第2話 高次元の闘争者

 ダンジョン。

 俺たちが生まれた時からその数が急増したらしい。

 探索者の民営化が始まったのもその頃かららしい。


 探索者の卵である『魔力使い』──霊能力者の卵でもあるが──が、それまで考えられていた母数よりも遥かに多く存在すると判明したのもこの時期だ。


 かつてなら”ただの人”として一生を終えていただろう才覚の者も、魔力に対する理解が科学的に深まり、技術が進歩したおかげで、立派な魔力使いになれる。


 活用できなかった人的資源を活用できるようになったのは良い事だ。

 でも、そのせいでダンジョン界隈が盛り上がりすぎて、霊能力者の多くが「探索者のほうが楽だしずっと儲かるくね?」と目を覚まして、続々と霊能力者界隈から逃げ出したのはよくない。本当によくないと思う。


「──以上、注意事項です。ほかに訊きたいことはありますか?」


 財団職員は心配そうにたずねてくる。


「特には」

「本当に大丈夫ですか? 財団から探索者パーティをつけることを強くおすすめしますが。目指す場所は7階層、攻略が進んでいるとはいえ、道中モンスターと遭遇する可能性は非常に高いですよ?」

「本当に大丈夫です。こっちでやります」


 パーティをつけもらう場合、探す時間を考えて、実際の行動開始は明日になるだろう。それにダンジョン内で連携をとらないといけない。それは好きじゃない。普段ソロだから慣れていないのだ。


 もっというと探索者に関わりたくない。

 彼らとはソリがあわないのでね。

 

「霊能力者の方はモンスターとの戦いを知らないと聞きます。あまりダンジョンの危険性がわかっていないのでは? 7階層というものの危険性をですね──」

「本当に大丈夫です。悪霊を祓うだけなので。攻略もずいぶん進んでるからマップもあるし、守護像による安全地帯もいくつか設置済み。ダンジョンに入るのは初めてじゃないですし、わりと経験あるので。では、これで失礼します」


 財団職員が用意してくれたバッグパックを手にして、さっさとダンジョンへ足を向けた。


 これだから霊能力を知らない奴は。

 遺体処理科の財団職員でさえああなのが悲しい。


「このバッグでかくない? 回復薬が5瓶×5ケース! シリンジ型もある! これ高いんじゃなかったっけ? スクロールもあるよ。魔術がこめられてるやつ。上級魔術、だってさ。使えるのかな?」

「7階層にいくには過剰すぎる。やっぱり、舐められてるなぁ。こっちは第一級霊能力者だっていうのに」

「それ名乗ってもあんまりピンと来てなかったみたいだけどね」


 第一級というのは、まぁ、探索者でいったらAランクくらいだ。なおAランク探索者っていうのは最高の実力者としてチヤホヤされまくりの人種だ。俺としては同格のつもりだ。だというのに、「一級……? それって凄いんですか……?」みたいな顔されちゃったよ。きちいって。名乗るが恥ずかしいよ、もう。


「あれって階層間階段じゃない?」

 

 2階層に続く階段に最短で到達。

 マップのおかげだ。


「あっ、スケルトンだ! 見て、弟、スケルトンいるよ!」

「見ればわかるよ」


 白い骨どもが6体ほどたむろしている。


「あれなら私にも倒せそうじゃない?」

「姉さんはさがってて」


 俺は指を鳴らす。死者たちが崩壊した。

 骨格自体は綺麗だ。魂を破壊しただけなのでね。


「あぁもう早いって。お姉ちゃんに任せてよ!」

「6体相手に近づくつもりだったの? 危ないよ、そんなの」


 スケルトン。モンスターの強さを表す指標Dレベル1の敵。いわゆる雑魚だ。

 雑魚相手なら霊力をぶつければ終わる。

 ましてはアンデッド系。カモ中のカモ。


 肉体を持たないやつは、表面に霊質が露出している。俺たち霊能力者は霊質への攻撃が専門。”どっちつかず”のアンデッドは一番ぬるい敵だ。


 2時間で7階層まで降りてこれた。

 これもマップのおかげだ。


 周囲の景色が変わった。

 岩肌が続いた洞窟には氷が張っている。

 まるで雪山の洞窟にでもやってきたような。

 いや、雪山いったことないけど。

 気温もぐっとさがった。

 

「ここまで変わるのか。これはすごいね、姉さん」

「ね~こんなにスムーズに7階層ってこれちゃうんだね! 思ったより早く帰れそ~!」

「タイムじゃなくて景色のほう……ん」


 俺は姉をお姫様だっこして、とっさに飛んだ。

 今しがた離れた地点を巨斧が叩いた。


「きゅええ!!」

 

 音にびっくりした姉は、狐になってしまう。憑依術式で狐の霊を降ろしていて人間50:狐50にしていたわけだが、匙加減をミスると人間0:狐100になってしまうのだ。姉の霊能力は未熟なので。


 すっかりモフモフ狐になった姉さんが逃げないようにちゃんとホールドしておく。


「姉さん、落ち着いて、大丈夫大丈夫」

「きゅえ! きゅええ~!」

「やめて、尻尾で叩かないで、暴れないで」


 あらら、尻尾がこんなにふっくらして。

 よっぽど恐かったようだ。

 姉を撫でてなだめてあげる。


 砂塵の舞い上がる地点を見やる。

 赤い瞳。威圧的な牙。筋骨隆々の巨躯。

 牛のような角。牛のような面。つーか全体的に牛。

 

「15階層ふきんで出没するっていうモンスター、ミノタウロスだ。武器は斧、体色が黒だから、もうちょっと深めに見てもいいかも。ざっとDレベル20手前ってとこかな。どのみちこの階層にいるクラスのモンスターじゃない」


