第2話

「おぼえてないっ!」

 翔太は考える素振りもなく、一瞬で答えた。

 幸人の方は少し考えると「居たな、そんな奴。ほら、俺たちは三・四年生の時も同じクラスだったろ」と翔太の方を向く。 

「そういや、居たな。休み時間も勉強ばっかりしてて、何しに学校来てんだって思ってたよ」

「勉強しに来てんだよ。まあ、わかるけどな」

 翔太の言葉にツッコミを入れながらも、幸人は口元を綻ばせる。


「いやいや、学校なんて友達に会いに行くところだろ。サッカー、カードゲーム、ベイブレード。先生の目を盗んで、いかに持ち込んだおもちゃで遊ぶか。思い返してみると俺の人生であの頃ほど、脳みそを使っていた時期はないかもしれないぜ」

 教師の私としては苦笑いをするしかないが、確かにそういった勉強以外の記憶が、私たち三人を今でも結びつける、共通する思い出であることに間違いなかった。

 ちなみに翔太は市役所に務めており、大学受験や就職活動のときの方が頭を使っていそうだが、私たちと遊んでばかりいた頃も、彼はなぜか成績が良く、試験などはそう苦にもならなかったのかもしれない。

 幸人の方は地元の大学を卒業すると、県外の企業に就職して早くに結婚もしていた。

 しかし五年前に父親が病気で倒れ、奥さんの勧めもあって実家に戻って家業のスーパーを継いでいる。


「大体、俺たちが遊んでたあのカードゲーム知ってるか?当時のレアカードは、今とんでもない額で取引されてるんだぜ。遊ぶ時間を潰して勉強して、良い大学入って、良い会社に就職しても、カード一枚で、そいつらが一生拝めない金額が手に入る。キリギリスでいる方が人生は得なんだよ」

 翔太が言っているのは、働き者のアリと遊び人のキリギリスの話だろう。遊んでばかりいたキリギリスは、最後には困窮しアリにも見捨てられて死んでしまう。

 最近では結末が少し変化しているものもあるが、元々は寓話と呼ばれる人生訓だ。

「それで、キリギリス様は一山当てたのか?」

 冷ややかな眼で幸人が翔太を見る。

「……実家出る時に全部捨てたよ」


「で、清村が何だって」

 いつもの如く、翔太によって脱線した話を、幸人が正しいレールに戻す。

「同窓会がやりたいって書いてある。ただ、どんな人間かあんまり覚えてなくって、信用して連絡して良いかどうか、二人の意見を聞きたくてな」

 同窓会で久しぶりに会った同級生に騙される話なんて、ざらに聞く。同級生に迷惑をかける可能性があるならば、私の独断で簡単に決めるわけにはいかない。


「俺は反対だね」

 翔太がボソッと呟く。

「思いだしたけど、確か委員長とつるんでた私立進学グループだよな。やりたきゃ自分たちだけで集まりゃいいだろ」

 翔太は人見知りな所があり、私たちの集まりにも他の人が混じることを嫌がる。

 私も翔太も公務員であり、職場の愚痴を誰にでも聞かせていいというわけではない。気の置けない三人の飲み会だからこそ、職場のストレスを発散できる大事な場所であることは、私も同じだった。

 いくら同級生でも元々付き合いがなく、まして二十年ぶりならば知らない人間だと言っても過言ではないだろう。翔太がストレスを感じるであろう事は想像もできるし、私も不安があったからこそ、まず二人に確認をしたのだ。


 一方、幸人の方は難しい顔をして黙り込んでいたが、意を決したのか、口を開いた。

「委員長の佐田な、半年前に病気で亡くなったらしい」

 佐田が死んだ?。

「うちのスーパーにさ、佐田の母親が客として時々来るんだよ。あいつは東京に出たらしいんだけど、実家はこっちにあるから。まあ、俺と佐田は卒業で切れちまったけど、母親の方とは商売のこともあって、まだ繋がりがあってな」


 言葉が出なかった。

 私は幸人の言葉も耳に入らないくらい、ひどく動揺していた。

 そして、一瞬安堵してしまった自分に罪悪感がのしかかる。

 清村と同じく佐田とは仲が良かったわけではない。

 だが彼は、私の人格形成に大きく影響を及ぼした相手だった。

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経年変化 明日和 鰊 @riosuto32

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