第3話 キャンプと配信

 冷たい岩肌と暗いダンジョン内は、地面に規則的にぶっ刺された照明により照らされている。キャンプの入り口には『ダンジョンキャンプ7階』と簡潔な文字がデカく書かれた看板があった。お手製感がすごい。


 キャンプ内は混沌としていた。

 テクノロジーを感じさせるデカいキャンピングカーが4台ほどならんでおり、そこから湯気がでていると思えば、その近くには木製のあばら家があったりする。

 

「シャワーや、洗濯機、浄水器などの設備系はああして専用の転移キャンピングカーで外からダンジョン内の座標に飛ばすんです」

「キャンピングカーが転移するんですか……?」


 そんな凄い時代なのか。

 知らなかった。


「転移といっても、ダンジョン内に満ちる魔力を触媒にして、財団施設からしか飛ばせないので、言うほど便利なものではありませんよ。あのキャンピングカーもそれ自体はただのキャンピングカーなので。それに一方通行です。このダンジョンの攻略が終われば、あれらはダンジョンに投棄されます」

 

 凄い規模でダンジョン攻略って行われてるんだな。

 俺からすればもったいないと思っちゃうけど。


「あっちのいかにもホームレスが住んでそうなのは?」

「あちらは探索者さんが作ったものだと思いますよ! あっ、誰かの仮宿だと思うので、勝手に入ったらいけませんよ。トラブルになりますから」

「仮宿って……探索者ってダンジョンに住んでるんですか?」

「住民は少なくないですよ。もう攻略がずいぶん進んでるので、ここのキャンプはそこまで人いないですけど。それにここはまだ7階層ですから、地上に戻れますしね。もっと深い階層で攻略している方々は、数週間に一度しか地上に帰れなかったりしますから。ストイックな探索者の生活は、我々財団職員ですら、びっくりしますよ。ほとんど地底人なんですから!」


 若い財団職員は楽しそうに言った。


 話によれば、ダンジョン内には水源や生態系が形成されているので、サバイバル能力があれば生きていけるのだとか。ただ、衛生問題や健康問題は付きまとう。昔は探索者たちが無茶するのが当たり前だったために、人類が遭遇したことのない未知の疫病が蔓延したこともあったとか。


 様々な問題を乗り越えて、現在では財団が様々な設備を巨額を投じてダンジョン内に送りこむことで、探索者たちが快適に攻略できるようにサポートしているらしい。


「このダンジョンには16階層と25階層にもキャンプがありますが、そちらではもっとたくさんお手製のお家を見ることできますよ。最近はダンジョン内で家をつくる配信が流行ってるんです。そしてかのAランク探索者『氷姫』は氷を使ってオシャレな家を建てるのも、大人気コンテンツでして──」

「その無名配信者のことはいいっすわ。話繋げないでくれます? マジ興味ないんで。そいつが何してたってマジどうでもいいんで」

「うーん、この人、やっぱ『氷姫』の話題になるとやさぐれるよな……」


 財団職員と別れて、キャンピングカーにやってきた。

 車内に4つもシャワールームを備えたマンモスみたいな車。

 加えて洗濯機や待合室もひとつの車内に備わっている。

 また自動販売機や有料の給水装置、有料のWi-fiまである。

 各種決済にも対応しているようだ。

 

「へえ、ダンジョンってこんななってんのか……ふーん」


 見るもの見るものが新鮮な空間。

 正直、ワクワクしちゃっている。

 すげえな、ダンジョン生活って──思っちゃってる。


 ひとまず着替えを洗ったり、シャワーを浴びたりして身支度を整えた。

 自分の分が終わったら、今度は姉をシャワーにいれる。


「きゅえ!」

「はい、姉さん、お待たせ」


 待合室のベンチでおすわりして待っていた姉は不満そうにそっぽを向いてしまった。先にシャワーを浴びたこと怒っているらしい。


「だって姉さん気絶してたじゃん」

「きゅええ~!(訳:こんなに血塗れにしたのは弟でしょ!)」

「それは悪いと思ってるって」


 ご機嫌斜めな姉の前足の付け根に手を差し込んで、シャワールームに入れて、温かいお湯をかけてあげる。キムチの素に漬けられたような姉がどんどん綺麗になる。


 なお姉の霊能力は未熟なため、一度『憑依術式』の制御を失うと、数時間は人間の姿に戻れなかったりする。いまの姉は一人でシャワールームにも入れないし、お湯を出すこともできないし、身体を拭くこともできない要介護状態なのである。

