#3 それでも地球は回ってる




 紺色の制服に袖を通して、姿見を確認する。


 シックなデザインで非常に好ましい……しわがなければ。


 とは言っても、制服を着ることで改めて就職できたことを実感し、やはり少し嬉しい。


「なにニヤついてるんですか?早く駅長室へ行きますよ!」


 この人はマリィ先輩。可愛らしい猫のような…というか、ほぼ猫。あと口が悪くて声がデカい。


「駅長室?」


「はい、挨拶に連れてくるように言われてるんですよ!」


 駅長ってたぶん一番偉い人だよな?怖い人じゃなきゃいいけど…。


「駅長ってどんな人っすか?」


「ん~、すごく温厚な方ですよ?今日も新しい駅員が来るって朝から首を長くして待ってましたし」


「そうなんすか!?よかった~」


 受付の件で、マリィ先輩の人に対する評価が信用ならないものの可能性も出てきたが、あれは容姿だったからだ。流石に怖い人間を温厚だと思うことはないだろう。




———————————————




 俺は今、首が痛くなるほど上を見上げている。


 なぜなら、駅長と名札のついた荘厳な席にからだ。



 もう一度言おう。駅長の席にキリンが座っている。



 クシャクシャと音を立てて、背の高い観葉植物を食べている。



「首、長くしすぎだろ!!!」



「おや?駅長は居ないみたいですね」


「え?このキリンは?」


「いや、それはキリンですよ…。駅長のペットです」


「な、なんだ…」


 少し宇宙に毒されすぎてたな……キリンがペットも意味分からないが。


 ガチャ


 後ろの扉が開かれ、薄い顔の男が現れる。


「あっ、駅長!連れてきましたよ!」


「ぬ、ご苦労でアール。其方そちが新人の星守でアールか?」


 こっちが本物の駅長か!?


「はい!本日付で配属された星 守弘です!よろしく願いします!」


「君主様の御前故、くれぐれも粗相なきよう頼むでアール」


「は、はい!」


 ちょっと変わってそうだけど怖い人じゃなさそうだな。


「ぬ!コラ、愚者丸ぐしゃまる!」


「!?」


 無表情な顔のまま、駅長が少し声を張る。


「朕のお昼を盗るでないでアール!」



 そして、キリンの元まで近づくと、キリンよりも観葉植物を食べだした。



「お前も首長いんかい!!」




———————————————




「では最後に教育係のグレースさんのところに行きましょう!今後、星守はグレースさんにお世話になりますから、失礼のないようにお願いしますよ?」


「え、マリィ先輩が教育係じゃないんですか?」


「なわけないじゃないですか!エテコーの世話なんて私じゃ無理ですよ!」


「うっ…」


 相変わらずエッジの利いた言葉ナイフだぜ……。




「あっ!グレースせんぱーい!遅くなりましたー!」


 マリィ先輩が声をかけた先には、年寄りっぽい宇宙人の手助けをしてるっぽい駅員がいた。


 サラサラとしたブロンドのロングヘアー、エルフのようにツンと尖った耳、細長く伸びた白い手足。その後ろ姿は、気品に満ち溢れている。


「初めまして今日から働かせてもらうことになった星守弘です!」



「あっらぁ~ん!これが噂の新人ザナスか?」



 ありえないくらいケバい化粧に、酒焼けしたようなしゃがれ声。振り返った姿からは、気品の“き”の字も見当たらない。


 ムズすぎるシルエットクイズかよ!



「そうです!新人エテコーの星守です!では、あとは任せますんで自分は仕事に戻りますね!」


「マリィちゃんありがとねぇ」


 マリィ先輩は走ってその場から去っていった……俺とヤバそうな宇宙人を残して。


「星守さんというザナスか?」


「あぁ……はい」


「あら!覇気のない!先が思いやられるザナスねっ」


「あてぃくし!キュラール星人のグレースという者ザナス!以後、お見知りおきザナス」


 癖が強い割に、思ったより丁寧な人だな…。


「……こちらこそよろしくお願いします」


「ノゥ!!!!」


「!?…な、何すか急に」


「声が小さいザナス!それに!その服のしわ!なんザナスか!?」


「いや!これは、受付の」


「言い訳ナンセンス!!こう見えてあてぃくし!『ギャラクスィーマナー』には口うるさいんザナス!!」


 なんだよ“ギャラクスィーマナー”って……。


「まぁ?今日のところは初日ということで見逃すザナスが、次回から気を付けるザナスよ!!」


 口うるさい割に許すのかよ。ありがたいけど。


「よろしいザナスか!?」


「は、はい!」


「それでは、早速、星守さんの業務を教えるザナス」


「…!!はい、お願いします!」


 キタ!やっと仕事だ!


 正直、全然労働なんて好きじゃないが、宇宙の駅員なんて聞いたらちょっと期待してしまう。


 無重力空間で車両点検したり、レーザー銃で痴漢を撃退しちゃったり……みたいなSFチックな仕事か!?



「今日覚えてもらうのは、宇宙スペースきっぷ切りザナス」


「とってつけたようなSFだなおい!!」



 エテ公ですら切符は機械が切ってる時代だぞ。それに、さっきまで『ギャラクシー〇〇』だったのに、いきなり宇宙スペースって…絶対にしょぼいだろ……。



———————————————



「ここに立って、やってきたお客様の切符を切るザナス」


 ……まんま切符切りだ。



宇宙スペースエネルギーで」



「…は?」


 グレースさんは、額に両手を当て、目を閉じてる。


「覇ッ!!」


 掛け声と同時に、乗客たちが差し出す切符がひとりでに切れ始めた。



「宇宙すぎだろ!!」



「文句の多い新人ザナスね……」


「いや、俺こんなのできませんって!もっと簡単なヤツお願いしますよ……」



「仕方ないザナスねぇ。それじゃあ宇宙スペースきっぷ販売」


「もういいよ!!」








 就活惨敗生、星守弘の宇宙奮闘記は我々エテコー星人のあずかり知らぬところで続いて行くだろう。



     銀河に、ありがとう


     地球に、さようなら 


    そして、全ての子供達エテ公


       おめでとう










※カクヨムコンテスト10【短編】の都合上、ここで一旦おしまい♤

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ようこそ、未知の駅へ! 浅沼 渚 @nagi_asama

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