第6話 過去に思いを馳せる
バシーンッ!
芯を食った強い打球音を残してボールは外野の間を抜けていく。
今日の練習、というかこのところシートバッティングでいい感じに打球が飛んでいき、打撃好調だ。
「さっきの打球はスゴかったじゃん。お前ならランニングホームランいけたんじゃね?」
話しかけてきたのは同じ学年で同じクラスでもあり、野球部に入部した当初から気が合う練習仲間の茂山五郎だ。
既に打席を順番待ちの部員に譲って一息ついていたオレは、タオルで汗を拭いつつ話に応じる。
「まあ、そうかもな」
「それにしても、前より打席で落ち着いているっていうか。何か心境の変化でもあったのか?」
「ああ……色々とスッキリしたからかも」
そう言いながら右手を前に出したのがいけなかった。
「なるほど。色々と溜まっていたものを抜いたというわけだ」
「え? いや……まあ、そんなとこだ」
「ちょっとあんたたち! グラウンド内で堂々とイヤラシイ話をしないでくれる?」
「友梨じゃないか。そんなんじゃねえよ」
「じゃあ何だっていうのよ?」
「何だっていいだろ……っていうか友梨、さっきのをイヤラシイって思うってことは……」
友梨は急に顔を真っ赤にして黙りこくってしまった。
しかし次の瞬間には顔を紅潮させて烈火のごとく怒り始めたのだ。
「ハ〜ヤ〜ト〜! わたしのことをどんなふうに言うつもりだったの〜!?」
「あわわ……逃げる!」
「コラー! 待ちなさい隼人!」
「あー、羨ましいぜ隼人の奴。かわいい幼馴染と毎日夫婦漫才できてよー」
◇
今日の練習は終わって、今は寮の部屋の中。
で、机の椅子に座り、物思いに耽っている。
何故オレは最近スッキリして練習に臨めているのか。
それは、異世界に行ってダンジョン攻略に参加し始めたから。
いや、これは正確じゃない。
ダンジョンで魔物のコアをかすめ取る、その行為でオレの両手が疼くのを発散できたから。
時々無性に発生してしまう、物を盗み取りたくなるって衝動を。
オレは幼い時から窃盗の常習犯だった。
でも、それはやりたくてやっていたのではない。
両親に命じられてやるしかなかったのだ。
オレの両親は、まさに典型的な親ガチャの大ハズレそのもの、とんでもない毒親だった。
両親はどちらも子供時代からクズなことばっかりやってた素行不良少年少女だったらしい。
そんな2人が、愛情もなくオレができてしまったから、やむなく結婚したのが不幸の始まりだ。
父親も母親も働きもせず、犯罪まがいの詐欺行為やネットに過激な動画をアップしたりといったことで日銭を稼ぐ日々。
そしてそれをギャンブルやらにつぎ込んで浪費し、オレはまともな食事も与えられなかった。
やがてオレはスーパーで万引きしてこいと命じられるようになった。
両親からすれば、幼い子供にやらせれば警戒されにくく、バレても子供がやったことと言い逃れしやすいという都合のいいやり方だったのだ。
オレは空腹もあったし、やはり親には逆らえなかったので必死で万引きした。
殆どバレることなく成果を上げ続けるオレを見て、次第に置き引きや引ったくり、かっぱらいまでやらせるようになった両親たち。
幸か不幸か、オレには盗みの才能があった。
特に人並外れた俊足は引ったくりで逃げ切るのに有効過ぎた。
やがてオレは両親から悪い仲間に紹介され、いよいよ本格的に悪い道へ。
その仲間は窃盗団に所属しており、オレは空き巣やスリ、引ったくりで荒稼ぎするようになった。
学校でも衝動は抑えられず手グセの悪いことを繰り返し、オレはクラスでもずっと孤独に過ごしていた。
だけど友梨だけは何故か離れずに登下校を一緒にしてくれたっけ。
でも家には絶対に彼女をあげなかった。
クズの両親に目をつけられたら被害にあうのが目に見えているからだ。
そんな荒んだ生活も、中学2年生の時にようやく終わりを迎えた。
両親がとんでもない犯罪を犯して長期の服役となり、オレと繋がっていた窃盗団もそれをきっかけに警察によって一網打尽にされたからだ。
解放されたオレをまっとうな道に戻すべく、友梨は父親に頼み込んでこの学校への受け入れに道筋をつけ、受験勉強の面倒まで見てくれた。
オレは彼女に足を向けて寝ることはできない、それほどの恩義を受けた。
だから盗みの衝動を覚えても必死で我慢してきたが、そのせいか勉強も練習も集中しきれない日々だった。
そんなときに異世界に無理矢理召喚され、ソニアたちと出会い、衝動を正当な理由で発散できるようになった。
なんだかんだ言ってオレは今幸せな人生を歩めているのだ。
さて、今日はもう寝るか、その前にトイレへ。
だがトイレのドアを開けると、またもや異世界に繋がっていたのであった。
神足くんは盗るのが上手い ウエス端 @Wes_Tan
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