 

 ゆえに俺がお世話しなければならない。


「姉さん、気持ちい?」

「きゅえ、きゅえ、きゅええ~」

「そう。よかったね」


 びしょ濡れホカホカ狐となった姉をシャワールームから出す。


「きゅえ!(訳:拭いて!)」

「はい、拭くよ、止まってて」

「きゅえ~!(訳:もっと優しく拭いて!)」

「わがままなこと言わないでよ」

「きゅ、きゅええ!?(訳:ちょっとどこ拭いてるの、弟~! お姉ちゃんが好きだからってそんなイタズラするなんて!)」

「いま狐じゃん。気にしないって」

「きゅええ!(訳:私が気にするの!)」

「わかった。じゃあもう拭かないね」

「きゅ、きゅええ!(訳:拭いて~! 風邪ひいちゃう~!)」


 注文が多すぎる。

 まったく仕方のない姉である。

 拭いたあとはドライヤーで乾かす。


 ふさふさ、ほかほかになった。姉は気持ちよさそうに尻尾をふり、目を細めて「きゅえええ~」と待合室を走りまわり始めた。楽しそう。


 俺もようやく自分の髪を乾かす。

 ふと、先ほどの財団職員が待合室に入ってきた。


「よかった、いらっしゃいましたか」

「どうかしたんですか」

「実はこの階層に”超深層の怪物”があがってきた痕跡があるようでして。討伐されるまで絶対にダンジョンキャンプを離れないでいただきたく思いまして」


 鬼気迫る顔で職員は告げてくる。

 

「超深層って……なんか、ありましたよね、階層の区分みたいな」

「31階層以下の深い領域のことです。霊能力者のあなたはご存じないと思いますが、ダンジョンモンスターは深い階層ほど強い傾向があるんです。Dレベルというもので表現されてですね、例えば1階層のモンスターはDレベル1というように──」

「知ってますよ、それくらい。余裕で」

「あっ、そうでしたか? これは失礼しました」

「もしかしてなんですけど、それミノタウロスだったりします?」

「へえ、モンスターに詳しいのですね! 勉強家なんですね! ミノタウロスはかなり強力なモンスターですよ! ですが、15階層程度で確認されるモンスターですね。今回、報告にあったのは超深層モンスター。31階層以下なのでけっこう外れてます。 15と31、けっこう違いますよね!」


 財団職員は得意げな顔で訂正してきた。

 知ってたのにさ。ちょうどそれ知ってたのに。


「とにかくダンジョンキャンプから出ないでくださいね。ここにいる限りは守護像があるので安全ですから。すぐに探索者が退治してくれますから」

「こほん。あの、仮にも俺、第一級霊能者の赤司斗真ですよ? 毎日、ここら辺の霊障を十件以上解決しているあの! 名前くらいは聞いたことあるでしょう?」

「すみません、一度も聞いたことないです」


 やばい。死ぬほど恥ずかしい。

 どうしよ、穴に入りたい。


「……げふんげふん。まぁ、界隈が違うので、聞いたことがないのはいいとして。俺は第一級なんです。もし仮に危険がせまっても自分の腕っぷしでどうにか──」

「絶対にダメです!! あなたはダンジョンがどれだけ危険な場所かわかっていないんです! 悪霊を倒した手腕は見事でしたよ。きっと優秀なのでしょう。でも、モンスターは幽霊じゃないんですよ! 餅は餅屋というでしょう! すべて探索者に任せてください!」

