経年変化

明日和 鰊

第1話

 清村健児という名前に心当たりはなかった。

 念のため、年賀状の宛名を確認するが、鈴原正と書いてあるから、私宛てで間違いはなかった。

 プリントされた干支のイラストの横には、筆ペンで『お久しぶりです 近いうちに六年二組で同窓会をやりませんか』 と書いてある。

 そのことから小学校の同級生だと思うのだが、薄情な話、私には彼の顔も思い出せない。

 私はこたつを出て、押し入れにしまってある埃をかぶった小学校の卒業アルバムを引っ張り出す。

 確認すると、確かにその名前はあった。

 しかし顔写真を見ても記憶はぼんやりとしたままで、彼との思い出はこれといって浮かんでこない。

 小学生時代にも彼から年賀状が届いた覚えはなく、なぜ私に今頃これが送られてきたのか不思議だった。



「おっ、きたきた」

 居酒屋に入ると、角刈りでガッチリとした大柄の西川翔太が、腕を挙げて手をひらひらとさせながら私を呼んでいる。

「遅せーよ、もう先にやってるぞ」

「んっ?時間はピッタリだろ」

「さすが、バカ正直の正くん。年に一回しかない新年会だぜ。時間はいくらあっても足りねーだろ」

 座敷席に上がろうとすると、翔太の正面に座っていた小柄な河田幸人が腰を浮かせて私の席を空けてくれた。

「翔太、お前先週も年に一回の忘年会だとか言って、俺たち集めただろ」

「楽しいことは何回やってもいいんだよ、ユッキー」

「いい年して、ガキの頃のあだ名で呼ぶなって」

 翔太と幸人の二人は小学校から高校まで同じ学校にかよった友達で、三人とも地元で働いているため、こうして時々集まっては飲んでいる。


店員にウーロン茶を頼むと、すでにできあがっていた翔太が顔をのぞき込んできた。

「なんだ、体調でも悪いのか?」

「いや、明日学校に出ることに急になってさ」

「なんかやらかしたのか?」

「バカ、お前じゃないんだよ。教師ってのは大変だな、そんなに忙しかったなんて、ガキの頃には思いもしなかったよ」

 幸人はそう言うと、ジョッキに残ったビールをぐいっと飲み干す。

「まあ学校というよりはな……」

 私が喋りづらそうに口ごもるのを見て、幸人が察して声をひそめる。

「ああ、まだ捕まってないのか」

 

 二月前、勤めている小学校に不法侵入があった。

 夜中の内に侵入したであろう犯人は、校庭に植えてある樹木の下の土を、手当たり次第に掘り返していった。

 警察に届け出ると、最初のうちは警察も増員体制で巡回を強化してくれていたが、それもいつまでもというわけにはいかず、不安を感じている生徒や保護者の為にも、教師たちが出来る範囲で夜中の見回りをしようという話になったのだ。


「我が母校が犯罪者に狙われるなんて、せんせえはひっじょーうにかなしいっ!!」

 場が暗くなりかけたのを感じた翔太が、雰囲気を変えようとしたのだろう。突然、高校時代の教師が生徒を叱る時のモノマネで割り込んでくる。

「バカッ、大きな声出すな。正の立場考えろ」

 そう言って、幸人は翔太におしぼりを投げつける。

 幸い周りの客は少しこちらを見ただけで、すぐに自分たちのグループの会話に戻っていった。

 翔太は、怒られたからか、それともウケなかったからか、しょんぼりと下を向く。


 大柄な翔太と小柄な幸人は見た目と違って、幸人の方が主導権を握っている。昔から少し気の小さい翔太と喧嘩っ早い幸人の関係性は、翔太が幸人の身長を優に追い越した今でも、そこは変わらなかった。

 ただ、幸人は気は少し短いが、繊細な気遣いをしてくれる。今日のこの新年会の店も、私が小学校の保護者たちに出くわさないように、少し離れた店を彼が選んでくれたのだ。


「いいよ、隠してるわけじゃないから。あっ、そうだ母校といえば」

 少しあからさまだったかもしれないが、話題を変えようと今日届いた年賀状を二人に見せる。

「清村健児って覚えてるか?」

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