現代最強の霊能力者、探索者のせいでパッとしない

ファンタスティック小説家

第1話 霊能力者の仕事

 高校二年生の夏休みのある日。

 群馬県に出現中の某ダンジョンにやってきた。ここはダンジョンゲートをぐるっと包囲するように築かれたダンジョンキャンプのなかだ。


 ダンジョンキャンプの隅っこには、ダンジョン探索者になりたい才能ある者『魔力使い』がよくやってくる。


 冒険のロマン、一獲千金の夢、仲間と育む物語、ダンジョン配信とかいうジャンルも確立したし。探索者は増加する一方。まさに光の世界といえよう。


「へえ、魔力使いなんだね。探索者になりたいんだぁ? 最近は流行ってるもんね。でもさ、考えてもみてごらん。いまの時代、探索者なんて腐るほどいるよ? 霊能力者なんてどうかな~? 人々の命と心の平穏を守る立派なお仕事。ちょっと修行が必要だけど、現場にでるまでは3年くらいは、あぁ大丈夫その間、家賃補助もつくし、師匠もつくから。地方だけど。あと年110万円の給付金も国からでるようになったんだよ!」


 探索者登録所の待機列にて鬱陶しい勧誘をする怪しげな女。彼女の名前は赤司明子あかしあきこ。俺の姉。高校三年生。


「ようこそいらっしゃいました! ダンジョンのロマン溢れる冒険があなたを待っていますよ!! 才能診断をして魔力系統がわかったあとは、すぐにダンジョンに潜ってモンスター退治! 異常性を秘めた魔法のアイテムをゲット! クリスタルを査定所にもっていって大金ゲット! Aランク探索者になれば豪邸を何件も建てれるくらいお金持ちになれますよ! さあ、あなたもダンジョン探索者になりましょう!」


 可愛らしい受付嬢は、うちの姉を一瞥。


「姉さん、敗北だよ」

「弟よ、まだよ、まだ終わってない。今日こそ人材確保してみせる」


 姉は咳ばらいを一つして、手印を結んだ。

 指で狐を象ると「コン!」と叫ぶ。

 姉の頭に狐の耳が、スカートの下からはモフモフの尻尾が生えた。


 それを見ていた探索者志望の若者たちの心がこちらへ戻ってくる。姉は得意な顔になり、豊かな胸を張って、自分のモフモフな尻尾を揺らしてみせた。


「霊能力『憑依術式』! 霊能力者になれば君も耳と尻尾をゲットできるかも!」


 姉は誰にも聞こえないちいさな声で「なお修得できるかは個人差はありますが……」と付け加えた。


「狐とモフモフとは卑怯な……。魔術で対抗しましょう!」


 可愛らしい受付嬢は手を前へかかげる。

 ぴゅんっと手持ち花火が飛んでいくような速度で炎が発射され、少し離れたところでちいさな爆発を起こした。


 火の初等魔術『火線ライオレイ』か。


「ふふーん! これが探索者の力です! 探索者登録すればあなたの魔力系統を判別し適性のある職業をご案内します! 魔術の才能があったら成熟した魔術理論の講習と訓練プログラムを受けれます! さああなたも魔術を使ってモンスターをやっつけましょう!」


 霊能力者の卵たちは、嬉しそうに探索者登録をしていった。

 俺と姉は黙って見ていることしかできなかった。


 魔力使い。

 その名の通り、魔力適性がある人間。

 探索者と霊能力者。

 どっちにでもなれる段階。

 誰が霊能力者になりたがるんだって話だ。


 俺も姉も実家が霊能力関係だったから、霊能力者にさせられちゃったけど、ぶっちゃけ探索者になりたかった。探索者のほうが稼げるし、モテるし、フォロワー数増えるし、メディアにも取り上げられるし、スポンサーもつくし。


 姉のしょぼくれたモフモフ尻尾を撫でてあげる。

 狐憑依状態の姉は、これが好きなのだ。


「きゅええ、また人増えなかったぁ」

「姉さん、俺、探索者になろうか?」

「……誰が悪霊を倒すの? ここら辺には弟しかいないんだよ?」


 登録霊能力者の数、関東圏全域あわせて二桁。俺と姉の住まう馬玉町と、その周辺に限っては、登録霊能力者は俺だけだ。昨今は深刻な霊能力者不足なのである。


「悪霊も、モンスターも、ほぼ同じじゃん。探索者になっても、悪霊は倒せるよ」


 厳密には違うが、だいたい同じだ。

 高密度の霊力放射をぶつければどっちもだいたいくたばる。


「弟までそんなこと言い出すなんて! 裏切り者! おじいちゃんとおばあちゃんが泣くよ! 地位と名誉に目がくらんだの!?」

「……ごめん、やっぱ嘘。言ってみただけだよ、姉さん。俺がなるわけないじゃん。探索者なんかに。ごめんって、尻尾で叩かないでよ」


 尻尾をふっくらさせてご立腹の姉。

 モフモフで叩かれている箇所が幸せだ。

 