「そんな全力で来なくても……はい、わかりました。わかりましたよ」

 

 キーキー注意してくる財団職員が出て行ったあと、ドライヤーを起動して髪を乾かす。

 

「……そんなに弱そうに見える? 俺、第一級なんだけど。第一級ですごいよね?」

「きゅええ!(訳:すごいよ! 弟、自信もって! 弟は霊能力界の超新星って呼ばれてるんだから!)」

「そうなの? 知らなかった。ふふ、俺もけっこう有名になってきたかな?」

「きゅえ(訳:ごめん、私が呼んでるだけ)」

「……だよね。聞いたことないもん」


 はあ。誰か俺のこと知らねえかなぁ。

 サイン欲しいとか言ってこねえかなぁ。


 



 ────





 Aランク探索者『氷姫』の配信『ゆるーく16階層キャンプめざすにゃ☆』

 

 Dwitch配信が始まってすぐに同時接続数が急増する。


:こんにゃ~!

:こんにゃ

:こんにゃーす

:こんにゃ♪

:こんみゃーお♪

:こんにゃ~

:こんにゃ~


 コメント欄に滝のように流れるカルトチックな文字列。

 配信画面にモフモフ耳と猫尻尾を生やした可憐な少女が映しだされた。

 自分が可愛いと自覚するあざといウィンク。

 無い胸を一生懸命に寄せれば、視聴者の心はもう彼女のものだ。

 

「その正体は狐かキャットか! こんこんにゃんにちは! はい、というわけで今日は群馬8-3ダンジョン2カ月ぶりに戻ってきたにゃ~!」


:こんにゃ~♪

:こんにゃああぁあああッ! こんにゃぁあああああッ!

:赤城のとこ?

:まだ攻略されてないんだ

:本日のこんこんにゃん乳https://www.Dwitch.tv/hyouki/clip/……

:有能

:こんにゃ~

:見どころ終わり

:こんにゃ~

:こんにゃ♪

:こんにゃぁ~


「なんか手こずってるっぽいから、適当に前線のパーティに凸して助けちゃうにゃ! 私が急にあらわれたらびっくりしてくれるかにゃ~?」


 猫撫で声で配信画面に話かけながら、手も触れずに雑魚モンスターを片付けていく氷姫。


:こんにゃ~!

:氷姫様を喜ばない愚民はいません

:絶対驚いちゃうよ!

:このダンジョンもあと3日

:氷姫最強! 氷姫最強!

:こんにゃ~

:あざと

:どうやって倒してん

:オーラ

:オーラ

:調子乗んなブス

:氷姫ひとりで攻略できるっしょ

:こんにゃ~!

:僕の家にも凸してほしいナ⤴⤴

:こんにゃ~

:(このコメントは削除されました)

:こんにゃ~♪

:こんにゃぁあああああッ! こんにゃぁああああッ!


 氷姫は増えてく同接に満足そうにしながら、ふと、足を止めた。

 それは7階層でのことだった。


「ん……? 君、強くない?」


 氷姫はカメラを持っている撮影者へ手を向けた。

 彼女の視線のさきには巨斧をもったミノタウロスの姿があった。

 

:ミノタウロスでたー

:いうて雑魚

:氷姫なら余裕


 素人には気づけるはずもない差。

 それは物質を見ていないがための差。

 霊質をとらえることで、氷姫はミノタウロスの姿をしたものが、ミノタウロスではないことを瞬時に見抜いていた。


「シェイプシフター……」


 氷姫の口から洩れたモンスターの名。

 超深層と呼ばれるダンジョンの深きに潜む怪物の名。

 財団が割り当てた脅威度はDレベル35。それはたとえAランク探索者であろうとパーティ前提で死力を尽くすべきモンスター──という意味である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

現代最強の霊能力者、探索者のせいでパッとしない ファンタスティック小説家 @ytki0920

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画