この世で2番目に嫌いなモノ

櫻井彰斗(菱沼あゆ・あゆみん)

根性出してみたっ!



「あれっ?

 真美子、なんで牛乳買ってきたの?

 コーヒー牛乳買いに行ったんじゃなかったの?」


 お昼休み。

 紙パックの牛乳を手に戻ってきた真美子に結衣が言う。


「今日、パンなのに、飲み物忘れた~。

 コーヒー牛乳買ってくるねー」

と言って出て行ったはずなのに、何故か牛乳を2パックも持って帰ってきたからだろう。


「だって、鈴鹿くんのクラスの男子が話してるの聞いちゃったんだよ~。

 鈴鹿くんが気になる女の子、180センチくらいあるんだって。


 だから、私も180センチになろうかと思って」


「いやそれ、180センチの女が好きなんじゃなくて、好きな女が180センチってだけでしょ?」


「あんた、デカいの嫌だから、もうちょっと縮みたいって言ってたじゃん」

とみんなに畳みかけるように言われる。


「あと、10センチ~」

「伸びるか、高一なのに」


「そんなことより、まず存在を知ってもらいなよ~」


 春、入学して格好いい人を見つけたと思い、密かに、その格好いい人、『鈴鹿くん』を見つめていた。


 鈴鹿くんは弓道部なのだが。


 一度、袴をはいたまま移動している姿を見て、その背筋の伸びた美しい姿勢に一目惚れしたのだ。


 だが、同じ一年なのに、11組の彼は1組の真美子とは別校舎。


 それで、彼のいる校舎との間にある自動販売機にせっせとコーヒー牛乳を買いに行ったりしているのだが。


 今日は聞かなくてもいい話を聞いてしまった。


「鈴鹿の気になる女子、180センチくらいあるんだって」


 そう彼のクラスメイトたちが話していたのだ。


「負けないっ、私も180を超えていくっ」


「いや、何処で根性出してんのよ。

 違うことで張り合いなさいよ。


 そもそもあんた、この世で2番目に嫌いなモノが牛乳って言ってなかった?」


「へー、1番目は?」

と別の友人に問われ、


「ムカデ。

 昔、いきなり靴の中に入ってて刺されたから。


 ……鈴鹿くん、見た目だけで恋に落ちたから、話が合うかもわからないけどっ。


 でも、やっぱり好きだから、頑張るっ」

と言いながら、真美子は苦手な牛乳を飲む。


 友人たちは、頑張る方向性がおかしい……という顔をしながらも、そんな真美子を温かく見守ってくれていた。




 真美子が牛乳を買う少し前、鈴鹿もあの自動販売機の前にいた。


「なんかすごいデカい女の子、いるよな、この学校」


「え? いる?」


「いつも弓道の練習してるとき、校舎との境にある塀の上から顔が見える子がいるんだよ」


「いや、待て。

 それだと、180以上あるだろ。


 うちの高身長ぞろいのバレー部にも、180超えはいないぞ、確か。


 その子、台の上にのって、弓道部覗いてるんじゃないの?

 好きな男がいるとか」


「いや、彼女が去ったあと、行ってみたけど、台はなかった」


「……行ってみたのか、わざわざ。

 つま先立ちして見てるんじゃないのか?」


「いや、それが塀につかまってる様子もないし。

 すごい普通の顔でチラッとこっちを見るだけなんだよ。


 あそこ、他につかんで支えにする物もないのに。


 ……ほんとうにあの身長なんだと思う」


「つま先立ちで覗き込んでるってバレないように、すごい根性出して、さりげない風装ってるだけかもしれないじゃん。


 って、おい、なんでお前、牛乳買ってんの?

 給食のとき、いつも飲みたくねえって言ってただろ」


「……いや、なんとなく」


「なに2個も買ってんのっ?」


「いや、なんとなく……」


「お前、この世で2番目に牛乳嫌いって言ってたろ」


「へえ、1番目は?」

と後ろでいつの間にか順番待ちしていたらしいクラスメイトが訊いてくる。


「ムカデ。

 昔、いきなり靴の中に入ってて、刺されたから」


「それで、その180センチの子、可愛いの?」


 どっから聞いてたんだよ、と言いながらも、鈴鹿は素直に答えた。


「……まあ、俺は好みかな。

 顔しか見たことないし、話が合うかはわからないけど」


「共通の話題とかないと女子と長時間話すのきついよな。

 って、お前、なにもう1個買ってんのっ?」


 176センチの鈴鹿は、この世で2番目に嫌いな牛乳を根性出して、3バック飲んでみた――。




                   『この世で2番目に嫌いなモノ』



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