伊勢物語異聞

兵藤晴佳

第1話 爪先立ち

甲「伊勢物語ってあるよな」

乙「ああ、ある」

甲「あの中にさあ、『通ひ路の関守』ってあるよね」

乙「ある」

甲「何とかって男がいてね」

乙「ああ、在原業平」

甲「ってことになってるんだけどね」

乙「ああ、違うの」

甲「恋物語のオムニバスだからもともと」

乙「どこぞの男がお姫様のところにこっそり通う話」

甲「だから門から入らないで、子どもが行き来して崩した塀の穴から」

乙「子どもだけフリーパスなんだ」

甲「もともと人のいないところなんだけど、それでも噂になってさ、お父さんはお兄さんたちに通せんぼさせるんだよね」

乙「てか塀直せよって」

甲「そうそう、お姫様んとこなんだからね」

乙「あるいはトラップ仕掛けるとか」

甲「で、男は歌を詠むわけだ」

乙「無視かよ」


 人知れぬわが通ひ路の関守は 宵々ごとにうちも寝ななむ


乙「おまえら邪魔だからさっさと寝ろって?」

甲「それ聞いて、お姫様は深く悲しんだ」「

乙 お父さんは男との結婚を許してやったと」

甲「ええ話やろ」

乙「いや、その話おかしくね?」

甲「どこが?」

乙「女は何でその歌知ってんだ?」

甲「男が塀の外で詠んだんじゃないか?」

乙「お兄さんが追っ払うだろ」

甲「門の前で」

乙「聞こえづらくないか」

甲「爪先立ちして」

乙「お兄さんが邪魔しに来るだろ、最低でも一人」」

甲「いや、ひとつだけ方法がある」

乙「……あ、爪先立ちでトラップすり抜けると」

甲「子どもだけフリーパスなんだよ」 

乙「つまり、背中屈めて爪先立ちすれば子どもに見えると」

甲「いいかげん爪先立ちから離れろ」

乙「お前が最初に言ったんだろが」

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伊勢物語異聞 兵藤晴佳 @hyoudo

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