第2話 婚活する理由
いつまでも談話室に居続けてもしょうがないよな。
俺は立ち上がって気合いを入れるために自分の両頬をひっぱたく。
「い、痛い」
力入れすぎた。
けど、これで切り替えできる。
……多分、できると思う。
手に持ったままだったアミドース子爵からの書状を衝動的に破り捨てたくなるが、さすがに我慢だな。
結果はフラれたわけだが、子爵の断り文はきちんと礼節に基づいたもので、子爵本人の印璽も押されている。それを破って、もし他の奴に見られたら余計な批判を浴びかねない。
貴族って本当に面倒くさい。
肩を落としてトボトボと廊下を歩いていると、不意に横から肩を叩かれた。
「どうしたんだい? 元気ないじゃないか」
そちらに顔を向けると、赤みを帯びた金髪の美形がアルカイックスマイルを浮かべながら俺を
どうしてコイツは嫌なタイミングで現れるんだか。
「どうせ知ってんだろ? リスランテお嬢様」
嫌みったらしく言葉を返すものの、この程度ですまし顔を崩すわけがない。
「僕が知っているのは、君が今日、アドミース子爵家のスリエミス嬢と会うことと、子爵から婚約申し入れの返答があるってことだけだよ」
フワッサァ、と、肩の後ろまである朱金の髪を掻き上げ、大仰に肩をすくめてみせるこの美形は、男性用に見える制服を着ているが、れっきとした女、それも、帝国屈指の大貴族、フォルス公爵家の令嬢だ。
女性王族の警護を主任務とする第七近衛騎士団に一族の女性騎士が多いせいなのか、昔から男装をして男っぽい口調で話す変わり者である。
顔立ちがキリッとしていることもあり、それが妙に似合っていて、そこらの貴族令息よりも令嬢たちに人気がある。
俺とは学院に入学以来の付き合いだが、割と馬が合ったこともあり親しくしている。
「ご想像の通り、見事にフラれたよ。くそったれが」
「おやおや、それは残念だったね。これで何連敗中だい?」
さも驚いたように言ってみせるリスランテを睨みつけた俺は、絞り出すように答えを返す。
「わかってて聞いてるだろ。20連敗だよ!」
やけくそ気味に言い捨てると、リスランテに構わず再び歩き出す。
「でも、不思議だよね。フォーディルトは条件的に悪くないはずなのに」
リスランテが俺の横に並んで歩調を合わせてくる。
「広大な帝国領に四家しかない辺境伯の嫡子。それも跡取りで、武術、魔術の評価は優。学科も上位となれば、普通なら引く手
そうなのだ。
俺の父親は帝国領の北西部を所領とする辺境伯。そして俺自身は姉ひとり、弟と妹がひとりずつ。つまり、順当に行けば辺境伯を継ぐことになる。だが、
「領地の大部分が魔境の蛮族だからな。来たがる令嬢が居ないんだよ」
そう自嘲するしかない。
確かに辺境伯という爵位は帝国の官位としては侯爵よりも上、公爵と同格の第三階位に据えられている。
帝国では爵位とは別に官位という区分けがあり、それぞれ権限が定められている。つまり職責においては下の階位の貴族や官吏に対して命令する権限があるのだ。
ただ、実際の所は爵位との兼ね合いで、身分制度は結構複雑になる。
身分的には辺境伯と侯爵は同格。ただし、独自の武力と外交権を与えられているために官位は上という具合だ。
そんな我が辺境伯領だが、領地の大部分が魔境と呼ばれる大森林が西側に広がっていて、北側は異民族との国境に接している。反対の南側は、これまた別の国が広がっていて、常に緊張と小競り合いが絶えない。
他にも、まぁ、それは後で良いか。
そんな領地に娘を嫁に差し出そうという貴族はそう多くないのは想像に難くない。政略結婚させようにも肝心の娘が嫌がれば政略の意味がないし、そもそも命の危険があるような場所、そう思われているからな。
「やっぱり求める条件が厳しすぎるんじゃないか? 領地が接していなくて利害関係のない男爵家と子爵家だけっていうのは難しいと思うよ」
「うちは他の辺境伯家や公爵家とは違うからな。必要以上に他の高位貴族と関係を結ぶことはできないんだよ。未だに皇家からは警戒されてるんだからな」
