天使サンドルは今日も女神ヨルンのために令嬢の運命を翻弄する。
ありま氷炎
☆
「来た!異母妹!さあ、虐げを始めるよん!」
天上界で、大喜びしているのは女神ヨルンだ。
下界の、ある屋敷の様子を盗み見している。
「さあ、どんどん虐めてもらいましょう。やりすぎそうだったら、サンドル。行くのよ!」
「はい、はい」
「返事は一度でいいわ」
「はい」
サンドルとは、女神ヨルンの小間使いであり、天使の一人だ。
彼女は小間使いの返事に満足して、再び下界を覗き見し始めた。
その手元には異世界の神から送られた『のーとぱそこん』がしっかり用意されている。
「えっと、名前はソフィアね。え?またソフィア。ありきたりの名前じゃ埋もれちゃうわ。ゾルフィとかにしようかしら」
女神ヨルンは独り言を言いながら、パチパチと『きーぼーど』をたたく。
女神である彼女は記録するときに、そのようなものは必要ない。
紙とペンを神力で作り、自動で記録させることができるのだ。
けれども彼女は、『のーとぱそこん』を使って物語を綴るのを好んでいる。
異世界恋愛もの、それを彼女が書いている、いや、覗き見している物語であった。しかも自分に都合がいいようにサンドルによって手を加えさせていることが多い。
彼女曰く、「虐げられている期間は、ほどよい長さが好まれる。すぐに救われるとその落差をあまり感じられない。『ざまあ』は徹底的に。たまに国を壊すのもいい」
女神ヨルンの願いを受け、サンドルが手を貸して滅亡させた国もある。
サンドルは、元人間であり、ヨルンによって天使の一人になった。
天使は人間より頑丈で不老。翼をもった存在で、女神の小間使いだ。サンドルのほかにも何人もの天使が存在する。
彼は十年前に天使にさせられた存在で、天使の中ではもっと若い。
サンドルには人間だった時に記憶がある。感じる心もまだ持っており、自分の最近の役目が大嫌いだった。
長く生きると、感情を失いがちになるのが天使だ。
ヨルンはサンドルが嫌そうな顔をするのを好み、彼を小間使いとして重用している。
「え?どうしたの?妹に惚れないの?なんで?ここで妹を好きになって、婚約破棄でしょう?あれ違う。相手を変えるのだから、破棄じゃないわ。そんなことどうでもいいわ。サンドル。あいつを妹に惚れさせて」
「またですか?」
「できるでしょう?前もやったように」
「はいはい」
「返事は一回よ」
「はい」
サンドルはまったく気持ちが乗らないが、主人である女神ヨルンに従うしか選択肢がない。
なので、ヨルンの命令を遂行するため地上へ飛んだ。
サンドルが天使になってよかったと思うことは、空を飛べることだ。鳥のように翼を使って飛べる。風に乗って飛んでいる時は、本当に気持ちがいい。
例え、今からやることが卑劣なことであったとしても、空を飛ぶのは純粋に楽しかった。
誰もいないことを確認して、屋敷の中庭に飛び降りる。怪しまれないようにまずは使用人の一人に化けた。今日は休暇で屋敷にいない者だ。
ヨルンは神であるが、万能ではない。
そもそも、万能であればこうしてサンドルを使わないだろうし、物語は彼女が望むようにいつも進行するだろう。
彼女は怠惰で、眠るのを好む。
その時間もサンドルは彼女の代わりに屋敷を見る必要があった。天使に睡眠は必要ない。神もそうであるが、彼女は眠るという行為を好み、退屈になるとよく眠った。
なので、この屋敷のことは隅々まで理解していた。
ヒロインの婚約者が、その妹を好きにならないのは当然だと思う。正確が悪いし、頭が悪い。いいのはその顔と体つきだけだ。
だから、サンドルはそれを利用して、婚約者を落とそうと決めた。
使用人から妹の姿になり、姉の婚約者に近づく。大きな瞳を揺らして、涙をこぼれさせる。姉を悪く言うのではなく、自分を卑下して相手の庇護欲を誘う。極め付きは『ぼでぃたっち』だ。その豊満な胸を男の体に押し付ける。さりげなく。ここが重要だ。
