第3話 出ました、嫌な奴

「いっそ高位貴族も候補に入れたほうが良いんじゃないか? フォルス公爵家の口利きであれば皇帝陛下もそれほど警戒されないと思うよ」

 俺の隣を歩きながら、リスランテがそんなことを言い出す。

 驚いて彼女の顔を見ると、ニンマリと含みのありそうな笑みを浮かべて、俺の顔を覗き込んでくる。

 コイツ、何考えてんだ?


 確かにリスランテの家、フォルス公爵家は帝国開闢以来の名門中の名門。

 帝国がまだ大陸東岸の小国だった頃に同盟を組んだ国が、当時の王太子に第一王女を正妃として送り出したという元王族の家柄だ。

 歴代の皇帝を補佐し、幾度も皇族の血を取り込んでいながら、一度たりとも皇帝の期待を裏切ったことがないと言われるほど信頼されている、帝国唯一の永代公爵家。

 現当主は帝国官位の第一階位である宰相を務め、その影響力と権限は皇太子よりも上、皇帝に次ぐ地位にある。しかも陛下の従兄弟かつ幼馴染み。

 そりゃフォルス公爵家が一言口添えするだけで、文句を言える貴族なんて居ないだろうよ。


「御免だね。高位貴族の令嬢なんてプライド高いのばっかりなんだから、なおさら『魔人卿』なんかお呼びでないだろうさ。俺だって、令嬢のご機嫌取りなんて真っ平だからな」

 うちの領は魔境に接していて、住んでいる奴らも並外れて頑健、高い魔力を持つことがほとんどだ。そのせいで、他領の連中はレスタール辺境伯家を魔人卿なんて蔑称で呼んでいるらしい。

 別にどんな呼ばれかたしても大して気にしないけどな。

「別にそんな家ばかりじゃないだろう」

「どっちにしても、高位貴族ともなればうちの領地に口を出してくるのは間違いないだろうし、紐付きになるつもりはねぇよ」

 俺が切って捨てると、リスランテはヤレヤレとばかりに肩をすくめた。

 

 こういうときのコイツっていまいちよくわかんねぇんだよな。

 最初に会ってからもう3年目になるけど、俺みたいな粗雑な田舎貴族と付き合ってるのもそうだし、最高位の貴族令嬢にもかかわらず男装で男口調。相当な変わり者なのは確かだ。

 学院でも浮き気味の俺と一緒に居てもメリットなんてないだろうに、たびたび悪戯を仕掛けたり、不当に俺を貶めようとした連中には怒りを露わにしたりしている。

 彼女が公爵家令嬢ではなく、子爵家の次女や三女だったら迷わず求婚しているかもしれない。

 まぁ、今はどちらかと言えば悪友に近い関係に落ち着いているんだけどな。


 俺がスリエミスさんと会っていたのは中休み(昼休み)の時間だ。一刻(約2時間)の休み時間が終われば午後の授業が始まる。

 そして午後最初の授業は全学部共通科目なので、自分達が所属するクラスの部屋に戻ってきた。

 まだ休み時間は半分近く残っているせいもあって、部屋の中にはほんの数人が居るだけだ。多分、食堂かテラスで駄弁っているか、真面目な連中は資料室の閲覧スペースや鍛錬場にでも行っているのだろう。


 いつもなら俺も食堂で飯を食っているのだが、スリエミスさんに呼ばれていたためにまだ食事をしていないんだけど、さすがにあまり食欲がない。

 なので、適当に居眠りでもして時間を潰すことにしよう。と、思ってたんだけどな。

「なんでここにお前が居るんだよ」

 ただでさえ気分が落ち込んでいるのに、会いたくもない奴の顔が俺のクラスにいるもんだから、いつにも増して不機嫌な声が出る。

 もっとも、それは相手にとっても同じだろう。


 俺の声に振り向きざま、一瞬嫌そうに顔を歪めると、すぐさまこちらを見下したような目を向けてくる。

「友人から相談を受けていただけだ。貴様こそ、いつもは食堂で下品に料理を貪り食っているのに、どんな風の吹き回しだ」

 奴が嫌みったらしくそう言って

 コイツの名はガーランド・タイフ・プルバット。

 プルバット侯爵家の、確か、次男だったっけ。


 帝国の貴族階級は基本的に侯爵・伯爵・子爵・男爵からなる。

 他に公爵と辺境伯、士爵という爵位もあるのだが、公爵は皇帝の正妃(側妃含む)の中で侯爵家出身の妃の嫡子、かつ、特に秀でた功績を挙げたと認められ、皇帝が推薦し帝国議会が承認した者が陞爵することになっている特殊な爵位だ。

 しかも、当代が一定以上の功績を挙げなければ、その息子までしか公爵を名乗ることができない。唯一の例外がリスランテのフォルス家だ。

 辺境伯にいたっては、それぞれ特殊な事情によって四家しか存在しないし、実態は階級というより役職に近い。

 ちなみに士爵は一代貴族で、高位貴族家の嫡子や騎士、一定以上の官位に就いた行政官、特に功績が認められた平民がなる。


 ってなわけで、この嫌味な奴の家は制度上最高位の貴族ってことになる。その中でも武門の秀でた名門と呼ばれているらしい。

 そして、高位貴族にありがちなのだが、コイツも例に漏れず選民意識の塊で、下位貴族や平民を見下す傾向が強い。

 で、下位貴族ではないが、帝都から遠く離れた辺境を領地とする俺の家も馬鹿にする対象らしい。

 ……田舎で悪かったな。


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