「失礼、お二方は霊能力者協会の方ですか?」

「え? あ、はい、私たちです」

「いらっしゃっていたのですね。ダンジョン財団遺体処理科の者です。この3日間の攻略で死亡した探索者さまのご遺体を揃えました。抗悪霊化処理をお願いできますか?」


 これが俺たちが本日、このダンジョンキャンプに来た本来の目的。


 俺と姉は言われるがままに、ご遺体のもとへ足を運ぶ。

 祝詞を告げ、まずは霊体を召喚する。死後、時間が経っていないのであれば、肉体との結びつきから簡単に呼び出せる。


 案の定、2名の霊が応じた。

 半透明の男性と女性。

 財団職員が驚いたように息を漏らす。


「僕は霊能力者の赤司斗真あかしとうまです。いま霊媒術を使って、あなたがたを呼び出しました。応じていただきありがとうございます。ひとまずご自分の状態は認識されていますか?」


 手順に従って、死者に接する。

 2名の霊は悲しげな顔をする。


「7階層でミノタウロスに吹っ飛ばされて、死んだ気がするぜ……」

「私もその階層でミノタウロスに……ふええん、もう最悪ぅ……」

「心中お察しします」


 3秒ほど目線を伏せて話を続ける。


「ご家族や友人に遺言を伝えれます。規約の範囲でですが」

「そ、それじゃあ、俺の兄貴に伝えておいてくれ。俺のPCに入っている大量の違法ダウンロード同人誌を削除しておくようにって」

「私の親友のともこにお願いします。生前、海外で詐欺にあって500万円失って悲しんでたことあったけど、あれ実は私の仕業だったって。謝っておいてください」

「ねえ、弟、こいつらさっさと成仏させちゃえば?」

「ちょ、ちょっと待った! 俺の魂、このままじゃダメ、かな?」

「わ、私も! もう一度、仲間にあわせて! やり残したことが! というかあの世になんか行きたくない!」

「残念ですが、それはできません。まず第一に、個人的な理由。あなたたちを現世にとどめるリソースを割く義理が僕にはない。第二に、霊は現世に長くとどまると悪霊化します。特に探索者や霊能力者の霊は力が強い。あなたたちもすぐに自我を失いますよ。そちらのあなたは夜な夜な同人誌を割り続ける性欲の化身に。そちらのあなたは友人に付きまとって、財産を脅かし続けるでしょう。そうなりたくなければこの場で旅立っておくのが、あなたたちのためでもあるんです」


 霊たちは渋々納得してスーッと消えた。


「すごいですね。ああもはっきりと霊が見えるなんて」


 感心した様子の財団職員。


「へへん、弟は超強い霊能力をもってるからね~」


 姉は尻尾を左右にフリフリしてご機嫌だ。


 ご遺体2体の初期抗悪霊化処理でだいたい2万円の収入。移動費込みで3万円ほど。これが今回のお仕事の報酬だ。高校二年生にしては……かなり稼いでいるとは思う。まぁ探索者はもっと稼ぐんだけどね……。


「弟~、久しぶりに時間ができたし、キャンプしようよ! せっかく未開の地・群馬に来たんだし! 自然と夏休みを満喫しないと!」


 言われてみれば、夏休み始まって半分過ぎたのに、どこにも遊びにいけていない。毎日毎日、死者と向き合ってばかり。たまには遊んでも許されるよな? つーか、許されないとおかしい。


「ん、電話が、少々失礼します」


 財団職員の方がスマホを耳に近づけて、3歩ほど離れる。

 すぐにハッとした顔でこちらを見てきた。

 

「どうかしたの?」

「いえ、それが……ダンジョン内で腐敗したご遺体が見つかったと。死後、2カ月は経過しているようでして。悪霊になっているようです」

「探索者に退治されてないってことは、そこそこ高位の霊質系悪霊になったってことですね」

「ええ、その通りです、霊能力者さま」


 探索者の相手するダンジョンモンスターは9割が物質系。1割が霊質系。

 対して霊能力者が普段相手にしている悪霊は3割が物質系。7割が霊質系だ。

 実体をもたない相手とやるのは、魔力を霊力としてとらえてコントロールする俺たちのほうがずっと慣れている。


「今日はもう11件目ですけど……ダンジョン内ってことは大仕事ですけど……まぁいいです、このまま行きます」


 どうせ俺しか除霊する人いないんだし。今日やらなければ、明日やることになるだけなんだし。あれ? これって社畜の思考……?


「じゃあ、姉さんは明日迎えきて。ひとりでホテル泊まれるよね」

「なにひとりで行こうとしてるの! 私もいく。お姉ちゃんのことを足手纏いあつかいしないでほしいな!」


 姉は頬を膨らませて、俺の腕に身をよせてきた。

 柔らかさとモフモフに襲われてしまう。


 姉は霊能力者と呼ぶには非力すぎるので、できれば危ない場所にはついてきてほしくないのだが……これは逆らえない。

 

「わかった、わかったから、もう、仕方ないな、姉さんは。離れないで」

「へへん、動く物を追いかけるのは得意なんだから」


 そう言うと姉は、自分の尻尾を追いかけて3回まわってみせた。肉親の姉を可愛いと思うのは俺がおかしいからなのか……お願いだから怪我だけはしないでほしい。


 俺と姉は財団職員から情報をもらい、すぐさまダンジョン突入の準備を整えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る