 探索者の尺度ではCランク探索者5人のパーティで倒せるとされるくらいの強さかな。


「きゅえ! きゅええ!(訳:弟、ダンジョンモンスターに詳しすぎ! 本気で転向考えてたんでしょ! この裏切り者ぉ~!)」

「よーしよしよし、落ち着いてえ、大丈夫大丈夫、良い子良い子」

「グアアアアァア!!」


 ミノタウロスの咆哮。

 7階層全域に響き渡りそうな音量だ。


「いきなりデカい声だすなよ」

「きゅええ……(気絶)」

「あれ? 姉さん? 姉さん?」


 気絶している。

 大きい音にびっくりしちゃったみたい。

 可哀想に。俺の姉によくも。


「お前、地獄行きな」

「フシュル! フシュルルッ!」

「どうしたんだよ、ビビってんのか。ミノタウロス。はやくこいよ。あとがつかえてるんだ」


 俺は姉を首に巻いて、霊力をまとう。

 右手の袖をまくっておく。二の腕くらいまで。


 滝のような汗を流し、慎重に間合いを謀るミノタウロス。

 心の準備時間を稼ぐように、何度も巨斧の握りを持ち直す。


 間合いは5m。

 お互いに一歩の距離。


「フシュル! フシュルッ! グァオオオッ!!」


 ミノタウロスの踏み込み。

 丸太のごとき足が地面を砕く。

 優に300kgを越える巨体。その突貫。

 横なぎの斧。旋風を纏う一撃。

 

 片手で首に巻いた姉を押さえながら、首をすぼめて、斧をくぐる。

 霊力で強化した貫手をミノタウロスの胸へ。

 攻撃直後の後隙、手がぬるっと皮膚と筋繊維を貫通。

 思ったよりデカい心臓を破壊した。

 迅速に間合いをとる。

 傷口から噴き出す血から逃れる。


 これが財団の人間や、一般人、探索者の多くが勘違いしている点。霊能力者は対霊質を専門とはしているが、物質に対しても十全に強い。

 俺たちは高度に訓練し、物質を越えた霊質という高次元で戦っている。だから、モンスターには無力で、幽霊しか倒せないと馬鹿にされるいわれはないのだ。


「うわぁ! くそっ! 血が飛んだ……っ、血圧高すぎだろ、こいつ。人間サイズの生物ならこんな勢いよく噴き出さないのに……」


 後悔。でも、まぁいいか。

 久しぶりに体術使えたし。

 生身の肉も殴れたし。


「せっかくだし、クリスタル回収しておこっかな」


 専門外だが、知識はいれている。モンスターごとにクリスタルがある部位は異なるらしいが、ほとんどは体内に有しているのだとか。探索者は倒したモンスターから、クリスタルを回収して大金を稼いでいるんだ。


 せっかくの機会だ。

 俺もお金稼ごう。


 ~20分後~


「どこにクリスタルあんだよ……!」


 場所わかんねえ。

 シャツ超汚れちゃったし。

 あとここら辺、超寒いし、指先かじかむし。


「だりぃ萎えたぁ……うわぁまじで最悪。あっ、姉さん!?」


 首に巻いていた姉さんが落っこちた。

 解剖中のミノタウロスの体内に。

 急いで拾い上げる。って、俺の手も血塗れだった。


「これは起きたら怒られる……どうしよ……」


 バッグハックから回復薬をいくらか捨てて、代わりに白菜のキムチみたいにヒタヒタになってしまった姉をいれる。もうクリスタルどうでもいい。


「欲をかいたから罰があたったんだ。またじいちゃんの言った通りになった。清く正しく生きないと。さっさと悪霊しばいて帰ろ……」


 祖父母の教えをたまに痛感する。こういう時、神仏の存在を感じてしまうのは、俺が霊能力者だからだろうか。普段は「お金稼ぐことのなにが悪いんだよ! 古くせえ考えだな!」と馬鹿にしているのだが。


 ひどく落ち込んだ気分のまま、俺は悪霊退治に戻った。


 ~1時間後~


 7階層にいた財団職員と合流した。若い男性で気さくな人だった。彼の案内のもとご遺体に霊的処理を施し、悪霊を連鎖的に砕いて仕事を片付けた。財団職員に手腕を褒められつつ「近くにキャンプがあるので休まれていっては?」と提案された。


 シャワーもあるし、洗濯機もあるし、ベッドもあるとのこと。加えて利用料の7万円も財団で持ってくれるとのことだった。ダンジョンに来る前に11件ほど案件を片付けて、1日動きっぱなしだったので、ありがたくキャンプを使わせてもらうことにした。


「そういえば、ここは普通ですね」

「普通、とは?」

「寒くないってことですよ。ほら、氷もないですし」

「あぁなるほど! 氷のエリアを通ったんですか? だとしたら幸運ですね。その氷はいまこのダンジョンに来ているAランク探索者『氷姫』が戦闘した痕跡でしょうから! 数日前からこのダンジョンに来てるんですよ~!」

「……。ふーん。そいつ有名なんすか?(やさぐれ)」

「え!? 『氷姫』知らないんですか!? Dwitchのフォロワー200万人越え! 日本最強の探索者の一角を担う超超超実力派! 何より可愛い! 戦う、歌う、美少女! 今を駆ける大人気ダンジョン配信者じゃないですか!」

「興味ないっすね。なんか軟派っすね。ぬるいっつーか。いやまじぬるいっすわ」

「そ、そうですかね? うーん。あの……なんか急にやさぐれてないですか? 気のせいですか?」


 気のせいだろう。別に霊能力の修行を放り出し、逃げ出し、探索者になった裏切り者の妹が、地位と名声を得て、大金持ちになっていようが知ったこっちゃないさ。

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