第7話 貴族たるもの
馬鹿貴族のボンボンが逃げ去ったので、俺とワリス・タックは改めて校舎に向かって歩き出す。
ワリスは俺より小柄で、聞けば194カル(約155㎝)しかないらしい。
別に女の子っぽいというわけじゃないが、身体も華奢な感じで、茶色の髪はフワフワしていてどことなく小動物っぽい見た目だ。
その割には声は大きめで、物怖じしない性格のようで、商家出身と聞いて納得した。
「レスタール様は、僕が平民でも気にしないんですね」
「フォーディルトで良い。様付けされるのは落ち着かないからな。というか、さっきの奴にも言ったが、まだ正式な貴族じゃないんだから立場は似たようなもんだろ? それに、うちの領地じゃ、貴族だ平民だなんて言ってたらやってけない」
並んで歩きながら、お互いのことを話す。
三年も通っているとはいえ、学部が違うので俺はワリスのことを何も知らない。
向こうは俺のことを知っているようだが、どうせ噂が基のろくでもないものばかりだろうし、早めに修正しておいたほうがいい。
「レスタール辺境伯領の話は聞いたことがあるんですけど、その、信じられないものが多くて。行くだけでひと月近く掛かるんですよね? えっと、風光明媚なところだと」
「はっきり言ってくれて構わないぞ。俺から見てもド田舎だからな」
いくら言葉を選んだところで実態は変わらない。人口だけは帝国の他の領と比べてもそれなりに多い方なのに、商人すらレスタール領には来たがらないくらいだ。
「僕は帝都から出たことがないので羨ましいです。って、この言い方は失礼ですよね」
大陸東部に広大な版図を持つ帝国の文字通り中心が帝都だ。
なので、はっきり言って馬鹿でかい。
三重の城壁に囲まれた都の端から端まで移動するだけで、徒歩なら丸一日かかってしまうほどの面積があるので、貴族以外の住人の大半は帝都から出ることなく暮らしている。
まぁ、ある程度街道が整備されているとは言っても野盗が出ることもあるし、商隊に同行するにしても護衛を雇うにしても結構な金が掛かる。
よほどの事情がなければ生まれ育った街を離れるような無茶はしないのが普通だ。
「俺なんかは帝都みたいに人が多いと疲れるからなぁ。その分楽しい場所も多いけど」
最初は緊張してたワリスも、歩いているうちに肩の力が抜けたのか、口調は丁寧なままながら田舎者の俺のために帝都の面白い場所や穴場を教えてくれるようになった。
……単に俺に貴族の威厳とかがないからかもしれんが。
「あ、フォー! おはよう!」
「レスタールさん、おはようございます」
校舎の入り口近くまで来たとき、ふたりの男女が俺の顔を見て声を掛けてくる。
「ボーデッツとウィミルか。おはよう」
足を速めて近寄ってくるふたりに、俺も笑いかけながら片手をあげて挨拶を返す。
ひとりは少し高めの背で中肉、人の良さそうな丸顔と赤毛が特徴の男、ボーデッツ・クルーフ・タルド。もうひとりが少しくすんだ金髪に紺碧の瞳、小柄な身体と快活そうな明るい表情の女の子、ウィミル・ヴィセクだ。
ボーデッツは貴族科の同じクラス。ウィミルは政務科だが、共通科目で一緒になることが多く、親しくなった。
「なに? 貴族令嬢に相手にされないからって同性に走ったの?」
「よし! その喧嘩買った! 表出ろ!」
「じょ、冗談だって! っていうか、表出るもなにも、ここ外だから」
俺とボーデッツの掛け合いにウィミルは笑っているが、ワリスはポカンと口を開けて驚いている。
「ああ、紹介するよ。コイツはボーデッツ、タルド男爵領の長男、だったよな? それからこっちがウィミルだ」
「よろしくね。貴族って言っても下級だから畏まらないで良いよ」
「ウィミル・ヴィセクです。政務科の3年なので何度か会ったことありますよね」
「え、えっと、ワリス・タックです。帝都出身の平民で、その……」
そこまで言ってワリスは困惑したようにボーデッツや俺の顔をチラチラと見比べている。
……なんだ?
「どうかしたの?」
代わりにボーデッツが訊いてくれた。
「あの、フォーディルト様は辺境伯家のご令息ですよね? なのに、男爵様やヴィセクさんとすごく気安い感じだったので」
ワリスのその言葉に、ボーデッツとウィミルが、あ~って感じで何度も頷いた。
「フォーは変わり者だからね。相手が平民でも態度が変わらないし、なんなら馬鹿騒ぎとかしでかして一緒になって怒られてるくらいだから」
「私も最初はあまりに身分が違うから緊張してたんですけど、レスタールさんはあまり貴族らしくないので」
ふたりの俺の評価が酷い件。
ってか、そもそも爵位を継ぐどころか学院の卒業すらまだしてないんだから、身分なんて平民と一緒だろう?
「……ね? フォーはこういう奴なんだよ。だから平民や下級貴族の子女からは結構好かれてるんだけど、逆に高位貴族家の人は変人扱いしているよ。と言っても、フォーは強いし、それにフォルス公爵令嬢リスランテ様と親しいから直接文句は言わないけどね」
ひとり例外は居るけどな。
まぁ、ボーデッツの言い方はともかく、学院で俺が若干浮いているのは確かだ。
この国には爵位と官位という二重の身分制度が存在する。
爵位が7階級、官位が第一階位から第八階位まで。そのいずれの階級にも属さない者は平民という身分だ。
正確にはそのさらに下、納税義務を果たしていない
帝国は国土が広大で、移動や情報伝達にも膨大な時間が掛かる。だからある程度の身分制は必要だし、それがないと円滑に領地を治めることができない、らしい。
まぁ、
ただ、どうも高位貴族の連中はそういう考え自体が気に入らないらしい。
身分をないがしろにすることは自分たちの立場を脅かすとでも思っているんだろう。
俺としては別に帝国の制度に文句があるわけじゃないし、辺境伯家の子息ということで恩恵を受けているのも自覚しているのでとやかく言うつもりは無い。
ただ、貴族という立場を勘違いして横暴に振る舞う奴は気に入らないから、ときおり衝突することがある。さっきみたいにね。
「貴族たるもの、こうであれ! なんてのが性に合わないからな。それに平民でも優秀な奴は沢山居るから」
俺がそう言って肩をすくめると、ボーデッツがことさら呆れたように溜め息を吐く。
「だからといって、優秀な平民を片っ端から勧誘するのは止めてほしいよ。教師から僕のところに苦情が来るんだから」
しょうがないじゃん。
脳筋揃いのウチの領地は優秀な事務官がいくらいても足りないんだよ。
俺の学院生活での第一優先はお嫁さん探しだが、二番目は優秀な文官のスカウトなのだ。
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