第5話 リスランテ・ミーレ・フォルス
「お帰りなさいませ」
リスランテが寮にある自室に戻ると、同じ年頃の女性が使用人のお仕着せで恭しく頭を下げる。
「はぁ。いつも言っているけど、いちいちボクの部屋で待機している必要はないよ」
「いえ、公爵閣下からくれぐれも無礼のないように仕えるよう申しつかっておりますので」
いつもどおりの言葉にいつもどおりの返答。
いい加減飽き飽きしているやり取りに、リスランテは小さな溜め息を吐いた。
「ボクは侍女なんて要らないって言っているのに。おかげで同級生なのに気軽に話もできないじゃないか」
そう愚痴ると、女性は困ったように眉を寄せる。
「リスランテ様は公爵令嬢なのですから、側仕えのひとりも付けないというわけにはまいりません」
「学院は在学者平等を謳っているんだけどねぇ。規則でも使用人は置けないことになっているんだし」
言いながらも、それが建前に過ぎないことは彼女も十分に理解している。
学院の設立目的の根幹は、皇帝への忠誠心を若い貴族子女に植え付けることだ。
広大な領地を有する帝国は、その国土の広さからどうしても封建制を取らざるを得ない。
遠い領地は帝都から馬車でひと月以上掛かるほどの距離があるし、情報一つとっても中央集権では運営ができないからだ。
そこで問題となるのは、皇帝の目が行き届かない領地で、領主貴族が皇帝の意思を無視して好き放題したり、叛意を持ちやすくなることだ。
もちろん皇帝の意を受けた者が定期的に各地を査察し、不審な行動がないか目を光らせてはいるが、上手く隠しおおせたり、監察官や密偵を抱き込んだりする貴族も居ないわけがない。
事実、過去にそのような事例はいくつも報告され、時には大規模な叛乱が起こったことすらある。
そこで、最も人格形成に影響のある満12歳から最低5年間、家から遠ざけて教育を施しつつ、帝国にとって危険な思想を持っていないか監視する機関として設立されたのが帝国高等学院なのだ。
貴族家の子女は例外なく学院の寮に入らなければならず、原則として年に一度ある60日間の長期休み以外は家に戻ることができないと決められている。
なので、貴族家の意向を受けた従者の同伴は認められておらず、基本的にどれほどの高位貴族子女でも自分のことは自分でしなければならない。
とはいえ、締め付けられれば対応策を見いだすものである。
高位貴族たちは、自家の子女が学院に入学すると、寄子や傘下の下位貴族の子女を従者代わりにするようになったのだ。
ただ、従者といってもそこはやはり同じ年頃の子供でしかないし、実家に帰ることができないのは同じなため、事実上学院には黙認されている。
ましてやフォルス公爵家は帝国随一の最高位貴族。それも現当主は宰相を務める重鎮だ。
広大な領地を与えられ、寄子の貴族も把握しきれないほど多い。
特定の派閥には属していないが、事実上のフォルス派と呼べるほどの勢力だ。
当然、公爵令嬢であるリスランテが入学すると、複数の貴族家から従者として子女を側に置いてほしいと申し出があり、本人は固辞したものの、父親の命令で数名の令嬢がその任にあたることになったのだった。
リスランテとしては、実家を離れての寮暮らしも、身の回りのことを自分ですることすら楽しんでいるので、彼女たちの存在を煩わしいと思うこともある。
とはいえ、入学してすでに3年目ともなれば慣れたし、協力者だと思えばそこまで気にすることもない。
何度普通に接するように言っても、公爵家の不興を買うことを恐れる彼女たちの態度が改善することはなかったので、リスランテはもう一度溜め息を吐いて話題を変えることにした。
「まぁ、いいや。それで、クレジェス。子爵令嬢の件は上手くやってくれたかい?」
「はい。当主の子爵閣下も条件には満足していたと報告を受けております」
「彼女のほうはどう? もし乗り気だっのに断らせたとしたら少し気が咎めるからね」
「いえ、それなりに会話をする機会があったので好感は持っていたようですが、やはりレスタール辺境伯領に嫁ぐのは躊躇していたとのことでした」
クレジェスと呼んだ侍女服姿の同級生の言葉にリスランテはホッとしたような表情を見せる。
「とにかく、令嬢には代わりに良い縁談を用意するように父上に連絡しておいて」
「承知いたしました」
リスランテの指示にクレジェスは頭を下げる。が、すぐに部屋を出て行くことなく、何か言いたげに視線を
「どうかしたのかい?」
リスランテがそう水を向けると、彼女はおずおずと口を開く。
「いえ、その、どうしてこのような……」
「回りくどいことをするのか、ってことかい?」
「は、はい」
話の流れから、件の子爵令嬢が、フォーディルトからの求婚を断ったスアミドース子爵家のスリエミス嬢なのは察することができる。
そして、リスランテが、何らかの条件を出したか圧力をかけたかして、その結果になったことも。
「お嬢様はフォーディルト様と親しい間柄ですし、身分的にも釣り合いますから、普通の手順で縁談を進めればよろしいかと思うのですが」
その言葉に、リスランテは苦笑を浮かべて首を振る。
「そう簡単な話じゃないからね。ボクも、彼の家も。まったく、貴族なんてなるもんじゃないよ」
そう言ってから口を閉ざす。
それ以上説明するつもりがないことを察したクレジェスは、一礼して部屋を出て行く。
「ホント、ままならないものだよ。それにしても、今回は危なかった。もしフォーがもっと積極的に押していたら、スリエミス嬢も承諾していたかもしれない。何か手を考えないとね」
彼女はそう独りごちると、自嘲するように肩をすくめた。
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