●第2章:『赤土の目覚め ~異なる時を生きる少女~』

 最初に感じたのは、乾いた大地の匂いだった。


 目を開けると、そこには見慣れない光景が広がっていた。赤土の大地。古代の湖が輝く地平線。ユーカリの木々が風にそよぐ音。


 私は、自分の手を見て驚いた。小さく、褐色の肌をした少女の手だった。長い黒髪が風に揺れる。


「ワイラ! どこにいるの?」


 聞き慣れない、しかし懐かしい声が聞こえる。母の声だった。いや、この身体の母の声だ。


 私は、ジェームズ・ウィリアム・カーターという一人の研究者の記憶を持ちながら、ワイラという名の10歳の少女として、紀元前8000年頃のオーストラリアの地に立っていた。


「ここよ、お母さん!」


 声が自然に出る。それは確かに少女の声だったが、その中に前世の意識が混ざり合っているのを感じた。


 母、イラーナが近づいてくる。彼女の動きには、大地と一体となったような優雅さがあった。私は彼女の姿を見て、これまで文献でしか知らなかったアボリジニの女性の伝統的な装いを、生きた形で目にしていることに気づいた。


「また、遠くを見ていたのね」


 イラーナの声には、優しさと共に、少しの心配が混ざっていた。


「お母さん、私……」


 言葉に詰まる。この状況をどう説明すればいいのだろう。私の中では、21世紀の研究者としての記憶と、この時代を生きる少女としての感覚が、不思議なバランスを保って共存していた。


「分かっているわ。あなたは特別な子。


 イラーナの言葉に、私は驚きを隠せなかった。彼らは私の状況を理解しているのだろうか?


「長老たちも言っていたわ。時々、遠い未来や過去の記憶を持って生まれてくる子供がいるって。それは、大地が私たちに伝えたいメッセージがある時なの」


 母の言葉は、前世の私が研究していた内容と重なり合う。しかし、それは単なる学術的な理解ではなく、生きた知恵として語られていた。


「さあ、今日はブッシュタッカーを集めに行きましょう。あなたなら、きっといい場所が分かるはず」


 イラーナの導きに従って歩き始めながら、私は新しい発見に胸を躍らせていた。これは単なる観察ではない。実際に彼らの一員として生きる機会を得たのだ。


 歩みを進めるうちに、体が自然と動き出すのを感じた。これは、ワイラとしての本能だろうか。それとも、大地そのものが私を導いているのだろうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る