第53話
二人でシャワーを浴びて、リビングで髪の毛を乾かし合った。いつかのショート動画みたいに。
「あのタブレット」
ベッドの前でユウタの髪を乾かしていると、ユウタの指がテレビ台の横を指した。
「まだ残していてくれたんだ」
「当たり前だよ」
ムラのない金髪に指を通しながら、わたしは言う。
「ユウタの持ち物だったもん。……ユウヒなチャンネルは、消しちゃったけど」
「うん、知ってる」
ドライヤーの音が途切れたのと同時に、カーペットに座ったままのユウタがわたしを見上げた。
「それでいいよ。もう俺達に必要なものじゃない」
その後、簡単に夕食の準備をした。
「妃奈子の手料理を食べるの、初めてかも」
「嘘だよ、たまには作ってたよ。記憶の捏造だよ」
「そうだっけ?」
ユウタがそう言いたくなるのも分からないでもない。一緒に暮らしていた二年前の三か月間、ほとんどの食事をユウタが準備してくれていた。あの頃のわたしは、食事といえばデリバリーか外食と決めていて、自炊を習慣にしたのはユウタが出ていった後だった。
「俺のマグカップも、残していてくれたんだ」
ひとつひとつのユウタの言葉が、わたしの心を丸裸にする。好きだという気持ちは、隠せない。
ユウタは慣れた手つきでカトラリーをテーブルに運んだ。作ったのはサラダときのこスパゲッティーという簡単なものだ。それでもユウタは満足そうに食べてくれた。
食事を摂りながら、ユウタは二年間の出来事を話した。今はインディーズで歌手活動をできる事務所に所属している事、主に配信サービスや動画サイトで楽曲を披露していて、ライブを行ったのは今夜が初めてだった事。普段は事務所近くの安いアパートで暮らしている事、収入が安定しないので不定期でバイトを入れている事。
「妃奈子も引越ししていたなんて知らなかった」
「前の部屋は親の持ち物だったからね」
フォークでスパゲッティーを丸めながら、わたしは自嘲する。
「お母さん達の管理下から離れて、わたしはやっと自分の力で生活できている気がするよ」
ユウタのおかげだった。どんな境遇でも嘆かずに進み続けたユウタに、わたしは早く追いつきたかったから。
「ところで、立花に会ったんだって?」
「あ……、ユウタが出ていった後に一度だけ。どうして?」
もしかして、まだ元マネージャーである立花さんと繋がっているのかな。嫌だなって思うのに、立花さんの涙も忘れられずにいる。
「俺が会ったのも一度だけだよ。話をつけに行くって言っただろ。金を突き付けてそれ終わりにしたんだけど……、その一か月後くらいだったかな、立花から連絡が来て。おまえと話したし、もう危害は加えないって謝られた」
「そうなんだ……」
「あと、妃奈子に新しい男がいるかもしれないって言ってたけど。そうなのか?」
箸をテーブルに置いたユウタが、身を乗り出すようにわたしの顔を覗き見た。何の話だろうってその当時の事を考え、思い出す。
「あ、鈴木君の事?」
「やっぱりそいつだよな! あの後付き合ったのか?」
「そんなわけないじゃん。たまたま鈴木君と一緒に帰ろうとしていた時に立花さんに会っただけで……。鈴木君、興信所の人だし、本名も知らないままだし、あの後すぐに会社を辞めて、今は連絡先さえ知らないよ」
わたしが答えると、ユウタが盛大にため息をついてうなだれた。
「よかった……」
うつむいたユウタの金髪に、照明が反射して眩しい。
「立花から話を聞いた時、おまえと離れた事を後悔した。でも……、あのままじゃ駄目だったんだ」
「わたしもだよ」
テーブルの反対側に座るユウタに近付き、隣からその広い肩に抱きつく。
「悲しくて寂しくてどうにかなりそうだったけれど。わたしも、あのままじゃもっと駄目だった」
離れていた時間があるから、強さを手に入れられた。
わたしが言うと、そのままユウタに体ごと引き寄せられて、胡坐をかいたユウタの膝の上に座る姿勢になってしまった。長い睫毛の下にある瞳に捕らわれる。
「俺もどうにかなりそうだった。でも、妃奈子がいつも写真を送ってくれていただろ」
いつもは見下ろしてくるはずのユウタが、わたしを見上げていた。
「だから、頑張れたんだ」
そのまま唇が近づいてきて、思わず目を閉じた。
窓の向こうから人の話し声が聞こえてくる。二階という環境は、以前の部屋に比べて外の世界が近い。それでもユウタとキスを繰り返すたびに濃縮された空気に閉じ込められて、隙間もなくなるほどくっつき合って、体温を分け合っていく。
好きだよ、と偽りじゃない感情を言葉に落としながら、吐息を交換しながら、触れ合っていきながら。
そうやって。
わたし達、ホンモノのカップルになるんだ。
Fin.
わたし達、ビジネスカップルです! 宮内ぱむ @pum-carriage
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