赤い靴履いた人形

ふさふさしっぽ

本文

 土曜日に有楽町で開かれていた骨董市で、昭和レトロな女の子の人形を買った。

 サラサラの金髪は青いヘアバンドでまとめられている。着ている洋服も青色。フリルが付いたふわっとしたワンピース。顔は昭和の少女漫画みたいなキラキラの目に、小さな鼻と口がついている。

 靴だけが赤かった。

 バレエシューズのような、つま先部分が丸く、足の甲の部分が開いていて、ストラップがついている靴だ。

 赤い靴を履いた両足を前に投げ出すようにして座っているポーズの人形だった。

 単純に可愛い、と思った。

 大学へ通うため一人暮らしをはじめたが、十八歳女子の部屋にしては部屋が殺風景だと思っていたので、窓辺にでも置こうと思った。

 四十代後半くらいの男性売主は「まけとくから、返品不可ね」と不愛想に言った。


 怪異はその日の夜に起こった。


 何か音がする、と思って私は目を覚ました。スマートフォンを見ると夜中の二時。

 暗がりの中布団に入ったまま耳を澄ますと、それは音ではなく。


『いたいよ、いたいよ』


 という幼い女の子の声だった。

 私は急いで部屋の明かりをつけた。


『いたいよ、いたいよ、あんよがいたいよ』


 声の出所は窓辺の人形だった。骨董市で昨日買った、昭和レトロ人形。

 人形の口は閉じたままだが、たしかに人形の方から声がする。

 おしゃべりする人形だったのか……それにしても「いたいよいたいよ」はないだろう。

 混乱した私は、恐怖で思考が停止していた。窓辺で座る人形を立ったまま見つめ、固まっていた。


『ねえ』


 人形のセリフが変わった。


『あんよがいたいのあなたのとかえて』


「ひゃああああああ」


 私は情けない声を上げながらマンションを飛び出した。



 事情を話し、近くに住む友人宅に泊めてもらい、朝になるとその友人とともにマンションにもどった。

 恐る恐る部屋をのぞくと、人形は大人しく、窓辺に座っていた。


「本当にしゃべったの?」


「うん。たしかにしゃべった」


 友人は私が寝ぼけていたんじゃないかと、懐疑的だ。


「人形はあんよがいたい、って言ってたんだよね。靴を脱がしてみたら」


 人形の服や靴は着脱可能にできていた。

 私が明らかに尻込みしていたからなのか、友人が人形の赤い靴を脱がしてくれた。脱がしたあと「なにこれ」と言って、人形から距離をとる。


 人形の両足はつま先がズタズタに引き裂かれていて、真っ赤に着色されていたのだ。


「趣味悪」


 友人は明らかに引いていた。


「一体誰がこんなこと……」


 私は恐ろしくて、なんと言っていいか分からなかった。

 サラサラの髪も、青いヘアバンドもワンピースも、キラキラの目も赤い靴も古いものとは思えないほど状態がいいのに、つま先は無残だ。

 一応私と友人は人形のワンピースも脱がせてみたが、傷ひとつ見当たらなかった。つま先だけだ。異様なのは。

 こうしている間にも人形がまたじゃべりだすのではないかと、私は気が気でなかったが、人形の声を聞いていない友人はまだ気持ちに余裕があるようで、人形のつま先に手を伸ばし、触れた。


「ぎいゃあああああああああああああああ」


 友人は叫び、のけぞり、後ろに尻餅をついた。


「足、あしが、ガッ、いだイイぃ、足ッ」


「足? 何ともなってないよ、しっかりして」


 訳が分からず、床で激しくのたうち回る友人をおろおろしながら宥めた。


「つ、つま先がっ。ああああアッ」


 淡い黄色の靴下をはいている友人のつま先が、どす黒くなっていくのが分かって、私は戦慄した。


『あんよがいたいのあなたのとかえて』


 人形がしゃべった。


『あんよがいたいのあなたのとかえて』

『あんよがいたいのあなたのとかえて』

『ねえ』

『かえてかえてかえてよお』

『かえてかえてかえ』


 とっさに脱がせた赤い靴を人形に再び履かせた。

 ぴたりと人形は黙った。


 友人は床に転がったまま、荒い息を吐いてぐったりとしている。

 どす黒かったつま先は元通りになり、もう痛がってはいないが、まだ口を利ける状態ではないようだ。

 

 私は人形を掴み、紙袋に入れると、友人の了承を得て友人をその場に残し、ネットで調べた人形を供養してくれるという寺に向かった。

 寺の住職に全てを話すと「つま先を修復して、ちゃんと供養してあげれば大丈夫」と言って、受け取ってくれ、私はほっとしてマンションに戻った。

 すでに日が暮れていたが、友人はまだ私の部屋にいた。

 私は友人に謝ったが、不思議なことに友人はあまり覚えていないという。


「つま先がねじれて千切れそうなほど痛かったんだけど、なんだかその記憶ももう曖昧で」


 夢でも見たような口調である。

 私は幾分ほっとして、寺での供養がうまくいくことを願った。

 一体誰があの人形のつま先をズタズタにして、赤く塗ったのか。それとも作り手がもともとああいう風に作ったのだろうか。

 本当のことは分からないが、もう骨董市で人形は買わないと、私は心に誓った。



――後日、人形のその後が気になって、寺に連絡したところ、目を離したすきに人形が消えてしまったと住職に言われた。

 ちょうどつま先を修復し終えて、これから供養というところだったという。



終わり。



 


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