心の妖精と怒りの盃
加賀倉 創作
覆水盆に返らず
ここは、とある人の心の中。
妖精が派遣された。
妖精が、ただ一つのコップがあるのみで大して広くもない心の底の真ん中で、ぐうたらしていると……
ポタ、ポタ。
心の上方から、真っ赤な雫。
「ああ、きたか」
降り止まない、赤い雫。
雫はやがて、滝のようになった。
それを、一つのコップが、受け続ける。
赤く、満たされていく、コップ。
よく見ると、その赤いものは、沸々としている。
それは……
怒りの液体、である。
ついにコップは、怒りの液体で、ほとんど満杯になった。
ブク、ブク。
熱さのあまり、水面は揺れる。
すると妖精は、怒りの液体が溢れないように、宿主に向かって、このように、とてもとても大きな声で、呼びかける。
「おおおおうい! 宿主さんよおおおお! 液がこぼれちまいそうだから早いところ怒ってくれええええい!」
直後。
心が、少しばかり揺れる。
どうやら宿主は、あちらで激怒したようだ。
すると、コップの中の怒りの液体が、まるで時が戻るかのように、心の上方へと
コップの中は、空っぽになった。
この過程は、一日中、円環のごとく繰り返された。
妖精は、割に合わないと、嫌気がさして、別な現場を求めた。
🩸🩸🩸
妖精は、また別な人の心の中に異動した。
今度のは、とてつもなく、広い。
そしてやはり、心の底の真ん中には、コップが一つ。
早速、心の上方から、怒りの液体が流れ込む。
コップが、受け皿となる。
コップは満杯になる。
燃えたぎるように震える怒りの液体は、表面張力によりかろうじて溢れることを免れている。
妖精は、お決まりのように宿主に向かって、怒りを吐き出すよう要請せんと、大声で叫ぼうとした。
が、あるものを見つけて、急遽要請を取り止める。
「わざわざ大声を出すまでもない。あそこに二つ目があるじゃあないか」
妖精の視線の先に、確かにコップが、もう一つ、ある。
いや、もう一つどころではなく、二つ、三つ、四つ……何十とあった。
妖精は、宿主に向かって怒りを吐き出せと要請する代わりに、満たされたコップを次々と空のものに交換することで、怒りの液体に対処するようになってしまった。
そうして一日もすると……
心の底には、沸々とする怒りの液体で満たされたコップが、乱立した。
「そろそろ整理整頓しようか。あそこにちょうどいい大きさの箱があることだし」
妖精の視線の先には、確かに、それはそれは大きな箱があった。箱の下からは、線のようなものが出ていて、どこか外へ繋がっているようだ。
妖精は、なみなみに注がれて真っ赤になったコップを、小さな羽を必死に羽ばたかせながら、箱へと運び入れていく。
箱の蓋が開け閉めされる度に、白い空気が漏れ出る。
「冷んやりとして、気持ちがいいな」
怒りの液体は、箱に収められるのみならず白い空気のおかげで、静まった。
この過程は、来る日も来る日も、円環のごとく繰り返された。
🩸🩸🩸
妖精はぐうたらしている。
あれから、妖精が大声を出さない日が、しばらく続いた。
心の底に乱立する、沸々とした怒りの液体で満たされた、コップ。
もはや、箱の中も、心の底の床も、いっぱいになってしまっている。
妖精は、ようやく重い腰を上げて、宿主に向かって、叫んだ。
「おおおおうい! 宿主さんよおおおお! 心の底は、怒りの液体でいっぱいいっぱいだああああ! 箱の中もパンパンでにっちもさっちもいかないから今すぐに怒ってくれええええい!」
直後。
心は、とても大きく、揺れた。
乱立するコップは、全てひっくりかえった。
遡上は起こらない。
沸々とした怒りの液体は、全て溢れ、心の底を浸した。
箱から伸びる線を、赤が濡らす。
線は、火を吹いた。
火は、怒りの液体に次々とうつっていく。
「これはまずいことになった!」
妖精は慌てて羽ばたいて、心の上方を目指す。
しかし、妖精の羽ばたきは、心の底からの怒りの業火の盛りに優らない。
妖精は、羽を焼かれた。
妖精も、堕ち、焼けた。
ほどなくして、心の中は、紅蓮に染まった。
そして、あちらから、叫びのようなものが響いてきた。
((((コロシテヤル))))
その叫びは、ただの叫びなのか。
それとも、具体的な行動を伴うものなのか。
焼かれる妖精は、知る由もない。
了
心の妖精と怒りの盃 加賀倉 創作 @sousakukagakura
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