈が領民の子どもたちと交流していた。菓子などを分け与えているようだが、まとわりつかれているのは、それだけが理由ではなさそうだ。
腰を落とし、子どもたちの話を聞いている様子は微笑ましい。眺めていると、ひとりの少女が気付いてぼくを指さした。
振り返った瑠衣奈の視線が、すぐに逸らされた。だが、立ち上がりはしない。子どもたちが顔を合わせて、にこりと笑って離れていく。気を遣ってくれたのだろうか。
話す機会はもう、そんなにはないだろう。そう思ったぼくは、思い切って声を掛けてみた。
「あの、いきなり話しかけてごめんね。……今日は、無事だったみたいでよかった」
「ん……」
「ここにいる子どもたち、どこかのエリアが平定されないと、この大広間から出られないみたいだね」
「……」
「ぼくらは、今のところ出撃する立場ではないので、頼りは君らだけなんだけど……、ただ、無理はしないでほしいとも思う」
「……」
この反応は、対話を拒絶されているのだろうか。やはり、ぼくのことは覚えていないのだろうか。
と、その時、先ほどまで彼女のそばにいて、ぼくらを遠巻きに見ていた女の子が悲鳴を上げた。
「ね、ねずみ……」
見ると、確かにねずみが走っている。子どもには怖い存在かもしれない。
隣ですっと立ち上がった気配がすると、ひゅんっ、という風の音がした。ねずみに短刀が突き刺さる。
周囲から拍手と歓声が起こり、子どもたちが彼らの英雄にまとわりつく。彼女の貴重な時間を邪魔してはいけない。ぼくは、会釈をひとつ残して立ち去ることにした。
次の更新予定
Web版「月降る世界の救いかた」 友野 ハチ @hachi_tomono
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