第5話 帰還

「ふう。ようやく地上に戻ってきた〜! 空気がうめぇ!」


 オレは思いっきり深呼吸して空気を胸いっぱいに吸い込む。

 やっぱりダンジョン内はどことなく空気が澱んでいて、何となく息苦しかった。


「ハヤト、今日は色々と助けられたな。また次にパーティ組むことがあったら、その時もよろしく頼む」


 ラファウは爽やかに労いの言葉をかけてくれた。

 どっかのバカとは違って、これぞ人格者って感じ。

 こういうふうに言ってもらえると、こっちも素直に返したくなるってもんよ。


「ああ、あんがと。ラファウさんこそタンク役をキッチリ果たしてくれて、メッチャ頼もしかったぜ」


「あの……あの時は、助けてくれて、ありがとね」


 ヒーラーのリラは照れくさいのか、身体を少々くねらせて視線を横に逸らしながら礼を言ってきた。


 同じパーティの仲間といっても、今日出会ったばっかの男にあんな形で庇われるのは、気分としては複雑ってとこか。


「いや、どうって程のことはしてないんで」


「おい。まあまあやるってのはわかった。だけど、やっぱおれはお前が気に食わねえ。2度とおれの前に姿を現すな」


「オレもそう思ってるんだけどよ、レック。今日みたいにギルドで勝手にパーティ組まされるのは、どうしようもねえ」


「テメェがこの街から消えれば済むことだ」


「オレは自分の都合でそれができねえんだよ。文句あるならソニアに言え」


「……ソニアちゃん。コイツとはどういう関係? 親戚とか、実は弟、とか?」


「いえ、どちらでもありません」


「ま……まさか恋人ってわけじゃ」


「それも違います」


「それじゃあ何なんだよ!」


「詳しくは言えませんが、彼とはダンジョン攻略を目的とした契約関係にある、とだけ言っておきます」


「なんだよそりゃ。おいガキ、次に会ったときは極力おれの視界に入ってくんな。どうしてもって時は極めて丁寧に話しかけてこい」


 オレはレックに何も返事しなかった。

 どう返したって雰囲気が悪くなることはあっても良くなることはないとしか思えなかったのだ。


 それでも気まずい空気が漂ったが、ソニアが別の話題に切り替えてくれた。


「では、皆さん今日はお疲れ様でした。倒した魔物たちですが、コアの破片は回収できてますか?」


「問題ない」


「ではそれをギルドで換金して、皆さんで分けてください。私はもう行きますので」


「ちょっと! ソニアの分はどうするのよ?」


「私はこれからハヤトを宿舎に送って、そのあとは予定がありますから。ですので私の分を考える必要はありません」


「ソニアちゃん、飲みに行くって約束は? 宿舎なんぞソイツ一人で行けるだろう?」


「いえ、彼はこの街のことは殆どわからないので、案内が必要なのです。それに私もすぐに戻らないと」


「クソガキぃ……」


 レックの奴、なんでオレを睨みつけてくんだよ。

 どっちにしてもソニアは用事があるって言ってんだから潔く諦めろってんだ。


 オレとソニアはここでパーティメンバーたちと別れ、オレが街に入った時に出た地点目指して歩いていく。



「2人とも行っちゃったねー」


「あのクソガキ、やっぱ今度あったらクソ殺す」


「ハヤトもよくわからん男だが……ソニアは何者なんだろう? 償金いらないって有り得ないだろう」


「噂じゃあ、どっかの金持ち貴族様のお嬢様って言われてるよ」


「騎士だし、貴族なのは間違いないだろう。それでもカネに無頓着過ぎて理解不能だ」


「どうでもいいけど早いところ換金してパーッと飲みに行こうぜ、パーッと。あー腹立つ!」


「ちょっと、ヤケ酒は勘弁してよね!」



「それではここで。今日は本当にありがとうございました、ハヤトさん」


「ああ、それじゃ」


「……でも良いのですか? せめてお食事だけでもお礼代わりにご馳走しますが。ゲートが閉じるまでまだ時間はあるのですよ?」


「いいよ、オレは少しでも早く帰りたい。それにこっちも色々とスッキリさせてもらったし」


「そうですか。でもいずれキチンとまとめてお礼させてくださいね?」


「それよりもさ。オレの世界へ繋がる先が、毎回部屋のトイレなのはちょっと。なんとかなんねーのか?」


「それは、最初の召喚時に偶然そこに繋がってしまいまして。変更するにはあちらの世界のこと……少なくともハヤトさんの生活している範囲の情報をこちらが把握する必要があります」


「つまりソニアがこっちに来るしかねーってことか?」


「そういうことですが、それをするにあたっても準備が必要でして。申し訳ありませんが、しばらく我慢していただけますか?」


「できるだけ早めに頼む」


「はい。では、次にハヤトさんの力をお貸しいただきたい時にまた」


 ソニアは手を小さく振って見送ってくれた。


 帰るといっても、一見何もない場所ではあるが……オレが通り過ぎた時だけ、そこは別の世界とつながるゲートとなる。


 一瞬だけ目の前が暗くなったあと、オレは自室のトイレの外に出てきた。


 そしてドアを一回閉じてもう一度開け直すと、そこには便座がちゃんと見える。


 ようやく異世界から戻ってこれた、そう思うと疲れがどっと出てきた。


 そしてオレが向こうに行っていた間に経過したのは10分程度。

 向こうとは時間の進み方が違うので助かる。


 とにかく疲れ切ったオレは、そのままベッドに倒れ込み、朝までぐっすり眠ってしまった。

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