第3話 お節料理に潜む毒

温泉街の朝は、晴れたかと思えば急に雪が舞い、落ち着かない天気が続いている。

そんな空模様を横目に、里奈は旅館の玄関で女将の三浦つや子に話を聞いていた。

三浦はここ数日の事件にすっかり困り果てた様子で、店先の花を生ける手つきさえどこかぎこちない。

門松職人と和菓子屋の店主が立て続けに殺された上、どちらも正月の縁起物が凶器になっている。

しかも被害者はそれぞれ、新年の行事に欠かせない仕事を請け負っていた。三浦も正月イベントには力を入れているだけに、不安が募るのも無理はない。


「実は昨年、うちの旅館が協賛している新春イベントを急に中止せざるを得なかったんです」

三浦が声を落としてつぶやく。その理由を尋ねてもはっきりした答えは返ってこない。

ただ、人手不足だとか予算が足りないだとか、いろいろと重なった結果のようだったが、言葉を濁す様子に里奈は違和感を覚える。

高屋敷は黙って横で聞きながら、電子タバコをくわえたまま視線を虚空に向けている。何か考えを巡らせているのだろう。


「正月に合わせて、ここではいろんなイベントが行われているんですよね。演歌歌手の下地ショウさんが、神社で歌を披露するって話も聞きました」

里奈が切り出すと、三浦は微妙に表情を曇らせた。

「下地ショウさんにはうちの旅館もよくお世話になってます。去年は音楽イベントが盛り上がらず、スポンサーの都合で中止になったのが痛かったようです」


里奈は「なるほど」と短く返事をし、早速メモを取る。下地ショウという名前を耳にするのはこれで二度目だが、事件とのつながりはまだ見えない。

とはいえ、この温泉街で何かトラブルがあったとすれば、彼にも何らかの形で関係している可能性はある。


そこへ警察官の菊池から、急ぎの連絡が入った。

里奈と高屋敷が旅館を出てみると、雪まじりの風を裂くようにパトカーが到着する。

菊池の顔には、またしても嫌な予感をはらんだ焦りが見え隠れしていた。

「料亭の板前が毒殺された。連絡を受けて現場へ向かうところだ。どうせ君たちも来るんだろう?」

最後の言葉には呆れの色が混じっているが、里奈と高屋敷に同行を断るつもりはないらしい。


現場となった料亭は、木造の落ち着いた雰囲気をもつ老舗だ。

雪でしめった玄関先には正月飾りが掛けられたままだが、中からは張り詰めた空気が漂っていた。

板場に入ると、あたりに醤油や出汁の香りが残っているものの、誰も口を開こうとしない。

女将と見られる人物が、泣き腫らした目で立ちすくんでいた。


奥には、おせち料理の重箱が無造作に置かれている。

その隣に倒れるようにして息絶えた板前。

警察が見つけたメモには、既視感のあるダジャレが刻まれていた。

「おせち料理の具(ぐ)で 具(ぐ)ったり逝くなんて…なんちゃって」

里奈の背中を冷たい汗が流れる。

門松、鏡餅、そしておせち料理。

すべて正月を象徴する品々が殺人の道具として利用されている事実が、街にさらなる動揺を広げるのは想像に難くない。


高屋敷が料理の重箱をのぞき込み、箸で具材をそっとつついている。

菊池に睨まれる前に手を引っ込めたが、その目は鋭く細められたままだ。

「恐らく毒物が仕込まれていたんでしょう。おせち料理の何に混ぜられたのか、警察の検証待ちだな。いずれにせよ、また正月行事に携わる人が狙われた」

彼の独り言に里奈は息を詰める。

これで三人目の犠牲者が出てしまったわけだ。犯人の悪趣味なメッセージは、毎回微妙に変化があるのも気にかかる。


外に出ると、いつの間にか雪がやんで薄日が差している。

警察官たちは現場保全のテープを張り巡らせ、通行人を遠ざけているが、心配そうに見物する地元住民の姿もあった。

里奈は首をすくめてため息をつく。これまでの被害者を思い返すと、いずれも新年行事を支える立場の人々ばかりだ。


「一体何の恨みがあったら、ここまで徹底して正月の品を凶器にするんだろう……」

呟く里奈の耳元で、高屋敷が落ち着いた声を落とす。

「そこだよね。しかもダジャレという形で、その執念をわざと印象づけているように見える。お正月が嫌い、と単純に言い切れるのかどうか…。もう少し突っ込んだ調査が必要だな」


二人はひとまず温泉街を歩きながら、被害者たちの共通点を洗い出すことにした。

正月特需の商売に携わる人たちばかり狙われているのは明白。だが、そこに女将の三浦や下地ショウの話がどう絡むのか、つながりがぼやけている。

三浦によると、昨年のイベント中止は「人手も予算も合わず仕方なく」だったようだが、もしかするとその裏でこじれた話があったのかもしれない。


たまたま通りかかった神社の境内では、小さなステージが組まれ、地元の若い演歌歌手がリハーサルをしている姿が見える。

声量があるのか、その歌声は雪景色の空気を震わせるくらい迫力があった。里奈はその姿をじっと見つめ、何か引っかかるものを感じ始める。

一方、高屋敷もステージを興味深そうに眺めながら、またパイプ型の電子タバコに火を入れる。


境内に設置されたポスターには、下地ショウの顔写真が大きく印刷されていた。どうやら年始の奉納演歌を予定しているらしい。

周囲には多くの観光客も集まることだろうし、今の状況では心配が尽きない。高屋敷が軽く眉を寄せる。

「やはり今回の犯人は、ただの愉快犯じゃない。何らかの妨害や復讐をしたがっている節がある」


里奈は薄暗い神社の鳥居を見上げ、凍えそうな手をポケットに突っ込む。

門松に串刺し、鏡餅で撲殺、そしておせち料理の毒殺。

三度目の犯行で、町の空気はすっかり凍りつきつつある。

もうひとつ何かのきっかけがあれば、犯人の意図する全貌が見えてくる気もするが、それが何なのかはまだ霧の中だ。


社務所の一角では、おみくじを引いた人々が一喜一憂している。いつもならほほえましい光景だが、里奈の頭には連続殺人のことが張り付いている。

被害者たちの裏側にある悩みや恨み、そして街のイベントをめぐる不穏な話題。全てがいずれひとつにつながるのかもしれないと考えると、落ち着かない気持ちが募る。


遠くから聴こえる演歌のリハーサルは、切ないメロディを響かせながら途切れ途切れに続いている。里奈はその歌声に耳を澄ませつつ、高屋敷と次の手を探るつもりでいた。

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