第2話 砕けた鏡餅

翌朝、里奈は早くも取材モードに切り替えた。

宿の朝食に手を付けながらノートを広げ、昨晩の門松殺人の概要を書き出す。

門松の職人が凶器そのものに串刺しにされるなんて前代未聞だが、そこに残されていたダジャレが気になって仕方ない。

犯行動機どころか、そもそも誰がどんな恨みを抱けばあのような犯行に及ぶのか見当がつかない。


廊下に出ると、高屋敷総一郎の姿があった。

スーツの上着を軽くはおり、パイプのような電子タバコをくわえている。

昨晩は妙に落ち着いていたが、今朝になってもその余裕は変わらない。

彼は里奈を見つけると鼻歌まじりに近づいてくる。


「おはようございます。早速ですが、被害者の交友関係やら門松に関する仕事の背景を洗ってみませんか。僕は探偵の端くれですからね。こういうときの段取りには慣れてるんです」

「探偵…って本当に依頼を受けてるわけじゃないんですよね?」

「そこはまあ、ご愛嬌ですよ。興味を持つことがまずは大事だ」


お調子者にしか見えないのに、なぜか言葉に迫力がある。

里奈も頷いて、一緒に聞き込みをすることにした。宿の女将や周囲の人々に話を聞いたが、皆一様にショックを受けていて、有力な情報は得られない。門松の職人は真面目で評判も悪くなかったようだ。

動機らしい動機が見当たらないまま昼を過ぎた。


警察署に顔を出すと、菊池が待ち構えていた。

年末年始のせいなのか、所内は手薄で忙しそうな雰囲気だ。

書類が山積みになっているデスクを横目に、菊池は気乗りしなさそうに二人を会議室へ案内する。

「本来なら一般人を捜査に巻き込むわけにはいかない。しかし目撃もしているし、メディア関係の人間ということで、ある程度は情報を共有することにする。余計なことはしないでくれよ」

彼の言い方は堅苦しいが、もしかすると忙しさゆえに少しでも協力を得たいのかもしれない。

高屋敷は得意げに笑っているが、里奈は控えめに菊池の話を聞いた。


二人が署内の人たちと話をしていた矢先、廊下を駆ける足音が聞こえる。若い警官が慌ただしく菊池に声をかけた。

「菊池さん、今度は和菓子屋の店主が……殴られて死んでます。しかも凶器は鏡餅らしいんです!」

一瞬、里奈は聞き間違いだと思った。

だが高屋敷が「鏡餅で殴られた?」と驚いているのを見て、事実なのだと分かる。


菊池が部下とともに急いで署を飛び出していく。里奈と高屋敷も当然のようにあとを追いかける。

現場となった和菓子屋はこぢんまりとした店構えだが、正面のガラス戸は割れていて、奥から店主の遺体が見えた。店内に残った血痕はそう多くはないが、鏡餅が粉々に砕け、周囲に飛び散っている。そこに先ほどと同じような紙片が落ちていた。


里奈は警官たちの邪魔をしないよう注意しながら、そっとその紙を見つめる。

“餅つきするなら 命もつき…なんちゃって”という文句が目に入る。

あまりにも悪趣味だ。

この町では正月にお餅をつく行事が盛んだと聞くが、それをこんな形で利用するなんて。


高屋敷は少し離れた場所から、壊れた鏡餅や店のあちこちを熱心に見回している。

「犯人は鏡餅そのものに象徴的な意味を見いだしてるんだろうね。丸い形は一家円満や長寿の縁起物だし、これを凶器に使った上で、こんなメッセージを残すなんて…」

彼の言葉に菊池は厳しい表情を向ける。

「二度も縁起物を凶器として使われちゃ、この町の正月行事全体が疑われちまう。職人に続いて和菓子屋までだ。これじゃ観光客も減るだろうし、住民は怖がる」


里奈は胸の奥がざわつく。犯行が偶発ではないことは明らかだ。

しかも、正月の商売に携わる人たちが立て続けに狙われている。

門松の次は鏡餅。

次は何か。

そんな不安が頭をもたげる。

とはいえ、どんな動機があろうと、こんな悪趣味なやり方を選ぶ理由が見当たらない。


「犯人はまだ見つからないんですか?」

里奈が問うと、菊池は小さく首を振る。

「まったく手がかりが薄い。どちらの被害者も殺されるほど恨みを買うような人間関係には見えないんだがな。とにかく、この町に出入りしている人間を大まかに調べるつもりだ」


高屋敷は興奮気味に指を鳴らしている。

探偵気取りというよりは、まるで推理小説の展開を心待ちにしているファンのようだ。

「犯人は正月の縁起物を逆手に取るのが好きらしい。つまり何かしら正月イベントに関わる意図があるのでは? 里奈さん、もう少し周辺を回ってみませんか。門松や鏡餅以外の正月行事にも目を向ける必要があると思うんですよ」


彼の視線は、まるで面白い謎に出会った学生のような輝きを帯びていた。

里奈は複雑な気持ちでその姿を眺める。

怪事件への不安と、真相を追いかけたい好奇心が入り混じり、一瞬言葉が出てこない。

だが取材を続けるためにも、ここで尻込みはできない。


しっかりとノートを握りしめ、里奈は高屋敷にうなずいた。

また別の人が被害に遭う前に、手がかりを掘り起こすしかない。

鏡餅の粉々になった破片が足元でこすれる音が、やけに耳に残った。

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