謹賀新年殺人事件

三坂鳴

第1話 惨劇の年始

桐島里奈が温泉街へやって来たのは、正月明けの取材記事をまとめるためだった。

ちょうど街のお正月飾りも取材ネタになりそうだし、少しはのんびりできる。

そう思って小さなスーツケースを片手に宿へ向かっていると、玄関先で着物姿の女将がぺこりと頭を下げて出迎えた。

玄関には大きな門松が据えられていて、華やかな雰囲気にちょっと胸が躍る。


「ようこそいらっしゃいました、桐島様。お部屋はすぐにご案内できますよ」

女将の柔らかな笑みにほっとしかけた直後、何やら宿の裏口あたりから大きな悲鳴があがった。

女将が目を丸くして走り出すのにつられ、里奈も慌ててあとを追う。観光客らしき人や従業員が何人も集まっていて、

その中心では中年男性が顔を蒼白にして立ちつくしていた。


男性の視線の先には、血の気を失った人間が倒れている。

いや、正確に言えば門松の竹筒に体を貫かれたような恐ろしい姿だった。

見た瞬間、里奈はあまりの光景に息が詰まりそうになる。

目を背けようにも、現場の異常さが焼きついて離れない。


「まさか、門松の職人の吉田さんが……」

誰かがそうつぶやいた。被害者の名を耳にして、里奈はさらに驚く。

職人が自分の作った門松で串刺しにされるなんて、どう考えても普通じゃない。


そこへ背後から聞き慣れない低い声がした。

「事故じゃなさそうですね」

振り向くと、スーツ姿の男がやけに落ち着いた様子で立っている。

パイプのようなものをくわえているが、どうも本物のタバコではないらしい。

年の頃は三十代半ば。口元には妙な余裕が浮かんでいる。


「ええと、あなたは……」

里奈が問いかけると、男は胸を張って答えた。

「高屋敷総一郎といいます。探偵の端くれですよ。こういう事件は放っておけませんからね」

里奈は思わず「探偵?」と聞き返す。

だが、目の前の悲惨な現場を前に詳しく尋ねる余裕はなかった。

人々の騒ぎはすでに大きくなり、さらに警察官の姿も見えてきた。


白い手袋をはめた地元警察官が現場を囲み、近寄ろうとする者を制している。

里奈はちらりと警官の背中に書かれた名札「菊池」の文字を見て、恐る恐る声をかけた。

「すみません、被害者は門松の職人さんですよね? まだ息は…」

「もう手遅れだ。今、救急隊を待っているところだが……」

菊池と呼ばれた警官の言葉がひどく重く響く。

里奈は唇を噛んだ。

さっきまであれほど賑やかな正月ムードだったのに、一気に空気が冷え切ったようだ。


状況を整理しようと、里奈はそっと門松の足元に目を向けた。

そこに小さな紙切れが落ちている。

警官たちが触れないように注意しているのは、指紋や証拠を残すためだろう。

文字が書かれているようだが、里奈の位置からは微かにしか読めない。

それでも、“門松だけに 不幸が待つ…なんちゃって…”といった単語が見えてしまった。


「なんだこれ、ダジャレか?」

高屋敷が鼻を鳴らすようにして言う。菊池は険しい表情のまま、小さくうなずいた。

「冗談のつもりかどうか分からんが、こういうメッセージがあると事件性は濃厚だな」

菊池は低くつぶやき、さらにテープで周囲を封鎖するよう部下に指示を出した。


里奈はその紙切れから目を離せない。

“門松だけに 不幸が待つ…なんちゃって”という言葉が頭の中に焼きつく。

前代未聞の猟奇的な光景と、悪趣味ともいえるメッセージ。

取材を兼ねたつもりが、想像を超える事態に巻き込まれたようだ。


「これは大事件ですよ。あなた、フリーライターさんですよね? 一緒に手がかりを探ってみませんか」

そう言ってくる高屋敷の声に、里奈は半分あきれながらも頷く。

そもそも何がどうなっているのか、理解するためにも情報が欲しい。

それに、事件に直面したショックと同時に、ライター魂がうずいているのを自覚していた。


血だまりの中で門松に突き刺されたままの職人の姿は、まだ視界の片隅に焼きついている。

明るい新年のはずが、最悪の幕開けになってしまった。

その空気を断ち切ろうとでもするかのように、警察車両のサイレンがひときわ大きく響いていた。

高屋敷の眼差しはどこか得意げで、菊池は忙しそうに走り回っている。

里奈は一度だけ深呼吸し、胸の奥に込み上げる動揺をなんとか抑えようとしていた。


事件はまだ始まったばかりかもしれない――なんて考えが頭をよぎる。

だが、里奈はそこまで悲観的になりたくなかった。

ただ、門松で殺人が行われるなんて誰が想像しただろう。

まるで正月気分に冷水を浴びせかけるかのような奇妙な殺害方法に、何か隠された意図がある気がする。

そう思うと、どうしても真相を確かめずにはいられなかった。


里奈はコートのポケットに手を入れ、いつものノートとペンの感触を確かめる。

深く息をついて、高屋敷や菊池の方へと足を進めた。

どこから手をつければいいかは分からないが、今は一歩を踏み出すしかない。

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