それで申し訳なさそうに赤くなる。
こういうことを繰り返していると、男は大抵落ちる。
今回もそうだった。
姉の婚約者も一週間で妹の虜になった。
それを知った姉は泣いている。
いい気分じゃない。本当に。
「よくやったわ。さすがサンドル。これでもっと可哀そうになったわね。そろそろ王子の出番かしら」
サンドルは女神の言葉に心の底から安堵した。
姉が可哀そうすぎるからだ。
彼女にとって、婚約者は最後の希望だった。
それを妹が奪ったのだ。
いや、妹ではなく正確にいうならサンドルがだ。
「うーん。盛り上がってくるわ!うん。最高!この瞬間が一番好き。いいえ、この後の『ざまあ』ね。一番好きなのは」
ヒロインの婚約者は奪われ、彼女自身は修道院に送られそうになる。妹はヒロイン同様ちゃんと伯爵の血を引いているので、時期伯爵になる権利がある。
今回の物語は複雑ではなく、とても単純なものだった。
ヒロインを今回救うのは王子様。
病弱だった第一王子は健康になり、王太子になっていた。彼はヒロインが小さい時に会っており、ひとめぼれしている。
ヒロインに婚約者がいると知って諦めていたが、婚約者が妹にすり替わったことから、調査。そして彼女の状況を知り、屋敷に乗り込んでくるという流れだ。
サンドル的には、第一王子が元気になったころくらいに、すぐにヒロインの状況を伝えたかったのだが、女神ヨルンがそれを許さなかった。
悲惨な状況で救われるのが物語の醍醐味だそうだ。
「最悪だ」
「何か言った?サンドル」
「いいえ、何も」
「ふふ。聞こえているわ。異世界恋愛というジャンルはね。『虐げ』と『ざまあ』が重要なの。これから盛大なざまあをしてあげるわ。今回は国は壊せないから、一家を極刑にしましょうか。どうせ、ゾルフィは王妃になるだもの。実家なんて必要ないだろうし」
その極刑に持っていくのも、自分の役目かとサンドルは大きなため息をついた。
数日後、一家は極刑。遺体は山に捨てられ、獣の餌になった。
その様子を女神ヨルンは面白そうに眺めている。
サンドルは吐き気を堪えていた。
「本当、最悪」
「何?」
「なんでもありません」
「聞こえているわ。いいけど。さあ、一気に投稿するわ。今日は短編ね。どこまで行くかしら」
女神ヨルンは、他の世界、異世界の『小説さいと』に自作を投稿している。異世界の神の力を借りて、『あくせす』できるようにしてもらったのだ。しかもその『さいと』も閲覧できる。
「ええ?なんで?」
今回の物語のタイトルは『婚約者に捨てられた令嬢は、王子に溺愛される』。
ひねりも何もないタイトルだが、女神ヨルンはいつもこのようなタイトルをつけている。サンドルには理解できないが、彼女の話を面白いと思う読者が結構多い。
だからこそ、女神ヨルンは下界を覗き見しては、そのような状況の家を見つけるとサンドルに手を加えさせる。
「え?もうちょっとひねりが欲しかったですって?うーん。残念だわ。『らんきんぐ』に乗れない。悔しい。サンドル、次の物語書くわよ」
女神ヨルンは『のーとぱそこん』から目を離すと、下界を再び覗き見る。
「やってらねー」
「何か言ったかしら?」
「いえ。何も」
「聞こえているわ。次こそ、『らんきんぐ』一位になるくらいの面白い令嬢を見つけるわ。『おしごと』もの入れるといいらしいので、器用な令嬢を見つけましょう。サンドル、いいわね」
「はいはい」
「返事は一度でいいわ」
「はい」
天使サンドルの悲惨な日々は今日も続く。
女神ヨルンの執筆活動のため、令嬢の運命を翻弄していく。
(おしまい)
天使サンドルは今日も女神ヨルンのために令嬢の運命を翻弄する。 ありま氷炎 @arimahien
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