第4話 フラれる理由
俺とガーランドが剣呑な気配を振りまいているせいで、部屋に居た数少ない連中がそそくさと逃げるように居なくなっていく。
別に八つ当たりなんてしないぞ?
「俺なんかに構ってて良いのか?
いまだに俺を小馬鹿にしているかのように見ているガーランドを挑発するように言うと、途端に顔を赤くして目つきを鋭くする。
「まぐれで何度か私に勝った程度で調子に乗るなよ、山猿が!」
「そんな台詞は一度でも俺に勝ってから言えよ、犬っころ」
バチバチと火花を散らしながら睨み合う。
が、頭ひとつ分コイツのほうが背がでかいのでさらに腹が立つ。
「やれやれ、君たちは顔を合わせるとすぐに喧嘩になるね。ここまでくると逆に仲が良いんじゃないかと思うよ」
一触即発の空気を、リスランテの呆れたような声が割って入った。
「「誰がこんな奴と!」」
「ほら、息がぴったりじゃないか。それに、帯剣していないとはいえ、君たちにここで暴れられると部屋が滅茶苦茶になってしまうからね」
前半の言葉には異論ありまくりだが、後半には俺もガーランドも矛を収めるしかない。
以前に似たような状況で別棟の部屋を壊したことがある。しかもその後にふたりだけで片付けをさせられたときのなんとも言えない空気といったら。
……思い出したくもない。
俺たちは互いに苦し紛れに舌打ちして、目を逸らした。
「ふん。まぁいい。どうせ貴様のことだから誰彼構わず令嬢の尻を追いかけて振られたのだろうからな」
ぐっ……。
もちろん誰でも良いなんてことはないが、俺の学院生活の最重要課題がお嫁さん探しなのは事実だから否定はしづらい。
俺の顔を見て察したのだろう、ガーランドが微妙な視線を俺に向けてくる。
コイツも学院に通う貴族子女が在学中に婚姻相手を探すというのがかなりの重要度を占めていることは知っている。
貴族である以上、婚姻の相手は家にとって利益をもたらすか、最低でも不利益にならないように選ばなければならない。
それは貴族の家に生まれた義務のようなものなのだが、とはいえ、さすがに年若い男女が、会ったこともない相手を伴侶とすることに抵抗がないわけがない。
家としても、よほど野心のある当主でもなければ、できれば子供には幸せになってほしいという気持ちがある。
その妥協点として、帝国貴族の子女が必ず通わなければならない学院在学中に自分達で相手を探すという風習が生まれたらしい。
そうすれば、年が近く、
逆をいえば、その間に見つけられなければ、家の都合を優先して、歳の離れた相手と結婚しなければならなくなる可能性が高い。
なので、相手の決まっていない貴族子女は血眼になって婚活に励んでいるというわけだ。当然、婚活の成否を揶揄するのは爵位を問わずタブーとされている。
「ふ、ふん。レスタール領などという魔境に嫁ぐ酔狂な令嬢がそうそう見つかるとは思えんな。ましてや貴様のようなチビ猿では」
そのタブーを図らずも破った気まずさからだろうが、この野郎、思いっきり地雷を踏み抜きやがった。
「あ゙あ゙ん? 誰がチビだ! この駄犬が!」
「駄犬だと? 貴様、誰向かってその言葉を吐いた! だいたい、チビをチビと言ってなにが悪い!」
一瞬にして剣呑なメンチの斬り合いが再発する。
確かに俺はコイツより少しばかり、ほんの31カル(約25㎝)ほど背が低い。だがそれはコイツが無駄にでかいだけだ。
小耳に挟んだところによるとガーランドの身長は231カル(約185㎝)もあるらしい。それに対して俺は200カル(約160㎝)。
ちなみに、カルというのは帝国の単位のひとつで、初代皇帝の歩幅、1リード(約80㎝)の10分の1の長さだ。そして1000リードが1ライドという単位になる。
まぁ、男だけでなく、令嬢も俺より背の高い奴は多いのは認めるが。
だが!
それは俺が婚活を失敗している理由とは関係がない。はずだ。
あくまで、将来継ぐ領地が魔境と接していたり、野蛮な異民族の侵攻があったり、いろいろと問題のある隣国と接していたりという、辺境伯領の問題のせいだ。
それさえなければとっくに婚約が決まっていたはず!
「犬っころは尻尾振って媚び売ってりゃ良いものを、偉そうにしてんじゃねぇよ」
「野蛮な小猿は礼儀という言葉を知らないらしいな。私が教えてやろうか」
「また始まったよ。飽きないね。プルバットもいちいち突っかからなければ良いんだけど、まぁ、言っても無駄かな」
リスランテの溜め息交じりの声が聞こえたような気がしたが、俺としてはそれを気にしている余裕はない。
「練武場行くか? テメェにその度胸があれば、だけど?」
「良いだろう。今日こそは貴様に貴族の礼儀を叩き込んでやる」
俺とガーランドは睨み合いながら部屋を後にした。
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