リスランテの言葉どおり、俺は結婚相手を男爵家と子爵家の令嬢を中心に探しているのだが、前述したとおりあまり評判がよろしくない領地なので苦戦している。
この状況は代々続くもので、ほとんどの場合は伴侶を領地内の譜代家臣から迎えることになっている。
けど、俺は絶対に嫌なんだよ。
何故か。
その理由は、土地柄か、うちの領地、レスタール辺境伯領の女性はとにかく気が強く、頑健なのだ。
これは誇張でも何でもなく、女性であっても男性と遜色ない戦闘力を持っている人が多く、基本的に家庭内は女性が中心になる。いわゆるカカア天下というやつだ。
街に出れば、奥さんにぶん殴られて顔を腫らしてたり、こき使われてる男をよく見かけるほど。
俺としては、せっかく結婚して家庭を築くなら、そんな状況は勘弁してほしいのだ。
ただでさえ外で魔獣や異民族の被害を防ぐために殺伐とした仕事をしなきゃならないのに、家に帰ってまでバイオレンスなんて嫌に決まってる。
いや、別に偉そうにしたいとかじゃないんだけど。
優しくて穏やかな奥さんと可愛い子供に囲まれた、ほのぼのとした生活を送りたい。せめて家の中くらいでは。
そう考える俺はけして悪くないはずだ。
けどなぁ~、見つからないんだよ。
この学院。
正式名称は帝国高等学院は全ての貴族家子女と官吏を志望する優秀な平民が通う、帝都にある教育機関だ。
大陸東岸の小国に過ぎなかったフォーレシア王国が、周辺国を併呑しながら250年で広大な領地を有する大陸屈指の帝国となった。
今は国名をアグランド帝国と改めたが、本質的にはいくつもの国の集合体と言うこともできる。
当然元の国にはそれぞれの法律や制度があったのだが、帝国に吸収された以上は帝国の法律と制度を守ってもらわなきゃならない。
そのために各地を治める領主や、帝国内で行政に携わる貴族、官吏が、統一された基準の法と制度を学ぶ場所として設立された。
そして、この学院は帝立ではなく皇立。つまり皇帝が作り、皇室が運営する機関として、全ての貴族や官吏が皇帝への忠誠心を醸成するためという目的も大きい。
学部は政務科、貴族科、軍務科の3学部あり、貴族家に生まれた子女は例外なく12歳から5学年が終了するまで通わなければならない。
なにしろ、帝国では学院を卒業しなければ貴族として認められない。たとえ高位貴族の嫡子として生まれようが、家を継ぐことも新たに叙爵することもできず平民になるしかないのだ。
ちなみに、平民が功績を挙げて叙爵にいたった場合、新たに爵位を受ける者は成人していても最低2年は学院の授業を受け、試験に合格しなければならない。
まぁ、そんな事情なので、この学院には帝国内の全ての貴族子女が通うわけだが、学院側が掲げる教育理念とは別に、生徒である貴族子女はもう一つの目的を持って通っている。
それが、結婚相手探しだ。
高位貴族の長男や長女であれば、基本的に親が婚姻相手を指定することがほとんどで、学院入学前から婚約者がいる奴が多いが、それ次男、次女以下の連中は割と自由に相手を探すことができる。
もちろん自家や寄親、派閥の関係は考慮するのが当然としても、在学中に恋愛し、結婚までいたることも少なくない。
俺もその例に漏れず、学院での勉強もそこそこに、結婚相手探しに奔走しているというわけ。
とにかく、学院での最低5年間、それから卒業後の軍役2年間の7年間で結婚相手が見つからなければ、領地に帰って歴代当主と同様に、辺境伯領の女性と結婚しなければならなくなるんだから、必死にもなるってもんだ。
ただ、だからといって、条件に合いさえすれば誰でも良いってわけじゃない。
俺だって結婚するなら好みの相手と、しっかり愛情を深めてイチャイチャ生活を送りたい。本気で相手を好きになるし、なってほしいと思ってる。
あっ、また心のダメージが……。
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