第4話 新年ダジャレの謎
里奈は人通りの少ない参道を歩きながら、手帳のメモをめくっていた。門松、鏡餅、お節――それぞれが新年の縁起物であり、それを逆手に取った悪趣味なメッセージが残されている。どれもダジャレ調だが、単なる遊びではない。そこに強い意図を感じる。
高屋敷は神社の境内に立ち止まり、木製の掲示板を眺めている。
年始行事のポスターが何枚も貼られ、その一角に「旅館『玉菊』主催の新年メインイベント」の案内が大きく載せられていた。
演歌のステージや獅子舞、振る舞い酒など、観光客にも人気が出そうな企画ばかりだ。
「このイベント、去年は中止になったらしいね」 高屋敷が視線をポスターに向けたまま言う。
里奈は手帳を閉じてうなずく。
「旅館の女将の三浦さんは理由をはっきり語りたがらない。下地ショウも、去年は何かと苦労した様子で話がかみ合わない」
二人とも同じ方向を見つめながら、無言になる。
三浦の口ぶりからは、金銭面だけではないやりきれなさが漂っていたが、何を伏せているのかは不明だ。
下地ショウに関しては、演歌をうまく売り込めなかった苛立ちが感じられるものの、それ以上の事情を抱えていそうだった。
鳥居の外からはおみくじを引く人々の話し声が聞こえるが、参道のこのあたりは人気がない。
高屋敷はポケットから電子パイプを取り出し、軽く吸い込んでから口を開いた。
「犯人は正月の行事を象徴する品を使っている。それは単なる奇をてらった手法じゃなくて、本当に腹の底から新年を憎んでいるように思える。門松、鏡餅、お節――どれも明るく祝うためのものなのに、まるで『正月なんか縁起でもない』とでも言いたげだ」
「ふつうの恨みなら、ここまで凝った方法を選ぶだろうか。もっと直接的な手段を取ると思う」
里奈がメモ帳を開き直す。
被害者はいずれも正月の行事や商売に欠かせない職人や板前だった。
三人とも性格に大きな問題があるわけではなかったと、周囲から聞いている。
むしろ、地元を盛り上げるために協力していた一面もあるという話だ。
そこから犯人の動機を探るのは容易ではない。
二人が境内を離れようとした瞬間、遠くの石段を見下ろすようにして佇む男の姿が目に留まる。背広姿で、鋭い目つきをしている。
菊池がこちらの動きを確認していたらしい。
里奈が軽く手を振ると、彼はため息をつくように肩を上下させてからゆっくり近寄ってきた。
「玉菊の女将から連絡があった。新年のメインイベントを、予定通り大々的にやるつもりだそうだ。警察としては中止を勧めたいが、観光客も来てしまっている。中止すれば、かえって混乱を招く可能性もある」
そう告げる菊池の声に、迷いが混じる。
里奈の脳裏に門松で殺された職人の姿がよみがえり、続けて鏡餅とお節料理の被害者たちの表情が浮かぶ。
事件の解決策が見えないまま、大規模な催しを開くのは危険が付きまとう。
高屋敷は静かにうなずきながら、ポスターの角に貼られた「振る舞い酒」の字を指先でなぞる。
「大人数が集まる場所は、犯人にとっては格好の狙い目かもしれない。何か仕掛けてくるとしたら、あのイベントでやらかす可能性がある。菊池さん、警戒に人員を回せる?」
「それは検討中だ。正月休みの人員配置もあってな。だが、一応は増員を要請している。いざというときは、君たちもむちゃな行動はするなよ」
警官という立場からくる責任感か、菊池は口調こそ冷静だが、何かに苛立っているようでもある。
最近の三件の事件で町が動揺し、観光客の足にも影響が出始めているに違いない。
里奈は境内の一角に視線をやる。
ここ数日の取材で感じていた妙な違和感――それを突き止める糸口が、玉菊のメインイベントに隠されていそうだった。
昨年中止になった行事の影響、下地ショウの不自然な態度、そして三浦の秘密めいた言葉。
どれもばらばらに見えるが、一本の線でつながる気がする。
「明日は玉菊で演歌のステージがあるはずだ。下地ショウさんが歌う予定で、振る舞い酒も同時に行われるらしい」
里奈が情報を口にすると、高屋敷が軽く息をつく。
「犯人が正月への憎悪をむき出しにしているなら、あの場を狙わない理由がない。僕たちでさりげなく警戒してみよう」
菊池は素直に頷かず、少しばかり不服そうに見えるが、それでも拒否はしない。
「わかった。万が一危険なことになったら、即座に知らせてくれ。勝手に先走るんじゃないぞ」とだけ言い残して、神社の外へ向かっていった。
境内にはまだ演歌のメロディが響き、下地ショウらしい声も聞こえるが、先ほどまでのリハーサルとは違い、なぜか控えめになっているようだった。
里奈はその歌声をかすかに聞きつつ、ポスターの写真と実物の下地ショウを見比べる。やや痩せた印象があるが、表情には自信をうかがわせる雰囲気が残っている。
「あの人、ただの目立ちたがり屋じゃないかもしれない。三浦さんとどんな関係があったのか、もう少し突っ込んで聞いてみたい」 里奈のつぶやきに、高屋敷は小さくうなずく。
新年を祝うはずの空気がよどみ、ダジャレめいたメッセージだけが闇を深くしている。
門松で始まった不可解な惨劇が、玉菊のイベントをどう飲み込んでいくのか、予断を許さない状況だった。
二人は人目を避けるように神社を出て、静かに雪の降る町を見渡す。観光客の足音だけが淡々と響き、どこか所在なげに街角を通り過ぎていく様子が、妙に気にかかった。
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